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第二十一部・フェルナンド 編
〝F〟からの指示
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「しゃっ……! 社長! 何でもないんです! 何か御用ですか!?」
焦った香澄が立ち上がると、彼は「いや……」と給湯所に向かう。
「コーヒーを飲んだばっかりだけど、たまに緑茶でも飲もうかと思っただけなんだが……」
言いつつも、彼はチラチラと香澄と河野を疑わしげな目で見ている。
「わっ、私が淹れます! から!」
慌てて香澄は立ち上がり、佑の側まで行って茶筒を取り上げた。
「……何の話をしてたんだ?」
ぼそぼそ、と隣に立つ佑に尋ねられ、香澄は溜め息交じりに答える。
「変な話じゃないですよ。私がウロチョロして社長を困らせないように、小さい子がハーネスつけてるみたいに、大人用のをつけたら……っていう話ですから」
「…………」
「ジッと私を見ないでください。想像しないでください」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「社長の考えている事は分かるんです」
「そうツンツンするなよ」
そんなやり取りをする二人を、後ろから松井がコーヒーを飲みながら生ぬるく見守っていた。
**
一月三十日、水曜日。
昼休みにいつものように社員食堂で昼食をとり、歯磨きをして残り時間を社長秘書室で過ごしていた時、香澄の私用スマホが鳴った。
あれ以来、コネクターナウの通知音を聞くと落ち着かない自分がいる。
けれどしばらく何もなかったので、少し安心していた。
普通に麻衣や友人からも連絡があったので、コネクターナウの通知音が鳴った時は、誰かからの連絡だと思っていた。
パソコンでネットニュースを見ながらスマホに手を伸ばし、赤いバッジのついているアプリをポンとタップして開く。
――あ……。
とうとう、フェルナンドから連絡があった。
バッジのついているアイコンを見た途端、香澄は表情を強張らせて固まる。
(……心の用意ができてなかった)
〝F〟のロゴのついたアイコンを見ると、無意識に体が震えてしまう。
佑から『狙撃の心配はない』と言われていても、一度体に刻み込まれた恐怖は僅かな期間で拭えない。
(ひとまず見てみよう。大丈夫、まず深呼吸して)
スマホのカメラから見られているのだと思うと、松井や河野にアイコンタクトを送る事もできない。
静かに吸って、ゆっくり吐いた息は震えていた。
〝F〟とのトークルームを開くと、彼からの指示がある。
『社内の自動販売機を使うと言って廊下に出るんだ。スマホはウォレットポシェットに入れる事。エレベーターに乗って一階まで下りて、玄関から外に。そこで君を待っている人がいる。社長室を通って廊下に出ないこと。自動販売機を使う事以外、誰にも何も言わないこと』
メッセージには香澄を誘い出す文面が書いてあり、彼女は息を震わせながら懸命に深呼吸した。
(佑さんの言う通りなら、今は誰の命も狙われていない)
香澄はグッと奥歯を噛み締め、フェルナンドに反抗するためにスマホをタップした。
『今、誰かの命を狙っている証拠はありますか? 私は今、高層ビルの上層階にいます。あなたがどれだけ優秀なスナイパーを雇っていたとしても、ここに届くと思えません』
香澄が返事をしたあと、動画がアップロードされた。
サムネイルにある女性の後ろ姿を見ただけで、その人が誰なのか分かり、ザワッと全身の毛が逆立った。
(……お母さん!?)
