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第十九部・マティアスと麻衣 編

いま親に連絡しちゃう

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 それから会社の前でハグされた事を思いだし、溜め息をつく。

「あーあ。会社の人にマティアスさんを見られちゃった。……まーいっか。上司に辞めるって言ったし」

「すまない。だが禁じられた仲ではないから、別にいいだろう」

「禁じられた……。あっはは……」

 麻衣は朗らかに笑ってから水を飲み、スマホを持って「ピースして」と言い、インカメラにする。

 撮影したあと、見やすいように明るさや色味を調整してから、香澄に『仕事始め一日目、肉喰いに来てます』とメッセージを送った。

「私も覚悟を決めないとね。ちょっと待って。いま親に連絡しちゃう」

 マティアスといると、だんだん覚悟が決まってきた。

 何があってもマティアスが側にいてくれるなら大丈夫と思い、思っていたよりも緊張せず自宅の番号をタップした。

『もしもし、麻衣?』

 母が出て娘の名前を呼ぶ。

「ただいま。今日から仕事始めなんだ。年末年始、楽しかったよ」

『そう。香澄ちゃんは元気だった?』

「元気元気。御劔社長の家、本当に泊まってきたし、お会いした従兄さんとか皆いい人だったよ」

『へぇー……。お母さんも会ってみたいわぁ』

「あはは!」

 麻衣は久しぶりに聞く母の声に笑顔になる。

 それを向かいからマティアスが見守ってくれていた。

「あのさぁ、今週末帰ろうと思うんだけど……。あー、東京土産も渡さないとだし」

『うん、分かった』

「それで……。あのぉ……」

『なに、口ごもって』

「うーん……。……あ、会ってもらいたい人がいるんだけど…………」

 絞り出すように言うと、電話の向こうで母が沈黙した。

「……もしもし?」

 その沈黙があまりにも長いので、麻衣は焦って母に声を掛ける。

『……ま、麻衣? もしかしてそれって、男の人って考えていいの?』

「そう……だけど……」

 おずおずと返事をした途端、受話器から離れたところで『おとうさーん!』と母が騒ぐ声が聞こえた。

(確かにずっと一人で心配掛けたけど……っ)

 ここまで騒がなくても……と思っているうちに、先ほどよりも興奮した声で母が電話口に戻る。

『今度の週末ね? 分かった。家、片付けておくから。それで、どんな方なの?』

「その……。御劔さんの関係で出会った人で……」

『うん』

「……どっ、……ドイツ人……なんだけど」

『ドイツ人!?』

 母の声がワントーン高くなった。

 そしてやはり受話器の向こうで『おとうさーん! 麻衣の彼氏がドイツ人なんだって!』と声が聞こえる。

(も~っ! 全部聞こえてるんだってば!)

 チラッと向かいに座っているマティアスを見ると、興味津々という顔でこちらを見ている。

(やりづらい……っ)

『ま、麻衣? ドイツの方って何が好物なの? シュトーレンとかお出ししたほうがいいの? お母さん分かんない』

「シュトーレンはクリスマスでしょ。普通のお菓子で大丈夫だよ。好き嫌いはないはずだから」

 少し子供っぽい所のある母に、麻衣は思わず溜め息をつく。

 母はほっそりとしていて可愛らしい人で、麻衣は貫禄のある体型をしている父から遺伝を受け継いだ。
 おそらく母の遺伝子は信司に受け継がれたのだろう。

『和菓子は避けたほうがいい?』

「え~? ホントに何でも食べると思うけどな。マティアスさん、母がお茶菓子に悩んでるんだけど、嫌いなお菓子ってある?」

「いや、何でも美味しく頂けると思う」

 そう会話をすると、母の声がした。

『麻衣! マティアスさんって言うの!? 〝ま〟が同じなんだね。運命! っていうか、お母さん、ちょっとマティアスさんと話してみたい。お願い!』

 すっかりミーハーを剥き出しにした母に乞われ、麻衣は半ば呆れながらマティアスにスマホを差し出した。

「マティアスさん、母が少し話したいって」

「ああ。分かった」

 少し天然ボケの気がある母と、真の天然ボケのマティアスのぶつかり合いは、果たしてどうなるのやら……と思いつつ、麻衣は彼にスマホを手渡した。
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