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第十九部・マティアスと麻衣 編

ごめんね……っ

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「頭を冷やしたいそうで、庭のベンチにいる」

「もー」

(照れくさいのは分かるけど、一月なのに外で頭を冷やさなくても……)

「ちょっと行ってくるね」

 香澄は佑に声を掛け、玄関ホールのクローゼットからジャンパーを出した。

 そして袖を通してサンダルに足をつっかけ、庭に出る。

 ドアを開けると、冷たい空気が全身を包んだ。

 庭を見ると、花壇の向かいに麻衣がぽつんと座っていた。

「麻衣!」

 声をかけて小走りに近付くと、彼女が小さく手を上げる。

「寒いでしょ。体冷やしたら駄目だよ?」

 香澄はそう言って麻衣の隣に座り、ぎゅっと彼女の腕を組む。

 そうされても麻衣はこれといった反応はせず、ぼんやりと座って黙っていた。

「デート、どうだった?」

 けれど改めて尋ねると麻衣の手がピクッと動き、呆けていた表情がクシャッと歪んでいく。

「……ど、どうしよう……」

 香澄は真っ赤になったその顔を見て、にっこり笑うと抱きしめた。

「よしよし、何があったのか言ってごらん」

「ぶっふふ! 何、その言い方!」

 麻衣はやっと笑い、香澄を抱き締め返してくる。

 それから少しして、呟いた。

「……しちゃった」

 それに香澄は何も言わず、麻衣の背中をポンポンと叩く。

「……マティアスさん、東京で働くって」

「うん」

「彼を選んで人生が変わるなら、私も思い切って変わってみようと思う」

「うん、応援してる」

「香澄もいるし、東京に来ようかなって」

「大歓迎です」

 麻衣の言葉が嬉しくて、香澄は何度もポンポンと麻衣の背中を叩く。

「私、本当は御劔さんにお世話になるとか、申し訳なくて避けたかった」

「うん」

「でもマティアスさんって、いい意味でプライドがないの。まず、私との生活を考えてくれる。そのためなら御劔さんに雇ってもらう事も、何ともないって思ってる。そういう柔軟なところが好きで、私も見習いたい。私はどっちかって言うと頑固なほうだから……」

「うん、柔軟だよね」

 同意すると、麻衣がまだ赤い顔を上げた。

「……これから沢山〝初めて〟を知っていくと思うけど、東京の香澄パイセン、宜しくお願いします!」

 冗談めかした言い方に、香澄は破顔した。

「がってん承知!」

 言ったあと、香澄はぎゅーっと麻衣を抱き締めて、ぐりぐりと肩に額を押しつけた。

「……マティアスさんと色々話した。彼の過去の事とか、心の傷とか色々……。だから、その信頼に応えるためにも、絶対彼を幸せにするって決めた」

 親友の誓いを聞き、香澄は「うん」と頷く。

 昨日までは、麻衣はまだ様々な事を不安がっていた。

 それが一晩経って、これほど強く逞しく変化した親友を、香澄は誇りに思った。

 抱き合ったあと、しばらく麻衣は黙っていた。

 やがて彼女は息を吸い、涙で震えた声で謝罪してきた。

「っごめんね……っ」

「なんで!?」

 香澄は顔を上げ、麻衣を見る。

 彼女は顔を真っ赤にして、ポロポロと涙を零していた。

「私……っ、最初は香澄の事ですっごいマティアスさんを怒ってた。定山渓で話を聞いた時、『冗談じゃない』って、絶対許すもんかって思った」

 麻衣が気に病んでいる事を理解し、香澄は微笑む。

「それなのに……っ、ごめん! こんな、友情より男を選ぶ奴、めちゃくちゃ大嫌いだったのに……っ。香澄を裏切るような事……っ」

 麻衣は洟を啜って嗚咽し、乱暴に目元を手で拭う。

「まーいー? 私、一言も『怒ってる』なんて言ってないよ?」

 香澄は麻衣の顔を覗き込み、よしよしと頭を撫でる。

「終わった事だからもういいの。今は二人が幸せになるほうが大事なんだよ?」

「でも……っ」

 まだ納得していない麻衣の頭に手を添え、香澄は「えいっ」と頭をぶつけた。
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