動画を見るのを躊躇っていると、さらにフェルナンドから指示が来た。
『見るんだ。動画には何のトラップもない』
ドッドッドッ……と心臓が嫌な音を立て、速まっている。
震える指で再生ボタンをタップすると、音声のない動画が動き出した。
明らかに隠し撮りしたと分かるアングルで、母の栄子が自宅の周りで雪かきをし、億劫そうに腰をトントンと叩いている姿が映る。
映像が一度終わり、次の動画が始まる。
別の日に栄子がガレージの中に入り、車に乗って出掛ける様子が映っていた。
ナンバープレートは間違いなく赤松家の車のものだ。
短い動画は終わり、ポン、とまたフェルナンドからメッセージが送られてくる。
焦った香澄が立ち上がると、彼は「いや……」と給湯所に向かう。
「コーヒーを飲んだばっかりだけど、たまに緑茶でも飲もうかと思っただけなんだが……」
言いつつも、彼はチラチラと香澄と河野を疑わしげな目で見ている。
「わっ、私が淹れます! から!」
慌てて香澄は立ち上がり、佑の側まで行って茶筒を取り上げた。
「……何の話をしてたんだ?」
ぼそぼそ、と隣に立つ佑に尋ねられ、香澄は溜め息交じりに答える。
「変な話じゃないですよ。私がウロチョロして社長を困らせないように、小さい子がハーネスつけてるみたいに、大人用のをつけたら……っていう話ですから」
「…………」
「ジッと私を見ないでください。想像しないでください」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「社長の考えている事は分かるんです」
「そうツンツンするなよ」
そんなやり取りをする二人を、後ろから松井がコーヒーを飲みながら生ぬるく見守っていた。
**
一月三十日、水曜日。
昼休みにいつものように社員食堂で昼食をとり、歯磨きをして残り時間を社長秘書室で過ごしていた時、香澄の私用スマホが鳴った。
あれ以来、コネクターナウの通知音を聞くと落ち着かない自分がいる。
けれどしばらく何もなかったので、少し安心していた。
普通に麻衣や友人からも連絡があったので、コネクターナウの通知音が鳴った時は、誰かからの連絡だと思っていた。
パソコンでネットニュースを見ながらスマホに手を伸ばし、赤いバッジのついているアプリをポンとタップして開く。
――あ……。
とうとう、フェルナンドから連絡があった。
バッジのついているアイコンを見た途端、香澄は表情を強張らせて固まる。
(……心の用意ができてなかった)
〝F〟のロゴのついたアイコンを見ると、無意識に体が震えてしまう。
佑から『狙撃の心配はない』と言われていても、一度体に刻み込まれた恐怖は僅かな期間で拭えない。
(ひとまず見てみよう。大丈夫、まず深呼吸して)
スマホのカメラから見られているのだと思うと、松井や河野にアイコンタクトを送る事もできない。
静かに吸って、ゆっくり吐いた息は震えていた。
〝F〟とのトークルームを開くと、彼からの指示がある。
『社内の自動販売機を使うと言って廊下に出るんだ。スマホはウォレットポシェットに入れる事。エレベーターに乗って一階まで下りて、玄関から外に。そこで君を待っている人がいる。社長室を通って廊下に出ないこと。自動販売機を使う事以外、誰にも何も言わないこと』
メッセージには香澄を誘い出す文面が書いてあり、彼女は息を震わせながら懸命に深呼吸した。
(佑さんの言う通りなら、今は誰の命も狙われていない)
香澄はグッと奥歯を噛み締め、フェルナンドに反抗するためにスマホをタップした。
『今、誰かの命を狙っている証拠はありますか? 私は今、高層ビルの上層階にいます。あなたがどれだけ優秀なスナイパーを雇っていたとしても、ここに届くと思えません』
香澄が返事をしたあと、動画がアップロードされた。
サムネイルにある女性の後ろ姿を見ただけで、その人が誰なのか分かり、ザワッと全身の毛が逆立った。
(……お母さん!?)
動画を見るのを躊躇っていると、さらにフェルナンドから指示が来た。
『見るんだ。動画には何のトラップもない』
ドッドッドッ……と心臓が嫌な音を立て、速まっている。
震える指で再生ボタンをタップすると、音声のない動画が動き出した。
明らかに隠し撮りしたと分かるアングルで、母の栄子が自宅の周りで雪かきをし、億劫そうに腰をトントンと叩いている姿が映る。
映像が一度終わり、次の動画が始まる。
別の日に栄子がガレージの中に入り、車に乗って出掛ける様子が映っていた。
ナンバープレートは間違いなく赤松家の車のものだ。
短い動画は終わり、ポン、とまたフェルナンドからメッセージが送られてくる。
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