1,260 / 1,549
第十九部・マティアスと麻衣 編
急に、消えるな……っ
しおりを挟む
弟との電話が終わって安心すると、麻衣は適当にサンドイッチやおにぎり、お茶やジュースをカゴに入れた。
会計している時、肉まんなどが入っているスチーマーやおでんを見て、「マティアスさんにも食べさせてあげたいな」と思った。
(今は食べないし、あつあつがいいから、やっぱり明日に改めてくるか)
決めたあと、電子マネーで決済すると、エコバッグに商品を詰めてコンビニを出た。
「えっ?」
外に出て、歩いてすぐの自宅に帰ろうとすると、通りに見覚えのある人陰があって思わず声をだした。
街灯に照らされた彼は、麻衣の声を聞いてパッとこちらを向くと、雪道の中をまっすぐ走ってくる。
(……犬みたい……)
思わず両手を広げると、マティアスがぶつかるように抱き締めてきた。
「……っ、急に、消えるな……っ」
少し息を荒げたマティアスが言う。
(不安にさせちゃったな。申し訳ない)
反省した麻衣は、ポンポンと彼の背中を叩いた。
「ごめんね。マティアスさんがお風呂に入ってる間に、明日のご飯を買いに来てたの。湯冷めしちゃうから帰ろう」
「分かった」
マティアスは麻衣の手をしっかり握り、溜め息をつく。
「荷物、持つ」
そして当然というように、エコバッグを持ってくれた。
「せめてコート着ないと……」
そう言いかけた時、痛いほど手を握ってくるマティアスの手が、微かに震えているのに気付いた。
(慣れない土地に来て、不安だったろうな。なのに声も掛けず書き置きもせず一人にして、私が悪かった)
「ごめんね。心配させるつもりはなかった」
「いや、無事ならいい」
手を繋いだまま帰宅したあと、麻衣は「はい」と温かいお茶のペットボトルを渡す。
「ありがとう」
だがマティアスはそれをテーブルに置き、ギュッと麻衣を抱き締めてきた。
抱き締め返してトントンと彼の背中を叩いていると、少し顔を離したマティアスがキスをしてくる。
「ん……っ」
何度も唇をついばまれ、色っぽい雰囲気になるつもりはなかったのに、ドキドキしてくる。
やがて唇が離れ、マティアスはまた溜め息をついて抱き締めてきた。
「日本は治安がいいと失念していた」
(あ……)
そう言われ、自分が思っていた事とまったく別の事で、マティアスが心配していたのだと気づいた。
「ごめん……」
「マイは俺のウイークポイントだ。もう心配ないと思うが、万が一攫われたら……と思って生きた心地がしなかった」
「考えすぎだよ」
励ますように笑ったが、マティアスは無言で首を横に振る。
その反応を見て、彼の心が冗談で済まされないほど闇に冒されていると知った。
「……エミリアさん?」
マティアスの心を今も支配している女性の名前を口にすると、彼は麻衣を抱いたままソファに座った。
「あいつは狂ってる。おかしい。カイがカスミと婚約をしたと知っただけで、あいつが俺にどんな命令をしたか知っているだろう。カスミはカイに守られているから、あの程度で済んだ。だがアロクラを好きになった女性は、もうドイツ国内にいない。いるとしても病院だ」
今までも、エミリアという女性の異常さは教えられた。
だが、彼女に目を付けられた女性たちがどんな目に遭ったかを聞き、背筋が凍り付くような心地になった。
「あいつは一生俺を許さないだろう。もしあいつが自由の身なら、俺を追いかけて破滅させるだろう。あいつは自分を失脚させた全員を恨み、呪っている。その中でも奴隷のように思っていた俺に刃向かわれた怒りは、かなりのものだと思う」
マティアスが危惧している事を理解し、麻衣は少し不安を覚える。
「エミリアさんは今どうしてるの?」
「……カイの知り合いの、フランス人の妻になった。桁外れの権力者だし、かなり歪んでいる男だから、あいつは一生逃げられないだろう。……だから、大丈夫……と思いたい」
