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第十九部・マティアスと麻衣 編

弟への電話

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 コンプレックスが沢山あるのに、香澄のいい友人でいられたのは、家庭環境が良かったからだと思う。

 これでもし、家族からも外見をバカにされていたら、他人に優しくできなかったかもしれない。

 最低限「家族だけは味方でいてくれる」という安堵感があるから、香澄を信じて親友でいられているのだと思う。

 二十五歳の弟、信司しんじは札幌市内の企業に勤めていて、一人暮らしをしている。

 弟との仲は良好で、思春期を除いて基本的に仲良くやれていると思っている。

 弟なら自分にやっと彼氏ができ、結婚を考えていると知ったら、きっと祝福してくれると思うのだが……。

(そうだ。信司に連絡しておこう)

 コンビニは客が一人いるぐらいで、店員は搬入された商品を陳列している。

 麻衣はコートのポケットからスマホを出し、信司に電話を掛けた。

 少しのコール音のあと、『もしもし』と弟の声がする。

「信司? いま大丈夫?」

『いいよ? 東京から帰ってきたの? お土産ある?』

「あんたの食べたがってたお菓子、一通り買ってきたから安心しな」

『やった。香澄ちゃんは元気だった?』

「うん、元気だったよ。色々お世話になった」

『御劔佑の家に本当に行ったの?』

「行ったよ。SNSには載せられないけど、写真は撮らせてもらったから、今度見せてあげる」

『すげー』

 信司は電話の向こうで感心した声を出し、それを聞いて麻衣は少し得意な気持ちになる。

『で、こんな時間にどうした? もしかして家の鍵なくした?』

「や、そうじゃなくて。…………その、話があるんだけど、お父さんとお母さんにはまだ秘密にしてくれる? その時がきたらちゃんと自分で言うから」

『え? ……うん。ナニゴト?』

「あ……あのさー…………。ケッコン……しようと思ってる人がいて…………」

『……………………えぇえええぇええぇええぇっっっ!?』

 電話の向こうから信司の大声が聞こえ、麻衣は「こうなるよなぁ……」と真顔になる。

『どっ、どうした? 東京で出会いでもあった? それとも札幌の人? ずっと隠してた?』

「いや…………ドイツの人…………」

『はあああぁあああぁあ??? あっ、さーせん!』

 いきなり信司が謝った。

 夜に大きな声をだして、壁ドンでもされたのだろうか。

『どっ、ドイツ? どうしたんだよ?』

「いや……その。御劔家に行ったら、……御劔さん、ドイツに縁のある人でしょ? その従兄弟さんとか昔なじみもいて、一緒に過ごした訳よ。その中の一人で、マティアスさんっていう人がいて、随分……その、……熱く迫られまして」

『へぇぇええぇ……? ちょ、すげーな。その人、何してる人?』

「以前は秘書だったみたいだけど、少し前に辞めて今は無職。でも日本に引っ越してChief Everyに入社するんだって」

『マジか。……って、こう言うと悪いけど、無職って金は大丈夫? 日本に移住するって言っても金かかるだろ』

「それが……口座に億単位の貯金がある人で……。その辺りは心配ないみたい」

『おく??? すっげ……。嘘じゃなくて?』

「実際に口座の数字を見せてもらったから、嘘じゃないと思う。向こうですっごい金額の宝くじが当たったんだって。で、投資とかしてて浪費しないから、とにかくお金はあるみたい」

 お金について、こう言うのは下品で憚られる。

 だが〝無職〟だけで判断され、悪印象を持たれると困るので、しっかり説明しておいた。

「アロクラってブランドあるでしょ? あそこのデザイナー兼経営者のお二人も保証してるぐらいだから、多分大丈夫」

『ま? ちょ、ま? アロクラって……あのアロクラ?』

「うん、多分そのアロクラ。私、アクセサリーとかプレゼントされちゃった」

『マジ? ちょっと待って? ……ちょ、…………俺、いま情報を整理しきれてないんだけど。明日、ねーちゃん家行っていい?』

「いーけど、疲れてるからもてなせないよ? あと、マティアスさんがいる」

『ま??? ちょ、行く、絶対行く』

「あんた面白がってるでしょ」

 麻衣は呆れた声を出す。

『疲れてるなら〝シンジキッチン〟やってやるから。明日一日掛けてじっくり紹介してよ』

「分かった。マティアスさんに話しておくね。シンジキッチンやってくれるなら、肉料理がいい。材料費あとで半分払うから」

『わーってる。みなまで言うな。そんじゃ、明日ね。何時くらいに行っていい?』

「んー、午後かな? 午前中は遅くまで寝てそうだし、そのあと洗濯とかする予定だし」

『オッケー。じゃあ、おやすみ』
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