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第二十一部・フェルナンド 編

アラート

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 それは可愛い女性用のチャームだ。

 ファーチャームタイプで、隠されたジッパーを開けば中から本体が出てくる。

 SOSボタンもついていて、それを押せば佑にアラートが入るようになっていた。

 香澄は廊下を進み、エレベーターを呼び出すボタンを押す。

 そしてチャームに手を掛け、音が立たないようにジッパーを外した。

 時間を掛けて静かにファーチャームを一周する細いジッパーを引き、『SOS』と書かれてあるボタンを押した。

(問題なく動くなら、これで佑さんに連絡がいったはず)

 GPSの赤いランプが点滅しているのを確認し、香澄はまた静かにジッパーを引いた。

 先ほどコーヒーを飲んだばかりなのに、口の中が乾いている。

 香澄は荒くなる呼吸を必死に抑え、やけに長く感じるエレベーターを下りきった。

 エントランスに出て社員証をIDリーダーに読ませてから、アウターなしでTMタワーの正面玄関まで出た。

 すると見知らぬ外国人男性二人が近付いてきて、香澄に真新しい黒いコートを着せてくる。

『一人で着られます』

 サングラスを掛けた二人を睨み上げ、香澄は英語で彼らに訴える。

『こちらへ、ミズ・アカマツ』

 二人は感情を伺わせない声音で一言告げ、香澄を挟んで歩きだした。

 本来ならいつもの護衛の他に、TMタワーの周辺にも護衛がいるはずだった。

 どこにいるのか分からない彼らを探そうとすると、男の一人に頭を押さえられ、前を向かされた。




 そして香澄は知らない。

 フェルナンドが雇った男たちが、佑、アドラーが雇った護衛たちをおびき寄せ、香澄から注意を外させている事に――。



**



 ピッピッ! ピッピッ! と社長室にアラーム音が鳴り、佑はハッと顔を上げた。

 聞き慣れないアラーム音に一瞬混乱したが、事前に〝きちんと確認した〟香澄専用のアラームだと思い直した。

 椅子を蹴るように立った佑は、荒々しく社長秘書室のドアを開けた。

「赤松さんは!?」

「……え? 自販機に行くと……」

 河野がキョトンとした顔で答えかけたあと、「まさか!」と立ち上がった。

「松井さん、計画通り警察に連絡をお願いします」

「はい」

 佑に指示され、松井はすぐに警察に連絡した。

「河野は控え室にいる護衛に連絡。インカムで連絡を取れるようにして、すぐ走らせろ」

「はい!」

 佑に言われ、河野は廊下に出て隣室に駆け込む。

 平時から護衛は会社内にいるが、室内で直立不動されていると気が散るので、仕事中は控え室にいてもらっている。

 自社ビル内なら、側に護衛を置かなくても大丈夫だろうと、高をくくったのが間違いだった。

(失敗してばかりだ!)

 佑は歯ぎしりし、スマホで香澄の位置情報を確認する。

 赤いマークは、TMタワーから離れて品川駅に向かおうとしていた。

 松井が告げる。

「警察に連絡がつきました。ビル付近をパトロールしているチームがすぐ動いたとの事。緊急部隊もすぐ出動するとの事です。品川駅にも向かいますので、ご安心を」

 佑は唇を噛み、ゆっくりと息を吐きながら気持ちを落ち着かせていく。

「松井さん、午後の予定は?」

 佑の質問に、松井は取り乱さず受け答えをする。

「十三時十五分から社内会議、十四時半からCEPのショースタッフと最終確認、十六時から真澄様と打ち合わせ、その後社外にて会食兼夕食、終わり次第帰宅です」

「すべてキャンセルしてください」

「パリ行きはどうなさいますか?」

 松井に確認され、佑は一瞬答えに詰まった。

 年に二度のコレクションは、CEPの集大成だ。

 だが香澄も勿論大事だ。

 しかしすべてを擲つには早すぎる。

(……先手を打つ!)

 佑はグッと奥歯を噛み、松井に告げた。

「コレクションの責任者は朔に一任するかもしれないと、彼に連絡してください」

「承知致しました」

 松井はすぐに朔に連絡を取った。
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