マティアスがそこまで言うなら、そのフランス人もよほどの人なのだろう。
会計している時、肉まんなどが入っているスチーマーやおでんを見て、「マティアスさんにも食べさせてあげたいな」と思った。
(今は食べないし、あつあつがいいから、やっぱり明日に改めてくるか)
決めたあと、電子マネーで決済すると、エコバッグに商品を詰めてコンビニを出た。
「えっ?」
外に出て、歩いてすぐの自宅に帰ろうとすると、通りに見覚えのある人陰があって思わず声をだした。
街灯に照らされた彼は、麻衣の声を聞いてパッとこちらを向くと、雪道の中をまっすぐ走ってくる。
(……犬みたい……)
思わず両手を広げると、マティアスがぶつかるように抱き締めてきた。
「……っ、急に、消えるな……っ」
少し息を荒げたマティアスが言う。
(不安にさせちゃったな。申し訳ない)
反省した麻衣は、ポンポンと彼の背中を叩いた。
「ごめんね。マティアスさんがお風呂に入ってる間に、明日のご飯を買いに来てたの。湯冷めしちゃうから帰ろう」
「分かった」
マティアスは麻衣の手をしっかり握り、溜め息をつく。
「荷物、持つ」
そして当然というように、エコバッグを持ってくれた。
「せめてコート着ないと……」
そう言いかけた時、痛いほど手を握ってくるマティアスの手が、微かに震えているのに気付いた。
(慣れない土地に来て、不安だったろうな。なのに声も掛けず書き置きもせず一人にして、私が悪かった)
「ごめんね。心配させるつもりはなかった」
「いや、無事ならいい」
手を繋いだまま帰宅したあと、麻衣は「はい」と温かいお茶のペットボトルを渡す。
「ありがとう」
だがマティアスはそれをテーブルに置き、ギュッと麻衣を抱き締めてきた。
抱き締め返してトントンと彼の背中を叩いていると、少し顔を離したマティアスがキスをしてくる。
「ん……っ」
何度も唇をついばまれ、色っぽい雰囲気になるつもりはなかったのに、ドキドキしてくる。
やがて唇が離れ、マティアスはまた溜め息をついて抱き締めてきた。
「日本は治安がいいと失念していた」
(あ……)
そう言われ、自分が思っていた事とまったく別の事で、マティアスが心配していたのだと気づいた。
「ごめん……」
「マイは俺のウイークポイントだ。もう心配ないと思うが、万が一攫われたら……と思って生きた心地がしなかった」
「考えすぎだよ」
励ますように笑ったが、マティアスは無言で首を横に振る。
その反応を見て、彼の心が冗談で済まされないほど闇に冒されていると知った。
「……エミリアさん?」
マティアスの心を今も支配している女性の名前を口にすると、彼は麻衣を抱いたままソファに座った。
「あいつは狂ってる。おかしい。カイがカスミと婚約をしたと知っただけで、あいつが俺にどんな命令をしたか知っているだろう。カスミはカイに守られているから、あの程度で済んだ。だがアロクラを好きになった女性は、もうドイツ国内にいない。いるとしても病院だ」
今までも、エミリアという女性の異常さは教えられた。
だが、彼女に目を付けられた女性たちがどんな目に遭ったかを聞き、背筋が凍り付くような心地になった。
「あいつは一生俺を許さないだろう。もしあいつが自由の身なら、俺を追いかけて破滅させるだろう。あいつは自分を失脚させた全員を恨み、呪っている。その中でも奴隷のように思っていた俺に刃向かわれた怒りは、かなりのものだと思う」
マティアスが危惧している事を理解し、麻衣は少し不安を覚える。
「エミリアさんは今どうしてるの?」
「……カイの知り合いの、フランス人の妻になった。桁外れの権力者だし、かなり歪んでいる男だから、あいつは一生逃げられないだろう。……だから、大丈夫……と思いたい」
マティアスがそこまで言うなら、そのフランス人もよほどの人なのだろう。
14
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる