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第十九部・マティアスと麻衣 編

日本好きの入り口

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「すっごい人ですね」

 原宿駅の西口から出た麻衣は、溜め息をつく。

「山手線って有名だから、実は乗るの夢だったんです。でもやっぱり東京の電車ってめちゃくちゃ込んでたな……」

 目の前には代々木公園の緑が広がっているが、観光地なのと新年で人が多い。

 マティアスには「はぐれたら困るから」と手を握られ、恥ずかしい。

 麻衣は勿論、男性とデートをした事がないし、手を繋いだ事もない。

(手汗かきそう……)

 意識すると余計に汗をかきそうだったので、緑を見て気持ちを癒やす事にした。

「東京の中にもこういう癒やしスポットがあるって、ちょっと意外でした。勝手なイメージで、ビルしかないと思ってたので。や、でっかい公園があるとか知識では知ってたんですが、実際に来てみると違いますね」

「そうだな。俺も長年日本に憧れていたが、実際に来てみると、百聞は一見にしかずだと思った事は多い」

「日本好きの入り口って何だったんですか?」

「……そうだな。最初はアロクラが紹介してくれた〝かなまら祭り〟だった」

「ぶふぉっ!!」

 麻衣は盛大に噴き出し、あやうく鼻水を出しかける。

 かなまら祭りと言えば、知らない人はまったく知らない祭りだ。
 だがそのご神体や祭りの性質から、一度覚えたら忘れられない奇祭でもある。

 神奈川県にある神社で行われる祭りで、もともとは江戸時代の遊女が、性病除や商売繁盛について願掛けをした祭りが発端らしい。

 現在では商売繁盛、子孫繁栄、子授け、安産、縁結び、夫婦和合を願って、ピンク色をした巨大な男根を模した神輿を担ぎ、屋台でも男性器の形の飴が出されるようだ。

(私も深夜のバラエティ番組で知って大爆笑したもんなぁ。そのあともちょっとネットで調べたっけ)

 その時は香澄にも話して、ネタにして笑って終わり……だったのだが。
 まさかここでマティアスが口に出すとは思わなかった。

「知っているのか? マイ」

「え? いやぁ……あー……、テ、テレビでちょっとやってて……」

 あの祭りを堂々と「知ってる」とは言いづらい。

「そうか。興味があるからいつか二人でいかないか?」

「え……えぇ……? べ……別にいいですけど……」

 デートに誘われたかと思ったら、かなまら祭り。

 果たしてこれは喜ぶべき事なのだろうか。

(この人、『珍宝館』とか知ったら興味津々で行きたがるだろうな)

 麻衣はバラエティ番組で紹介されていた、群馬の〝大人のテーマパーク〟を思いだし、笑いそうになって唇を歪める。

(けど、伊香保温泉がすぐ近くみたいだから、アリって言えばアリかな)

 ズレたマティアスを相手にしていると、デートコースまでズレてしまう。

 ロマンチックにしようと思うとうまくいかず、予想外な時に距離を詰めてくる男だ。

(まぁ、いっか。他のカップルと比べるもんじゃないよね。そもそも見た目からデコボコカップルだし)

 考えながら歩いていると、マティアスが自分を見つめているのに気付いた。

「何か?」

「いや。これから一緒に過ごせるのだと思うと、嬉しい」

 彼は真顔でいきなり甘い言葉をぶっ込んでくる。

「うっ……。そ、そりゃあ、う、うん……。楽しいデートになるよう、お互い努力しましょう」

「いや、それもそうだが、これから札幌に行って住まいを探すだろう? 仕事も目処がついたし、楽しい未来があるってワクワクするものだなと思って」

(それ、ワクワクしてる顔!?)

 心の中で突っ込みつつ、口では別の事に突っ込みを入れる。

「えっ!? し、仕事、もう探したんですか?」

(行動が早すぎる!)

 麻衣はマティアスを見て、思わず足を止める。

「カイから誘いを受けて、Chief Everyに入社する事にした。最初は店長からだが、ちゃんと稼げるように努力する」

「えっ…………、と……」

 まだ何も話していないのに、マティアスは色々決めてしまったようだ。

(どうしよう……)

 立ち止まっていると、マティアスが目線を合わせて尋ねてくる。

「まずかったか?」

「や……。その……」

 一度決めてしまったなら、撤回すれば佑にも迷惑を掛ける。

(もっと早く自分の意見を言っておけば良かった)

 そう思っても、まさかこんな短期間に仕事を決めるとは思わなかった。
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