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第二十一部・フェルナンド 編

揺さぶり

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『タスク・ミツルギの護衛が近くをうろついているが、隙を突けばこうもたやすく動画を撮れる。静かな住宅地だから、プロが襲いかかれば殴って気絶させ、車に押し込む事もできる』

「――――……っ!」

 ゾァッと全身に鳥肌が立ち、目が潤む。

(卑怯者……っ!!)

 香澄が心の中で叫んでいる間、ポン、と画像が送られてきた。

(何……?)

 画像は、A4の書類を写した物に見えた。

 タップして拡大すると、表計算ソフトで作られたと思われる数字の羅列がある。

 いぶかしげな表情になった香澄は、書類のタイトルを見るために上部をピンチアウトした。

「!?」

 Chief Everyの二年前の帳簿だと分かり、香澄は愕然とする。

 必死になって他の部分を確認しようとした時、ポン、とさらにメッセージが送られてきた。

『本物だと思う? 偽物だと思う? タスク・ミツルギは税理士にまで護衛をつけていたと思うか? 税理士がどんな事に困っていたか把握していただろうか』

(どうして……!? 税理士さんが脅された? 会社の決算書……)

『Chief Everyが脱税をしたと聞いたら、マスコミは喜んで飛びつくだろうね』

(やめて……)

 次にポン、とまた画像が送られてくる。

「!?」

 写真は夜の店で、佑が女性の裸の胸を指さして笑っている様子を撮った物だ。

 周囲にはハーレムのように上半身裸の女性が大勢いて、テーブルの上には高級酒の瓶があり、グラスも沢山ある。

 彼は膝の上に女性をのせ、その乳房を揉んでいた。

(こんなはずない!)

 香澄は叫びたくなる衝動を堪え、見たくもない画像をタップし、ピンチアウトした。

 顔は間違いなく佑だが、スーツを着ている体は、彼より貧弱な気がする。

(手!)

 女性の乳房を掴んでいる左手を拡大すると、香澄とお揃いの指輪がない。

 画像は不自然さがあるし、手も佑の手よりずんぐりしている。

『これ、合成写真ですよね? 肖像権侵害、名誉毀損罪になりますよ』

 香澄は怒りのままに、フェルナンドへのメッセージを打つ。

『本物か偽物かなんてどうでもいいんだ。これらをマスコミにリークしだら面白い事になるよね? 僕が言いたいのはそれだけだ』

(……何なの?)

 混乱しきった香澄の目の前で、ポン、とまた新しいメッセージが送られる。

『振り出しに戻るよ。これらのデータを〝匿名のタレコミ〟でマスコミに送る準備ができている。勿論、タスク・ミツルギは部下に命じて火消しをさせるだろう。それでも大騒ぎになるのは目に見えている』

 香澄はギュッと唇を引き結んだ。

『フェイクであっても、さも真実のように書き立てるのがマスコミの仕事だ。ワイドショーで取り沙汰されれば、一時的にでもChief Everyとタスク・ミツルギのイメージが落ちるだろう。そうなってほしくなければ僕のもとに来い。さあ、最初のメッセージの通りに行動してもらおうか。猶予はあと一分』

 フェルナンドがメッセージを送ったあと、六十秒からカウントダウンされる動画が送られてきた。

「!!」

 なぜ人というものは、カウントダウンを見ると焦ってしまうのだろう。

 いつもの香澄なら、多少動揺しても周囲の人の判断を仰げたはずだった。

 だが母の命をいつでも奪えると脅され、会社や佑をゴシップに巻き込むと言われ、完全に頭が混乱しきり、正常な判断ができなくなった。

 幾らマスコミでも、フェイクニュースを信じて佑を敵に回せば、逆に訴えられる可能性がある。

 冷静に考えればすぐ分かるのに、今の香澄はそんな事すら分からなくなっていた。

 頭の中を真っ白にさせた香澄は、ノロノロと立ち上がる。

(スマホ……。セーフのスマホ。あれさえあれば……)

 香澄はウォレットポシェットにスマホを入れ、死角に置いてあった新しいスマホをパンツスーツのポケットに入れた。

「すみません、自販機で飲み物を買ってきます。すぐ戻りますので」

「はい」

「いってらっしゃい」

 時刻は十二時五十分。

 香澄は爆発しそうな心臓を抱え、喉をカラカラにして社長秘書室から出た。

(気付いて……!)

 香澄は佑が持たせてくれた発信器を握りしめた。
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