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第二十部・同窓会 編

大きな前進

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「社長。ウェルカムスイーツのチョコレートを頂いても宜しいでしょうか?」

「ああ、構わない」

 高級チョコレートを躊躇いなく口に放り込む河野を見て、呉代が「河野さんパネェ……」と呟く。

 彼からすれば、佑に対して物怖じせず何でも言う河野は、自分たち護衛とは別次元の存在に思えるのだろう。

「彼は学生時代、ブドウ糖を囓って受験勉強していたそうだ」

 佑が呉代に河野情報を教え、彼の母校を教えると、今度こそ何も言わなくなってしまった。

 やがて河野が、全員分のカフェインレスコーヒーを淹れた。

 彼が自分のコーヒーに、砂糖を四つ入れたのは言わずもがなだ。

 それを見て呉代は凄い顔をしている。

 隣にいる小山内も、控えめに言って引いていた。

 河野はスプーンでコーヒーを掻き混ぜ、一口啜ってから言う。

「社長としてはは気分が悪いでしょうが、もう少し泳がせておくのはどうでしょうか?」

「あえて泳がせるのか?」

「現状、あちらの手札が分かりません。迂闊な事をして本当に狙撃されたら最悪です。それを避けるためにも、あえて言う事を聞いておくほうがいいかもしれません。勿論、気付かれない範囲で警備の強化をするのは賛成です。フェルナンド氏は赤松さんに『追って指示する』と言ったそうですね? なら〝その時〟に万全の体制で動き、一気に捕り物するのも一つの手ではないでしょうか」

 河野の言う事も一理あると思い、佑は腕を組んで考え込む。

「その時は香澄を囮にするのか?」

「隠密に警察に連絡し、赤松さんの影武者となる、女性警官を用意してもらうのがいいかもしれません。赤松さんに似た身長、体型の女性警官に、彼女の服を着せてフェルナンド氏の要求通りに行動する準備をしていれば、いざという時に応じられるのではと思います」

 佑も様々な解決策を考えていたが、その中に変わり身の方法もあった。

 アイデアが河野の言葉によって具体的に肉付けされ、佑は納得して頷いた。

「明日の朝にでも警察に話してみる」

「フェルナンド氏も何らかの対策がされている事を想定済みでしょう。何事も百パーセントはありませんから、誰かが犠牲になる覚悟はしていたほうがいいと思います」

「私たちの出番になりましたら、お任せください」

 小山内が答え、呉代も頷く。

 河野はさらにチョコレートを口に放り込んで言う。

「まず警察に相談し、どこに盗聴機とカメラがついているか確認しましょう。警察はプロですから、気付かれないような対処はしてくれるはずです」

「そうだな」

 佑は頷いてから香澄を思った。

 人の命が掛かっていると知れば、迂闊な行動をできずにいたのは当たり前だ。

 今まで話せなかった事を、せめるつもりはない。

 むしろ彼女がずっと孤独に戦っていたのに、気付く事ができなかった事が不甲斐ない。

 ――情けない。

 ――一緒に暮らしている婚約者なのに、香澄の隠し事に気付けないなんて。

 だがセックスのあとに香澄が「自分本位」と言った事に反省しつつ、どこか違和感を覚えていたのは確かだ。

(あれは香澄なりに距離を置こうとしていたんじゃないだろうか。どうしたらいいか分からなくて、俺を遠ざけようとした。……そのまま、どこかに姿をくらますつもりだった?)

 そこまで考えて佑は大きく息を吸い、ゆっくり吐いていく。

 明日は香澄と一緒に札幌に行き、彼女の同窓会に顔を出すつもりだ。

 来月には、アドラー達にピアノを聴かせる予定もある。

(約束は守ってくれ。一人で抱え込まないで、俺と一緒に乗り越えて一緒に生きていくんだ)

 恐らく自分の予想は合っているだろう、という確信はある。

 だがストレス過多の香澄に、これ以上負担を与えたくない。

 佑は溜め息をつき、ポジティブに捉えようとする。

(こうやって報告してくれただけでも大きな前進じゃないか。お陰で俺は先手を打つ事ができた)

 彼はもう一口コーヒーを飲み、静かに息を吐く。

「河野。パイロットに連絡を取ってくれ。準備ができ次第でいいから、すぐ東京に戻りたい」

「承知致しました」

 河野はいつものように淡々と返事をし、立ち上がってスマホですぐに連絡する。

「二人とも、休もうとしていたのにすまない。すぐ移動の準備をしてくれ」

 小山内と呉代に言うと、彼らは「支度をして参ります」と自室に戻っていった。

 パイロットに連絡を終えた河野も、佑に報告したあとすぐに退室していく。

「香澄、いま帰るよ」

 佑は荷物を纏めながら、東京で一人待っている香澄に呟いた。



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