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第十九部・マティアスと麻衣 編

「今夜、どうするつもりなんだろう?」

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「どうした?」

「うん……。これからの事、ちゃんと親に説明しないといけないなと思って」

「そうだな。その時は一緒に行って挨拶していいだろうか?」

「えっ?」

 思わず立ち止まってマティアスを見たが、彼はいつも通りの表情だ。

「おかしいか?」

「だって……。それって……。……まるで……」

 ドラマで散々見た、『お嬢さんを僕にください!』というシーンが脳裏に蘇る。

「『まるで』? よく分からないが、結婚を望んでいる相手の家族に挨拶するのは、日本では当たり前なんだろう?」

(あ……)

 そこでまた、マティアスが〝日本式〟にしてくれているのに気付いた。

 聞いた話では、本来ならドイツ人は「結婚してほしい」を言わないし、相手の両親に挨拶もしない。
 自然と仲良くなって互いの家族とも親しくなり……という方式だ。

 そんなマティアスが〝日本式〟にしてくれているのだから、自分も努力しなければいけない。

「自分には似合わない」「キャラじゃないから」「恥ずかしい」なんて言っていないで、ここぞという時ぐらい向き合わなければ。

(私が男性の事でこんなに悩むなんて、きっと今しかない。私にはマティアスさんだけ。一度きりの大切な思い出を、くだらない感情で台無しにしたら駄目だ。親だって本当は私の結婚を望んでいるんだから)

 両親は「彼氏は?」「結婚しないの?」「痩せたら?」など言わない。

 そんな事を言えば娘が傷つくと分かっている、良識ある人たちだ。

 最低限の心配はするが、必要以上にうるさく言わない。

「よくしてもらっている」と自覚しているからこそ、今まで心配させた分、「これからこの人と幸せになるんだよ」と安心させてあげたい。

(よし)

 麻衣は心の中で一つ頷き、決意する。

「……じゃあ、うちに来てください。いきなり行ったらびっくりさせるから、先に家族に言って心の準備をしてもらってからになるけど。欲を言えばそれから一週間後くらいに会ってもらいたいけど、滞在費とか大丈夫?」

「問題ない。俺一人ならどんなホテルに泊まっても構わない」

「ありがとう」

「準備ができるまで、札幌観光でもしている」

「うん」

 ぶらりと御苑を回って原宿駅近くまで出ると、いつのまにか夕方近くになっていた。
 神宮で参拝するのに並んだ時間もあり、思っていたよりも時間がかかった。

「そろそろ別の場所に移動するか」

「うん」

 歩きながら「今夜、どうするつもりなんだろう?」と、不安と期待がない交ぜになった気持ちになる。

「何か食いたい物はあるか?」

 尋ねられたが、麻衣は苦笑いする。

「いやぁ……。東京に来てから高級料理を沢山食べたから、もう何が食べたいんだか分かんないです。もとの食生活に戻れるか不安……」

「そう言われると、これから毎日美味い物を食わせてやりたくなるな」

「それはありがたいけど……」

 東京に来て佑たちと一緒に過ごし、彼らの生活レベルを思い知った。

(香澄が『嫌みじゃないかな?』って不安になる訳だ……)

 毎日美味しい物を食べていたら、舌が肥えて今まで食べていた物を食べられなくなるかもしれない。

 香澄の部屋のクローゼットを見せてもらったが、あれだけ高級な服が沢山あるなら、今後、ファストファッションの服は着ないと言われてもおかしくない。

 そうやって実生活が変わると、自分では意識していなくても周りと価値観が異なって「変わったね」と言われる可能性はある。

(そうならないように、時々立ち止まって自分が〝大丈夫〟なのか確認してたのかな。まじめで、香澄らしいっていうか……)

 考えてハッと気づくと、マティアスに手を繋がれたまま、立ち止まっていた。
 どうやら彼はタクシーを拾おうとしているらしい。

 間もなく空車を捕まえられ、一駅隣の新宿駅まで向かう。
 料金は千五百円少しで、マティアスはトレーに二千円を置いた。

「釣りはいい」

「え? だってお客さん」

「チップだと思ってくれ。あとでコーヒーでも飲んでほしい」

「……じゃあ、すみません。いただきます。ありがとうございます」

 ドアが空いたあとマティアスは「ありがとう」と車を降りた。

(何だか、並みの日本人男よりしっかりしてるな)

 感心した麻衣の心の中で、グッとマティアスへの好感度がまた上がる。
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