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第二十部・同窓会 編
彼女が〝レディ〟を目指した理由
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テオは誰にも理由を言わないまま、二度と実家に戻らなくなった。
その一方で、エミリアは兄がいつか帰る事を信じていた。
だが風の噂で、兄がアメリカでイギリス貴族の女性と結婚したと聞き、世界が終わったように感じた。
――なんでお兄様を想い続けて、誰より一緒に過ごしたエミより赤の他人を選ぶの?
その思いはエミリアの中で黒く渦を巻き、彼女を焼き焦がした。
相手の女性の事は、写真でしか知らない。
テオは家族に結婚式の日取りすら教えなかった。勿論、招待などしていない。
ドイツ人は家族を大切にする国民性を持っている。
だからテオが結婚を家族に教えなかった事は、ドイツ人として、メイヤー家として大きな恥となった。
激怒した祖父母や両親は、兄の話をしなくなった。
そんな中、エミリアは『私だけはお兄様の味方だわ』と、ツテを使って知った兄の住所に、手紙やプレゼントを送り続けた。
だがそれも〝受け取り拒否〟となって、エミリアのもとに返ってくるようになる。
最初は勿論、『帰ってきてほしい』『愛してる』と手紙やカードに書いていた。
しかし兄に気を遣わせてはいけないと思うようになり、祝う気持ちだけ……と思って贈り物と当たり障りのない挨拶を書いたカードのみにした。
だが兄は、それすらも受け入れなかった。
連絡手段を断たれたエミリアは、ソフィアというイギリス女を激しく憎んだ。
――ソフィアという女が兄をたぶらかしたに違いない。
――いや、ソフィアのようになれば、お兄様は私を選んでくれる?
兄を思いすぎるあまり、エミリアの中で様々なものが狂っていった。
世界は自分のためにあると思っていた純粋なお嬢様は、〝兄に求められる女性像〟を求めるあまり、自身を見失っていった。
メイヤー家のエミリアが本来どのような性格だったか、兄以外の何に重きを置き、将来どんな事をしたいと望んでいたのか、本人にも分からなくなってしまった。
いや、どうでも良くなったと言っていい。
エミリアにとって最も優先すべきは兄で、あとは〝兄以外〟なのだ。
何もかも擲てるなら、NYにいるテオのもとに突撃してソフィアという魔女を殺してやりたい。
だがテオは一度だけ手紙をよこした時、「絶対にアメリカに来るな」と拒絶を示していた。
とても悲しい命令でも、〝良い子のエミ〟は兄との約束を守らなければならない。
その代わりエミリアは〝ソフィア〟に近付くため、あらゆる努力をした。
周囲には自分の事を〝レディ〟と呼ばせるようにした。
本当はコーヒー派だが紅茶を飲むようにし、香水も贔屓にしていたブランドをやめ、イギリス香水をつけるようになった。
手っ取り早いのは、イングランド人のセレブと付き合う事だ。
だがUKの二文字を見るだけで、すべてが憎たらしくなる自分がいる。
そのうち、子供の頃に兄が『プリンセスのように気高い女性になるんだぞ』と言っていた女性像の定義も分からなくなった。
だから彼女は、自分が思う〝至高〟をひたすらに求め、大勢の男性が魅力的だと思う姿を目指した。
外見を整えるのは勿論、飴と鞭を使い分けて人を従わせる術を身につけた。
――完璧に近付けたと思っていたのに……。
(あの日本人の芋女に近づいたせいで、私はすべてを失った!)
歯ぎしりをした時、向かいに座っている〝夫〟に話しかけられた。
『どうかしたか? 考え事でも?』
ハッと我に返ると、見た目が美しいだけのサド男が微笑んでいる。
その整った顔を見て、エミリアは目の奥に憎しみの炎を灯した。
――この男は性根が腐っている。
名家に生まれたガブリエルは、ありとあらゆるものを持っている。
なのに普通の恋愛に満足できず、普通のセックスに興奮できない異常者だ。
(あなたなんかに屈服してなるものですか)
エミリアは心の中で反発し、美しく笑った。
『いいえ。今日の茶葉は特別美味しいと思って、感心していたところよ』
上辺だけの妻役ならもう板に付いたし、ガブリエルの親戚にも紹介されて式を挙げた。
エミリアを可愛がっていたフランクでさえ、彼女が夫にどんな扱いを受けているのか知らない。
幼い頃、エミリアは祖父が世界の頂点にいるのだと思っていた。
だが成長し、世の中には祖父をも凌駕する権力の持ち主がいると知った。
そして今の祖父は、すべての力をむしり取られた、ただの老人だ。
誰も自分を救えないなら、自力でここから脱出し、復讐を果たして望みを叶えるしかない。
そのためなら、どれだけでも我慢できるし待つ事ができる。
『君は私が嫌いだろう?』
ガブリエルは微笑んで尋ねてくる。
エミリアは口角を上げたまま、何も答えない。
ランス郊外にあるこの城に来てから、どれだけこの男に逆らったか分からない。
だがどれだけ罵声を浴びせてもガブリエルは怒らず、落ち込みもしない。むしろ楽しそうに微笑んで生き生きする始末だ。
その一方で、エミリアは兄がいつか帰る事を信じていた。
だが風の噂で、兄がアメリカでイギリス貴族の女性と結婚したと聞き、世界が終わったように感じた。
――なんでお兄様を想い続けて、誰より一緒に過ごしたエミより赤の他人を選ぶの?
