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第十九部・マティアスと麻衣 編

たまに本屋さん覗こうかな

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 もう一人、紙の本にすると鈍器ができあがるほど分厚い作品を書く、京月冬也きょうげつふゆやも好きだ。

「ミステリー小説が好き」と公言できるほど、マニアではないと思っている。

 アガサ・クリスティーの作品も、『そして誰もいなくなった』ぐらいしか読んだ事がない。
 有名なシャーロック・ホームズも一冊も読んだ事がないし、日本の作家に至ってはその二人以外あまり知らない。

 けれど好きなものは好きなのだ。

 ネットなどで熱狂的なファンを見ると、「中途半端なファンですみません」と思ってしまうが、大勢いるだろう読書人口の片隅でこっそり楽しみたいと思っていた。

(たまに本屋さん覗こうかな。ついでに、面白そうな本があったら買っちゃおう)

 そう思うと急にワクワクしてきた。

 実店舗に行くとパラパラ捲って「面白そう」と思える本に出会ったり、書店スタッフが作ったコーナーでいい作品と出会えるのも確かだ。

「よし、十時過ぎたら家を出よう。本屋さん行って、ちょっとプラプラしてランチ食べて帰るプラン」

 決めたあと、内線で離れに連絡をした。



**



 十時になり、香澄は斎藤に挨拶して家を出た。

 デートではないので、スキニーにセーター、ダッフルコートにマフラーを巻いただけのカジュアルな格好だ。足元も、歩きやすいようにスニーカーを履いた。

 メイクも特に気合いを入れず、ベースメイクの他は眉毛を描いただけだ。

「じゃあ、宜しくお願いします」

 香澄は離れの前で、久住と佐野に挨拶する。

 わざわざ車で出かける用事ではないので、交通機関と徒歩にした。

 護衛二人は私服を着ている。

 運転手の瀬尾は同行しないが、いつでも車を出せるようにスタンバイしているらしい。

「本屋さんに行くのは久しぶりです。お二人は読書好きですか?」

 雑談したいと思い、香澄は彼らに話しかける。

「私は〝本屋が選んだ大賞〟とかなら読みます。純文学は、少し難しそうで敬遠していますね。あとはレシピ本やグルメ漫画でしょうか」

 黒いパンツにシャツ、ピーコ―トを着た久住が言い、「佐野は?」と話を振る。

「僕は小説は読まないですね。もっぱら漫画ばっかりです」

 そう答えた佐野も、黒いパンツにブルゾンとカジュアルな格好だ。

 三人は十五分ほど歩いた場所にあるバス停に向かっていた。

「何の漫画です?」

 香澄はさらに尋ねる。

「あ~、赤松さんは読まないかもですが、ガッツリバトルな、画面の濃い男性向け漫画です。『バーサーカー』とか『嘘喰らい』とか、『テッペンアシュラ』とか知ってます?」

「あ! 知ってます! 好きです! 読んでます!」

 自分が追いかけて読んでいる漫画のタイトルが出て、香澄の目の色が変わった。

「えぇ!? マジですか? 赤松さんってキラキラした少女漫画のイメージあったのに……」

「マジです! いや、漫画大好きなんで、雑多に読みますよ」

 それからすっかり漫画の話題になり、バスに乗ったあとも話し続ける。

「いやー、赤松さんの印象が変わりました」

 久住の言葉に、香澄は首を傾げる。

「今までどう思ってたんです?」

「何か……。吹けば飛ぶような小動物?」

 久住が佐野に疑問形で言い、彼も頷く。

「ですね。何かあったら壊れそうな、メレンゲみたいな存在だと思っていました」

「あはは、そんなのないですよ。雪で鍛えられた道産子ですから」

「そう言えば道産子ですよねぇ。今度札幌に同行した時に、美味いラーメンの店を教えて頂きたいです」

「勿論です。知ってる範囲でなら」

「ありがとうございます」

 バスは渋谷駅前に着き、そこから大きな書店に向かった。





 たっぷり一時間かけて書店を楽しんだあと、渋谷駅から徒歩すぐにあるイタリアンレストランでランチにした。

 三人ともフォカッチャ、サラダ、パスタ、コーヒー、デザートのあるセットを頼んだ。

 案内された席は窓側で、天気が良くていい気分だ。

 レストランに入ると注意する事はないからか、二人も穏やかな表情になった。
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