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第二十一部・フェルナンド 編
エミリオとショーン
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だから、甘く見ていれば刺客が叩きのめされかねない。
なので両者を同時に潰そうと試みるのはやめておく事にした。
香澄の誘拐未遂で御劔佑には完全に気付かれたので、一度手を引いて別の作戦に切り替える。
原宿のカフェで護衛にレーザーポインターを当てたのは、御劔佑の警戒心を最大に引き上げるためだ。
香澄が狙撃手だと思い込んだあれは、大学の講義や星空教室などでも使われている、ただの強力なレーザーポインターだ。
いくらフェルナンドでも、本物の暗殺者に依頼して殺させようなど思わない。
それには相応のリスクが必要となる。
御劔佑の身の回りで誰かが死んだとなれば、クラウザーの獅子をも敵に回す事になる。
そこまで愚かではないつもりだ。
香澄は懸命に沈黙を守っているようだが、気付かれないように御劔佑と情報を共有している可能性は高い。
それも見越した上で、彼はまず二人の警戒を最大限に高める事にした。
一箇所を守ろうとすれば、油断した別の部分が脆くなる。そこを狙うつもりだ。
彼はトン、とチェスの駒――白のナイトを動かす。
ナイトは対角線なら、他の駒があっても構わず動ける。
その延長上にあるのは、黒のキングだ。
「伏兵というものは思わぬ場所にいるんだ」
彼は不敵に笑い、黒のキングを白のナイトで思いきり跳ね飛ばした。
カーンッと硬質な音が立ち、黒のキングが部屋の隅に飛んでゆく。
パソコンのモニターには、香澄のウォレットポシェットの内部が映され、スピーカーからは飛行機のエンジン音が聞こえていた。
「もうすぐ、お前の絶望した顔が見られる」
呟いた彼の唇は、綺麗な弧を描いている。
――あの日味わった、自分の絶望を忘れない。
「同じものを味わわせてやる」
低い声で告げてから、彼は足を伸ばしてオットマンの上にのせ、目を閉じて天井を仰いだ。
**
『ボス。ディナーのお時間が迫っています』
秘書に呼ばれた彼――〝エミリオ〟は、自宅で愛犬を撫でていた手を止め、『そろそろか』と立ち上がる。
これから会食があるが、相手は気心知れた友人なので緊張せずに食事を楽しめる。
スーツ姿のエミリオは愛犬の腹をポンポンと撫でたあと、『じゃあな』と声を掛けて玄関に向かう。
『ダーリン。気を付けてね』
長い黒髪が美しい妻にキスをされ、彼は微笑む。
玄関まで送りに来た娘と息子にもキスをし、エミリオは『行ってくるよ』とウィンクして車に乗り込んだ。
セダンの後部座席に座った彼は、タブレット端末で株価を確認してから、スマホで私用メッセージを確認し始めた。
やがて車はグラシア通りにある三つ星レストランに着く。
高さのあるガラスのドアに近づくと、黒服がドアを開けて店内にいざなわれた。
店内は明るく、フォーマルな服に身を包んだ人が席について上品に談笑している。
白いテーブルクロスが掛かった四角いテーブルに、ソファ席は白の革張り、椅子は黒い革張りというモノトーンで統一され、壁や床は柔らかなウッド調だ。
席まで案内されると、金髪碧眼の男性が片手を挙げて微笑んだ。
『やあ』
『久しぶりだね、ショーン』
二人は握手をしてからトントンとお互いの背中をさすり、着席する。
『わざわざ来てくれてありがとう』
『いいや。友人と美食を楽しめるならいつでも駆けつけるよ』
ダークブロンドのエミリオはチャーミングに笑い、ギャルソンが渡してきたメニューに目を落としてワインを選ぶ。
『お勧めの地元ワインはあるかい? ワイン生産世界第三位国だろ?』
ショーンに悪戯っぽく言われ、エミリオは微笑む。
ギャルソンにワインをボトルで注文し、二人はナプキンを膝の上に広げた。
『急な質問だが、君は最近うちのホテルに来たか?』
ショーンに尋ねられ、彼は目を瞬かせる。
『スペイン国内の……という意味ならノーだ。商談でレストランは利用したが、出張でない限り宿泊はしない。基本的に国内出張の場合、日帰りを心がけているしね』
