上 下
1,223 / 1,548
第十九部・マティアスと麻衣 編

しおりを挟む
「さっきは『まだメイクラブの話をしない』と言った。だが、あらかじめ少し話させてくれ」

「うん、なに?」

 今なら、何でも受け入れられる気がして、覚悟を決めて尋ねる。

「……俺の体には、あの女につけられた醜い傷がある。……本当は、ラブホテルに入って裸になり、その傷跡を見せる事でマイの気持ちを量ろうと思っていた」

 ずっと今まで言わずに隠していた事になるが、その気持ちは理解できる気がした。

 ひどい傷があるなら、見せたくないと思うのは当たり前だ。

 まして他人につけられた傷で、それをネガティブに捉えているなら、誰だって好きな相手には見せたくないと思うだろう。

 マティアスは今まで沢山傷付き、人を信じられずに生きてきた。

 麻衣を好きになったとはいえ、体に残された恥部を見せるのは勇気が要る。

 彼が試そうと思った気持ちを、責める事はできない。

「……いいよ。マティアスさんの全部を見せて」

 麻衣は微笑み、彼の肩をポンポンと叩いた。

 マティアスは体ごと麻衣に向き直り、真剣な表情で言う。

「……体を見てもらってもいいだろうか? きっと気持ち悪いと感じるだろう。傷を見てからメイクラブするか決めてほしい。俺はできなくても大丈夫だ。マイの気持ちを尊重したい」

「そんな事ないよ」と言いたかったが、まだ傷を見ていないのに、上辺だけの慰めの言葉を掛けるのは失礼だ。

 マティアスは自分を「優しい」と言ってくれているが、すべてを肯定すればいい訳ではない。

 彼は自分にきちんと向き合い、甘やかすだけではなく、誠実に正直に接してほしいと願っている。

「分かった」

 だから、まず彼の望みを聞こうと思った。

 頷くと、マティアスは立ち上がってテーブルの向こうに立つ。

 そしてタートルネックのニットを脱ぎ、その下に着ていた半袖Tシャツも脱ぐ。

 服の下から引き締まった体が現れた。

 割れた腹筋に、厚い胸板。太い首から肩へ掛けてのラインもしっかりしていて、肩から二の腕への筋肉も凄い。

 一瞬見とれかけたものの、その肌に刻まれたモノを見てキュッと胸の奥が痛くなった。

 彼の肌には沢山の傷痕がついていた。

 裂傷とおぼしき痕の他にも、何の道具か分からないが、何かの形そのままがくっきりと刻まれている痕もある。

 麻衣自身も料理に不慣れだった頃、包丁で指を切って、いまだに傷痕が残っている。

 だから〝傷〟を見た事がないとは言わない。

 だが体にびっしりと傷痕が刻まれている人を見るのは、生まれて初めてだった。

 悪意そのものが形となって、マティスを肌から支配しているように思える。

 麻衣はこみ上げる怒り、悲しみをグッと押し込め、なんと声を掛けるべきなのか考えた。

「背中は、奴隷のように鞭で打たれた」

 マティアスは後ろを向いて背中を見せる。

 それを見て麻衣は静かに息を呑んだ。

 広く逞しい背中に、むごたらしい裂傷が隙間なく刻みつけられていた。

 ――あぁ、……駄目だ。

 理性的に〝考えて〟答えを出そうとしたが諦め、ふぅ……っ、と止めていた息を吐いた。

 ――今すぐ彼を抱き締めたい。

 そう思い、立ち上がった。

 麻衣はマティアスの側まで歩み寄り、彼の背中にぺたりと掌を当てた。

「……痛い?」

「いや。一番最近の傷は半年ぐらい前だから、痛みもそれほどない」

 言葉の通り、マティアスの傷は新しいものから古いものまで様々だ。

「……ずっと酷い事をされてたんだね」

 肌に刻まれた傷の数は、支配に耐え続けてきた年月そのものを表している。

「ずっと所有物として扱われていた。人権はなかったな。メイヤー家に逆らう者はいなかった」

 そう応えるマティアスの声には、やはり何の感情も込められていない。

〝今〟しか見ていない彼にとって、エミリアはもう過去の存在なのだろう。

「……思ったんだけど」

 麻衣はぺた、ぺた、とマティアスの背中を触り、指先でそっと傷跡をたどる。

「マティアスさんがこういう性格になったのは、自分を守った結果だと思う。でもすべてが終わった今、過去に囚われず〝今〟だけを見ているマティアスさんは凄いなって思う」

「そうだろうか」

 その声にも、やはり何の感情も込められていない。

 麻衣は静かに微笑み、後ろから彼に抱きついた。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...