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第十九部・マティアスと麻衣 編
急に、消えるな……っ
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弟との電話が終わって安心すると、麻衣は適当にサンドイッチやおにぎり、お茶やジュースをカゴに入れた。
会計している時、肉まんなどが入っているスチーマーやおでんを見て、「マティアスさんにも食べさせてあげたいな」と思った。
(今は食べないし、あつあつがいいから、やっぱり明日に改めてくるか)
決めたあと、電子マネーで決済すると、エコバッグに商品を詰めてコンビニを出た。
「えっ?」
外に出て、歩いてすぐの自宅に帰ろうとすると、通りに見覚えのある人陰があって思わず声をだした。
街灯に照らされた彼は、麻衣の声を聞いてパッとこちらを向くと、雪道の中をまっすぐ走ってくる。
(……犬みたい……)
思わず両手を広げると、マティアスがぶつかるように抱き締めてきた。
「……っ、急に、消えるな……っ」
少し息を荒げたマティアスが言う。
(不安にさせちゃったな。申し訳ない)
反省した麻衣は、ポンポンと彼の背中を叩いた。
「ごめんね。マティアスさんがお風呂に入ってる間に、明日のご飯を買いに来てたの。湯冷めしちゃうから帰ろう」
「分かった」
マティアスは麻衣の手をしっかり握り、溜め息をつく。
「荷物、持つ」
そして当然というように、エコバッグを持ってくれた。
「せめてコート着ないと……」
そう言いかけた時、痛いほど手を握ってくるマティアスの手が、微かに震えているのに気付いた。
(慣れない土地に来て、不安だったろうな。なのに声も掛けず書き置きもせず一人にして、私が悪かった)
「ごめんね。心配させるつもりはなかった」
「いや、無事ならいい」
手を繋いだまま帰宅したあと、麻衣は「はい」と温かいお茶のペットボトルを渡す。
「ありがとう」
だがマティアスはそれをテーブルに置き、ギュッと麻衣を抱き締めてきた。
抱き締め返してトントンと彼の背中を叩いていると、少し顔を離したマティアスがキスをしてくる。
「ん……っ」
何度も唇をついばまれ、色っぽい雰囲気になるつもりはなかったのに、ドキドキしてくる。
やがて唇が離れ、マティアスはまた溜め息をついて抱き締めてきた。
「日本は治安がいいと失念していた」
(あ……)
そう言われ、自分が思っていた事とまったく別の事で、マティアスが心配していたのだと気づいた。
「ごめん……」
「マイは俺のウイークポイントだ。もう心配ないと思うが、万が一攫われたら……と思って生きた心地がしなかった」
「考えすぎだよ」
励ますように笑ったが、マティアスは無言で首を横に振る。
その反応を見て、彼の心が冗談で済まされないほど闇に冒されていると知った。
「……エミリアさん?」
マティアスの心を今も支配している女性の名前を口にすると、彼は麻衣を抱いたままソファに座った。
「あいつは狂ってる。おかしい。カイがカスミと婚約をしたと知っただけで、あいつが俺にどんな命令をしたか知っているだろう。カスミはカイに守られているから、あの程度で済んだ。だがアロクラを好きになった女性は、もうドイツ国内にいない。いるとしても病院だ」
今までも、エミリアという女性の異常さは教えられた。
だが、彼女に目を付けられた女性たちがどんな目に遭ったかを聞き、背筋が凍り付くような心地になった。
「あいつは一生俺を許さないだろう。もしあいつが自由の身なら、俺を追いかけて破滅させるだろう。あいつは自分を失脚させた全員を恨み、呪っている。その中でも奴隷のように思っていた俺に刃向かわれた怒りは、かなりのものだと思う」
マティアスが危惧している事を理解し、麻衣は少し不安を覚える。
「エミリアさんは今どうしてるの?」
「……カイの知り合いの、フランス人の妻になった。桁外れの権力者だし、かなり歪んでいる男だから、あいつは一生逃げられないだろう。……だから、大丈夫……と思いたい」