『……だよな』
ショーンは不思議そうに首を傾げ、脚を組む。
なので両者を同時に潰そうと試みるのはやめておく事にした。
香澄の誘拐未遂で御劔佑には完全に気付かれたので、一度手を引いて別の作戦に切り替える。
原宿のカフェで護衛にレーザーポインターを当てたのは、御劔佑の警戒心を最大に引き上げるためだ。
香澄が狙撃手だと思い込んだあれは、大学の講義や星空教室などでも使われている、ただの強力なレーザーポインターだ。
いくらフェルナンドでも、本物の暗殺者に依頼して殺させようなど思わない。
それには相応のリスクが必要となる。
御劔佑の身の回りで誰かが死んだとなれば、クラウザーの獅子をも敵に回す事になる。
そこまで愚かではないつもりだ。
香澄は懸命に沈黙を守っているようだが、気付かれないように御劔佑と情報を共有している可能性は高い。
それも見越した上で、彼はまず二人の警戒を最大限に高める事にした。
一箇所を守ろうとすれば、油断した別の部分が脆くなる。そこを狙うつもりだ。
彼はトン、とチェスの駒――白のナイトを動かす。
ナイトは対角線なら、他の駒があっても構わず動ける。
その延長上にあるのは、黒のキングだ。
「伏兵というものは思わぬ場所にいるんだ」
彼は不敵に笑い、黒のキングを白のナイトで思いきり跳ね飛ばした。
カーンッと硬質な音が立ち、黒のキングが部屋の隅に飛んでゆく。
パソコンのモニターには、香澄のウォレットポシェットの内部が映され、スピーカーからは飛行機のエンジン音が聞こえていた。
「もうすぐ、お前の絶望した顔が見られる」
呟いた彼の唇は、綺麗な弧を描いている。
――あの日味わった、自分の絶望を忘れない。
「同じものを味わわせてやる」
低い声で告げてから、彼は足を伸ばしてオットマンの上にのせ、目を閉じて天井を仰いだ。
**
『ボス。ディナーのお時間が迫っています』
秘書に呼ばれた彼――〝エミリオ〟は、自宅で愛犬を撫でていた手を止め、『そろそろか』と立ち上がる。
これから会食があるが、相手は気心知れた友人なので緊張せずに食事を楽しめる。
スーツ姿のエミリオは愛犬の腹をポンポンと撫でたあと、『じゃあな』と声を掛けて玄関に向かう。
『ダーリン。気を付けてね』
長い黒髪が美しい妻にキスをされ、彼は微笑む。
玄関まで送りに来た娘と息子にもキスをし、エミリオは『行ってくるよ』とウィンクして車に乗り込んだ。
セダンの後部座席に座った彼は、タブレット端末で株価を確認してから、スマホで私用メッセージを確認し始めた。
やがて車はグラシア通りにある三つ星レストランに着く。
高さのあるガラスのドアに近づくと、黒服がドアを開けて店内にいざなわれた。
店内は明るく、フォーマルな服に身を包んだ人が席について上品に談笑している。
白いテーブルクロスが掛かった四角いテーブルに、ソファ席は白の革張り、椅子は黒い革張りというモノトーンで統一され、壁や床は柔らかなウッド調だ。
席まで案内されると、金髪碧眼の男性が片手を挙げて微笑んだ。
『やあ』
『久しぶりだね、ショーン』
二人は握手をしてからトントンとお互いの背中をさすり、着席する。
『わざわざ来てくれてありがとう』
『いいや。友人と美食を楽しめるならいつでも駆けつけるよ』
ダークブロンドのエミリオはチャーミングに笑い、ギャルソンが渡してきたメニューに目を落としてワインを選ぶ。
『お勧めの地元ワインはあるかい? ワイン生産世界第三位国だろ?』
ショーンに悪戯っぽく言われ、エミリオは微笑む。
ギャルソンにワインをボトルで注文し、二人はナプキンを膝の上に広げた。
『急な質問だが、君は最近うちのホテルに来たか?』
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『スペイン国内の……という意味ならノーだ。商談でレストランは利用したが、出張でない限り宿泊はしない。基本的に国内出張の場合、日帰りを心がけているしね』
『……だよな』
ショーンは不思議そうに首を傾げ、脚を組む。
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