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第十九部・マティアスと麻衣 編

いつかドイツを案内してくださいね

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「あと、トイレのスイッチが沢山あって、尻の穴に水がジャストヒットした時は叫んでしまった」

「ぶぉっふぁあ!!」

 今度こそ耐えきれず噴き出した麻衣は、横を向いて体を震わせる。

「トイレにここまで凝る事ができるなんて、日本人はなかなか変態だ」

「んまぁー……確かに……」

 テレビ番組でも、海外の家族に温水洗浄便座を持っていく企画があった。

 それを見て、温水洗浄便座がこんなに普及しているのは日本だけなのだろうと思った。

 同時に、マティアスに色んな〝初めて〟を味わわせたいな、と思った。

「日本の食べ物で、苦手な物はありますか?」

「……それを語れるほど、まだ日本のディープな食べ物を知らない気がする。ナットウは………………興味深い匂いがするな」

 控えめな言い方を聞いて「苦手なんだろうな」と思った麻衣は、また笑う。

「ナマコ酢、もずく酢、タチポン、エイヒレ……あと普通に牛モツやホルモンも美味しいですねぇ」

 居酒屋メニューを思い浮かべ、麻衣はペロリと舌なめずりする。

「マイは酒に強いのか?」

「いや、フツーだと思います。一緒にアテを食べるのが楽しいだけで、お酒そのものは沢山飲まないですね。適量を飲んで楽しくなったら、そこまでにしておきます。マティアスさんは?」

「俺は……酔えない、かな。どれだけ飲んでも大して変わらないから、飲むだけ金の無駄の気がしてそれほど飲まなくなった。友人と会う時は、付き合いで飲むが」

「なるほど」

 香澄から聞いたが、アジア人より白人、黒人のほうがずっとアルコールに強いようだ。

 道理で巨大なジョッキでビールをガブガブ飲んでも平気なのか……と思う。
 そして、マティアスが淡々とジョッキを空けている姿を想像して、おかしくなった。

「おっかし……。ねぇ、いつか……。本当にいつかでいいんですけど、ドイツを案内してくださいね」

「ああ、勿論だ。城や教会、ライン川クルーズにワインの試飲……。時期ならクリスマスマーケットも楽しめる。十月はオクトーバーフェストがあって、ビール祭りもある。ベートーベンやゲーテの生家、ベルリン楽団の演奏、オペラ。クラウザーさんの所の博物館もある」

「ロマンチック街道って有名ですよね?」

「あぁ、例のランドの城のモデルになった、ノイシュヴァンシュタイン城は一番の目玉だな。あと、ローテンブルクは可愛らしい街だと思う」

 麻衣はいまだ行った事のないドイツに想いを馳せ、微笑む。

 と、風呂場からアラームが鳴った。

「マティアスさん、先にお風呂どうぞ。私はちょっと用事があるので」

「いいのか?」

「そのほうが都合がいいので」

「分かった」

 マティアスはリュックを開いて着替えを出し、下着と寝間着にするスウェットを出すと洗面所に向かった。

(お風呂、小さくて申し訳ないな)

 水音が聞こえ始めると、麻衣はコートを着てマフラーを巻き、もう一度外に出た。





(さむ……)

 マンションからすぐ近くに、コンビニがある。

 冷蔵庫の中には調味料ぐらいしか入っておらず、米はあるが疲れているので料理はしたくない。

 なので明日の朝に食べる物を買っておこうと思って、コンビニに向かったのだ。

 明日は疲れて家から出たくなくなるだろうから、今晩気力があるうちに動いた。

「いらっしゃいませー」

 いつもの店員がいつものように、やる気があるのか分からない挨拶をする。

 麻衣は入り口にあったカゴを持って、まっすぐ弁当類のあるコーナーに行った。

(おにぎりとサンドイッチ、どっちが好きかな。お弁当だったりして。そもそも朝にどれぐらい食べるのかな)

 御劔家で一緒に過ごしていた時、香澄とおしゃべりばかりしていて、マティアスの食事量まで気を遣えなかった。

(食の好みを知らない状態なのに、一週間後には家族に紹介って……。せめて猶予があるうちに最低限の事は教えてもらおう)

 家族にマティアスを紹介すると思うと、不安でならない。

 麻衣は基本的に両親を尊敬している。

 偏ったものの考え方はしていないと思うし、深酒もギャンブルもしない。

 父は家事を母に任せていて、イラついた時は「自分でやれば?」と思ってしまうが、基本的に好きだし尊敬している。
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