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第十九部・マティアスと麻衣 編

〝嫉妬〟

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「話は戻るが、俺がマイに相談せずに、カイに仕事の話をつけたから心配しているんだろう? まだ構想の段階だから、取り消しが利くと思う。札幌で店長のポストが一つ空くのは確からしいが、その後釜は必ずしも俺じゃなくてもいいと思う」

「……大丈夫ですか?」

「なら、すぐカイに連絡してみよう」

 マティアスはスマホを取りだし、佑に電話を掛けてしまった。
 佑は家でゆっくり過ごしていたようで、すぐ会話が始まる。

 ほどなくして電話が終わってしまった。

「東京勤務にするなら、そちらで考えてくれるようだ。何ならマイも働けるように、事務系の仕事を用意できると言っていたが」

「えっ、ええっ!?」

 まさか自分まで佑の世話になると思わず、麻衣は動揺する。

「で……でも……。どうしよう。ありがたいけど、ちょっと気まずいかも……」

 自分の雇用主が親友の彼氏なんて、あまりにも関係がゴチャゴチャしている。

「どうしてだ?」

「だって……。社内で香澄が御劔さんの婚約者だと知られているとして、その友達まで入社したらどう思われるか……」

 つい先ほど「周りなんて気にするな」と言われたが、これは別の問題だ。

「優遇を求めているのか?」

「まさか! っていうか、仕事ではプライベートな人と関わりたくないというか……。そりゃあ香澄と職場が同じなら嬉しいけど、関係者だと思われると、風当たりが強そうだし、香澄たちにも迷惑を掛けちゃう」

「やましい事がないなら堂々としていればいいだろう。コソコソして気まずそうにしているから、周りに疑われる」

「それはそうですが……」

「本社事務でも構わないし、子会社の事務でもいいと言っていた。資格など持っているなら履歴書を見せてもらった上で、人事と相談したいと言っていた」

「……はい」

 麻衣は札幌の会社で経理をしていて、簿記一級を持っている。
 税理士の資格も取ろうと思ったが、バタバタしているうちに諦めてしまった。

「カイは本社で働くなら俺を秘書として雇うと考えてくれた。試験や面接を受けた上でだが、正式な手順を踏んだ上でなら問題ないだろう。現在の第一秘書が定年を前にした年齢らしく、現在の三人体勢が二人体制に戻った時、頼りになる人材が必要だと言っていた」

「なるほど……。もともと秘書をしていたなら、それもアリですね」

 マティアスなら佑の優秀な秘書になれるだろうと思い、麻衣はいい案だと頷く。

「俺がカスミと同僚になるのを、カイは望んでいないかもしれない。だが俺ならカスミを無条件に守ると分かっているのだろう」

(……あれ?)

 マティアスが「香澄を無条件に守る」と言ったのを聞いて、一瞬胸の奥がモヤッとしてしまった。

「…………っ!」

 直後その感情が〝嫉妬〟だと気付き、一気に赤面する。

「どうした?」

「やっ、なんでもない」

「だが」

「いいの!」

 頑なに言ったからか、彼は戸惑いながらも退いてくれる。

「? そう……か?」

「そうです!」

 頷いた時、料理が運ばれてきた。

 トレーの上に三種類のおかずが並び、それにスープとパンがついている。

「お、美味しそう……」

 親友に嫉妬してしまった気持ちをごまかすように、麻衣は料理に集中しようとする。

「「いただきます」」

 そのあと二人で手を合わせ、料理を食べ始めた。

 カフェはお洒落で、料理も美味しい。

 けれど麻衣はどこか食事に集中できず、今感じた事について考えた。

 結果、一人でモヤモヤしているのはいけないと思い、尋ねてみる。

「香澄を守ろうと思うのは、友達だからですか?」

 質問され、チキンのクリーム煮を食べていたマティアスは頷く。

「ああ。大前提として、俺はカスミに大きな借りがある。あれだけの事をしておいて、今さら友達なんてムシがいいと分かっている。だがカスミが許してくれて友達になりたいと言ってくれた以上、今後彼女が困った時は全力で助けたいと思っている」

「……そっか……」

 マティアスと一緒にいると、彼が香澄を傷付けた男だとつい忘れてしまう。

 けれど今になって彼を憎むなんてできないし、最初のビンタでもう蒸し返さないと決めた。

 悔しいが、香澄が傷付けられた問題について文句を言えるのは、当事者だけだ。

 弁護士が動いてきちんと解決したなら、外野が言う事は何もない。
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