その思いはエミリアの中で黒く渦を巻き、彼女を焼き焦がした。
相手の女性の事は、写真でしか知らない。
テオは家族に結婚式の日取りすら教えなかった。勿論、招待などしていない。
ドイツ人は家族を大切にする国民性を持っている。
だからテオが結婚を家族に教えなかった事は、ドイツ人として、メイヤー家として大きな恥となった。
激怒した祖父母や両親は、兄の話をしなくなった。
そんな中、エミリアは『私だけはお兄様の味方だわ』と、ツテを使って知った兄の住所に、手紙やプレゼントを送り続けた。
だがそれも〝受け取り拒否〟となって、エミリアのもとに返ってくるようになる。
最初は勿論、『帰ってきてほしい』『愛してる』と手紙やカードに書いていた。
しかし兄に気を遣わせてはいけないと思うようになり、祝う気持ちだけ……と思って贈り物と当たり障りのない挨拶を書いたカードのみにした。
だが兄は、それすらも受け入れなかった。
連絡手段を断たれたエミリアは、ソフィアというイギリス女を激しく憎んだ。
――ソフィアという女が兄をたぶらかしたに違いない。
――いや、ソフィアのようになれば、お兄様は私を選んでくれる?
兄を思いすぎるあまり、エミリアの中で様々なものが狂っていった。
世界は自分のためにあると思っていた純粋なお嬢様は、〝兄に求められる女性像〟を求めるあまり、自身を見失っていった。
メイヤー家のエミリアが本来どのような性格だったか、兄以外の何に重きを置き、将来どんな事をしたいと望んでいたのか、本人にも分からなくなってしまった。
いや、どうでも良くなったと言っていい。
エミリアにとって最も優先すべきは兄で、あとは〝兄以外〟なのだ。
何もかも擲てるなら、NYにいるテオのもとに突撃してソフィアという魔女を殺してやりたい。
だがテオは一度だけ手紙をよこした時、「絶対にアメリカに来るな」と拒絶を示していた。
とても悲しい命令でも、〝良い子のエミ〟は兄との約束を守らなければならない。
その代わりエミリアは〝ソフィア〟に近付くため、あらゆる努力をした。
周囲には自分の事を〝レディ〟と呼ばせるようにした。
本当はコーヒー派だが紅茶を飲むようにし、香水も贔屓にしていたブランドをやめ、イギリス香水をつけるようになった。
手っ取り早いのは、イングランド人のセレブと付き合う事だ。
だがUKの二文字を見るだけで、すべてが憎たらしくなる自分がいる。
そのうち、子供の頃に兄が『プリンセスのように気高い女性になるんだぞ』と言っていた女性像の定義も分からなくなった。
だから彼女は、自分が思う〝至高〟をひたすらに求め、大勢の男性が魅力的だと思う姿を目指した。
外見を整えるのは勿論、飴と鞭を使い分けて人を従わせる術を身につけた。
――完璧に近付けたと思っていたのに……。
(あの日本人の芋女に近づいたせいで、私はすべてを失った!)
歯ぎしりをした時、向かいに座っている〝夫〟に話しかけられた。
『どうかしたか? 考え事でも?』
ハッと我に返ると、見た目が美しいだけのサド男が微笑んでいる。
その整った顔を見て、エミリアは目の奥に憎しみの炎を灯した。
――この男は性根が腐っている。
名家に生まれたガブリエルは、ありとあらゆるものを持っている。
なのに普通の恋愛に満足できず、普通のセックスに興奮できない異常者だ。
(あなたなんかに屈服してなるものですか)
エミリアは心の中で反発し、美しく笑った。
『いいえ。今日の茶葉は特別美味しいと思って、感心していたところよ』
上辺だけの妻役ならもう板に付いたし、ガブリエルの親戚にも紹介されて式を挙げた。
エミリアを可愛がっていたフランクでさえ、彼女が夫にどんな扱いを受けているのか知らない。
幼い頃、エミリアは祖父が世界の頂点にいるのだと思っていた。
だが成長し、世の中には祖父をも凌駕する権力の持ち主がいると知った。
そして今の祖父は、すべての力をむしり取られた、ただの老人だ。
誰も自分を救えないなら、自力でここから脱出し、復讐を果たして望みを叶えるしかない。
そのためなら、どれだけでも我慢できるし待つ事ができる。
『君は私が嫌いだろう?』
ガブリエルは微笑んで尋ねてくる。
エミリアは口角を上げたまま、何も答えない。
ランス郊外にあるこの城に来てから、どれだけこの男に逆らったか分からない。
だがどれだけ罵声を浴びせてもガブリエルは怒らず、落ち込みもしない。むしろ楽しそうに微笑んで生き生きする始末だ。
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