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第十九部・マティアスと麻衣 編

第十九部・終章 いつものように

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(好きだなぁ……。大好き。好き)

 胸が一杯になるほど佑を思い浮かべ、彼への恋情を高める。

 ――守らないと。

 再度、心の奥で強く思った。

 自己犠牲は、ある種の自己陶酔だ。

 そう分かっていても、香澄は佑に知らせず問題を解決する方法を模索し始める。

 しばし考えていたが、ふぅ……と白い息を吐き、頭を冷やす事にした。

(心配させなければいい。何もなかったフリをするのは必須。それ以外に……)

 考えて〝ある事〟が思い当たり、胸が痛くなる。

 ――佑が心配しなくなる、嫌な女になる。

(佑さんから距離を取って迷惑を掛けないようにする。何年後か分からないけど、もう何も起こらないとなったあとに『戻りたい』って言ったら、迎えてくれるかな。……虫が良すぎるなぁ)

〝佑に嫌われるもしもの世界〟を想像しただけで、胸が痛くなって泣けてくる。

(佑さん、私の事好きだもんなぁ。……傷付けるだろうな)

 今まで佑から受けた愛情の数々を思いだす。

 ニセコに行っていた時、彼がどれだけ駄目人間になったかを、河野に説教されたのを思いだして苦く笑う。

(どこかに『必ず戻るよ』っていう〝約束〟を残せないかな。フェルナンドさんに見つからないどこかに……)

 御劔邸のどこかに隠し場所はないか考え、「そう言えば誕生日の時に宝探しをしたっけ」と笑みを零す。

 その時、御劔邸の門鉄が開き、車が庭に入ってきた。

「あ」

 佑の帰宅に胸がドキッと鳴り、香澄は落ち着かなく居住まいを正す。

 やがて玄関前で停まった車から佑が降り、小金井に「ありがとうございます」と礼を言う声が聞こえた。

 彼は玄関に向かおうとしたが、足を止めてこちらを二度見してきた。

「……香澄?」

 ――あぁ、見つかっちゃった。

 どんな時でも佑は自分を見逃さない。

 そうされて感じるのは純然たる喜びだ。。

 けれど彼から距離を取るなら、こんな感情も抱けなくなる。

(でも、『おかしい』と思われるような、突然の変化を見せたら駄目だ。長期間かけてじっくり彼に嫌われないと)

「どうした? 寒いだろ。入ろう?」

 佑は側までくると革手袋を脱いで香澄の冷えた髪を撫で、手の甲を香澄の頬に当ててきた。

「冷たいな。冷えるから中に入ろう」

「ん……」

 香澄は立ち上がり、お尻をパンパンと払う。
 玄関に向けて歩き始めると、佑が手を握ってきた。

「こういうの、憧れない?」

 そう言って彼は繋いだ手を自分のコートのポケットに入れる。

「んふふっ、憧れる」

 漏れた笑みは、心からのものだ。

 玄関に入って佑が「ただいま」と言うと、フェリシアが『おかえりなさい、タスクさん』と返事をした。

「お帰りなさい。香澄さん、冷えてませんか?」

 斎藤が出てきて、香澄の頬に手をやる。

「ちょっとですから、大丈夫ですよ」

「冬場の屋内は暖房が入っているので、少しボーッとするかもしれませんね。たまに外の空気を吸うのは大切ですが、冷えは禁物ですよ」

「はい」

「お料理を温めますから、御劔さんは手洗いうがいをしてくださいね」

「はい」

 母親のような斎藤の言葉に二人で笑い、香澄は佑と一緒に二階に上がった。

「仕事始めどうだった?」

 香澄は彼の部屋で、コートを脱ぐのを手伝いながら尋ねる。

 そうしながら、普通に話せている事、笑顔もちゃんと浮かべられている事に安堵した。

「ああ、例年通りだよ。まだ年末年始の休みを引きずって動きが鈍い感じがするけど、そのうちエンジンが掛かってくると思う」

「私はあと一日、お休みを満喫しよーっと」

 香澄は笑いながら言い、佑が着替え始めたので部屋を出る。

 階段を下りてキッチンまで行くと、斎藤に「手伝う事はありませんか?」と話し掛けた。





 また新しい一年が始まろうとしている。

 今年の六月には結婚式を挙げようと思っているのに、周囲がそうさせてくれない。

 せっかく麻衣が東京に来る決意をしたのに――。

 これから楽しい毎日が始まると思っていたのに――。

 ネガティブになる意識に蓋をした香澄は、斎藤が作ってくれた料理を口に運び、笑顔で佑との会話を弾ませた。



 第十九部・完
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