マティアスがそこまで言うなら、そのフランス人もよほどの人なのだろう。
会計している時、肉まんなどが入っているスチーマーやおでんを見て、「マティアスさんにも食べさせてあげたいな」と思った。
(今は食べないし、あつあつがいいから、やっぱり明日に改めてくるか)
決めたあと、電子マネーで決済すると、エコバッグに商品を詰めてコンビニを出た。
「えっ?」
外に出て、歩いてすぐの自宅に帰ろうとすると、通りに見覚えのある人陰があって思わず声をだした。
街灯に照らされた彼は、麻衣の声を聞いてパッとこちらを向くと、雪道の中をまっすぐ走ってくる。
(……犬みたい……)
思わず両手を広げると、マティアスがぶつかるように抱き締めてきた。
「……っ、急に、消えるな……っ」
少し息を荒げたマティアスが言う。
(不安にさせちゃったな。申し訳ない)
反省した麻衣は、ポンポンと彼の背中を叩いた。
「ごめんね。マティアスさんがお風呂に入ってる間に、明日のご飯を買いに来てたの。湯冷めしちゃうから帰ろう」
「分かった」
マティアスは麻衣の手をしっかり握り、溜め息をつく。
「荷物、持つ」
そして当然というように、エコバッグを持ってくれた。
「せめてコート着ないと……」
そう言いかけた時、痛いほど手を握ってくるマティアスの手が、微かに震えているのに気付いた。
(慣れない土地に来て、不安だったろうな。なのに声も掛けず書き置きもせず一人にして、私が悪かった)
「ごめんね。心配させるつもりはなかった」
「いや、無事ならいい」
手を繋いだまま帰宅したあと、麻衣は「はい」と温かいお茶のペットボトルを渡す。
「ありがとう」
だがマティアスはそれをテーブルに置き、ギュッと麻衣を抱き締めてきた。
抱き締め返してトントンと彼の背中を叩いていると、少し顔を離したマティアスがキスをしてくる。
「ん……っ」
何度も唇をついばまれ、色っぽい雰囲気になるつもりはなかったのに、ドキドキしてくる。
やがて唇が離れ、マティアスはまた溜め息をついて抱き締めてきた。
「日本は治安がいいと失念していた」
(あ……)
そう言われ、自分が思っていた事とまったく別の事で、マティアスが心配していたのだと気づいた。
「ごめん……」
「マイは俺のウイークポイントだ。もう心配ないと思うが、万が一攫われたら……と思って生きた心地がしなかった」
「考えすぎだよ」
励ますように笑ったが、マティアスは無言で首を横に振る。
その反応を見て、彼の心が冗談で済まされないほど闇に冒されていると知った。
「……エミリアさん?」
マティアスの心を今も支配している女性の名前を口にすると、彼は麻衣を抱いたままソファに座った。
「あいつは狂ってる。おかしい。カイがカスミと婚約をしたと知っただけで、あいつが俺にどんな命令をしたか知っているだろう。カスミはカイに守られているから、あの程度で済んだ。だがアロクラを好きになった女性は、もうドイツ国内にいない。いるとしても病院だ」
今までも、エミリアという女性の異常さは教えられた。
だが、彼女に目を付けられた女性たちがどんな目に遭ったかを聞き、背筋が凍り付くような心地になった。
「あいつは一生俺を許さないだろう。もしあいつが自由の身なら、俺を追いかけて破滅させるだろう。あいつは自分を失脚させた全員を恨み、呪っている。その中でも奴隷のように思っていた俺に刃向かわれた怒りは、かなりのものだと思う」
マティアスが危惧している事を理解し、麻衣は少し不安を覚える。
「エミリアさんは今どうしてるの?」
「……カイの知り合いの、フランス人の妻になった。桁外れの権力者だし、かなり歪んでいる男だから、あいつは一生逃げられないだろう。……だから、大丈夫……と思いたい」
マティアスがそこまで言うなら、そのフランス人もよほどの人なのだろう。
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