上 下
1,319 / 1,549
第二十部・同窓会 編

怒りは生きる力をくれる、最高の感情

しおりを挟む
 最初はお気に入りの佑が婚約した話を聞き、『教え羅得てない!』と憤ったのが始まりだった。

 確かに頻繁に会う関係ではないし、ドイツと日本とではなかなか会えないが、彼とは子供の頃から交流があり、何かあれば一番に自分に連絡してくれると信じていた。

 少なくともエミリアの周りにいる男性は、何かあれば一番に彼女に連絡し、優先してくれていた。

 そうされるのが当たり前だと思っていたし、お礼にデートをしてあげ、気持ちいい思いをさせてあげるのも〝付き合い〟だと思っていた。

 妻子持ちでもセレブでも、「秘密にするわ」と言えば、ほとんどの男性が自分の言う事を聞き、関係を結んだ。

 そうやって彼女と男性たちは、お互いの秘密を守って〝いい関係〟を結んでいたのだ。

 それなのに佑は一言も連絡をしないまま、日本人の冴えない女と結婚すると言いだした。

 あれだけ目を掛けていたのに、恩知らずもいいところだ。

 確かに最初は佑の事を、日本人の血が混じっている理由で少し下に見ていた。

 だが佑は成長と共に美しく逞しく育ち、世界に名を轟かせる男になった。

 エミリアの周りに、彼ほどの成長を見せた人物はいない。

 佑が自分を恋愛対象として見ていないのは分かっていたが、本気で迫ればいつでも落ちると思っていた。

 いっぽうで、エミリアは自分の結婚をまったく視野に入れていなかった。

 周りには自分好みのいい男が揃っているので、いざ祖父に本気で『結婚しろ』と言われたら、その中から最も条件のいい人を選ぶつもりだった。

 だが祖父が『彼と結婚しなさい』と勧めてきたのは、社会的地位のある実業家らしいがパッとしない外見の男だ。

 毎日顔を見ても飽きない美貌と、鍛えられた肉体を持ち、ベッドでの相性も抜群でなければならない。

 だから勿論、彼女は拒絶した。

 絶対にあんな男と結婚するものかと思い、実家に帰るのを避けて「仕事が忙しい」と言い続けていたのに……。

(日本まで芋娘を見に行ったのが間違いだった)

 ガブリエルと共に彼の城の中を歩いているエミリアは、小さく舌打ちをする。

 アロイスとクラウスが日本に行くと言うので、用事のついでに佑と芋娘に会う事にした。

 会社の経営はうまくいっていて、不動産や投資の他にもエミリア個人を支援する男性が大勢いる。

 金が増えるのは嬉しいが、世の中には納税義務というものがある。

『少しぐらい誤魔化したっていいわよね。あんな大金を納めるなんておかしいわ』

 そう思ったエミリアは、懇意にしている税理士に〝お願い〟をして知恵を借り、日本の口座に一時的に金を預ける事を考えた。

 日本の銀行はあくまで腰掛けで、そのあとはスイスの隠し口座に移すつもりだったのだ。

 だが――。

(あの駄犬!)

 憎たらしい男の顔を思い出し、エミリアは拳を握る。

 マティアス――。

 幼い頃から家族ごと取り立ててやった、下僕であり秘書に裏切られた。

 少女時代からエミリアは祖父に、『マティアスはお前のために生まれ、一生尽くしてくれる存在だ』と言われていた。

 だから信頼してどんな事だって話したし、常に自分の側に置いてやり、自分の側にいても目障りにならないよう、洗練された外見に整えてやった。

 しかしエミリアが使用人を、大切に思う事はなかった。

 けれど自分の下僕だからこそ、嬉しい時も苦しい時も共に歩む権利を与えた。

 エミリアは取り巻きの男性たちに対して、常に笑顔で接し理想の女性を演じた。

 そうしたほうが、お互い良い関係でいられるからだ。

 だが心を許したマティアスには、自分のネガティブな面もすべて見せ、つらい時は苦しみをシェアする特権も与えた。

 可愛がっていた犬と、同じぐらい大切にしてやったのだ。

 体調が悪そうだったら休ませてやったし、着る物も食べる物も一流を教えたし、優秀な秘書になれるよう教育してやった。

 たっぷり恩と情けを掛けてやったのに――。

 エミリアはギリ……、と歯ぎしりをする。

 脱税が白日の下に晒されただけでなく、マティアスに芋娘をレイプさせてやろうと思ったのに、駄犬は何の役にも立たなかった。

 それどころか彼は佑や双子と共謀し、自分を陥れてきたのだ。

(絶対に許さない……)

 談話室に着いたエミリアは、執事が淹れた紅茶を飲み、青い目の奥にギラギラとした怒りを宿す。

 今ごろ佑とイチャついているだろう芋娘だって、絶対に許さない。

 勿論、自分を裏切った佑も双子も、クラウザー家の人間も許さない。

 怒りは生きる力をくれる、最高の感情だ。

 今までの地位を追われたエミリアは、〝夫〟にこの上ない恥辱を受けた。

 そんなある日、自分を陥れた佑がこの城にやってきた。

 佑は責め苦を受けていた自分に何か言っていたが、怒りで冷静になれず、ろくに話す事ができなかった。

 サディストの妻となったエミリアは、淫猥な道具を体中の孔に入れられ、拷問さながらの辱めを受けていた。

 だがあれから数か月経ち、ようやく服を着るのを許され、部屋の外に出られるようになった。

(焦らずに機会を窺うのよ。あなたは完璧なレディだからできるはずよ。美しいエミ)

 自分に言い聞かせたエミリアは、〝夫〟の話に相槌を打って微笑む。

(いい子にしていたらまたお兄様と会えるわ。今は少し長い兄妹喧嘩をしているだけ)

 この世の誰よりも愛しい兄を思い浮かべ、エミリアはとろけるように微笑む。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...