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第十九部・マティアスと麻衣 編

保管庫のフロア

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「あの……」

 そのタイミングで話し掛けると、佑が「ん?」とこちらを見た。

「麻衣たちが駅近くのカフェにいるそうなんです。そちらでランチを一緒に食べたいなと思いまして……」

 会社にいるのにプライベートの話をすると、変な感じがする。

 とはいえ、運転手に連絡する関係もあるので、早めに言っておかなくてはいけない。

「じゃあそちらに行こうか。小金井さんには俺から連絡しておく」

 そう言って佑はスマホでメッセージを打ち、「今日の仕事は終わり」と言ってコートを羽織った。

「秘書室は?」

「お二人とも退勤しました」

「そうか。じゃあ俺たちも出よう」

 二人は社長室を出て、専用エレベーターに乗る。

「多分、麻衣とマティアスさんは、明日デートするんじゃないかと思います」

「そうか。そんな話も……」

 エレベーターの中で話をしていると、佑が三十一階のボタンを押した。

(ん?)

 その階は、今まで止まった事のないフロアだ。

 三十二階は佑のマンションで、三十一階は服の保管庫になっていると聞いた。

「少し付き合ってくれ。麻衣さんにエールを送りたい」

「はい!」

 麻衣の応援になるのならと、香澄は元気に返事をする。

 三十一階に着き、佑はカードキーでドアを開け、「どうぞ」と香澄を招き入れる。
 彼はスリッパを出し、自分と香澄の分を床に置く。

「定期的に掃除をしてもらっているけど、ここで生活している訳じゃないから、多少汚れているかもしれない」

「構わないよ。……それにしても、このフロアは初めてかも……」

 オフィスから出たので、香澄は口調を変える。

「機会がなくて、ここに連れて来てなかったよな。倉庫みたいなものなんだ」

 奥に進むと、三十二階のマンションとは違う、巨大なスペースが開けた。

「わ……」

 ワンフロアすべてぶち抜きではないが、リビングダイニングが五十畳では済まない広さがある。

 だだっぴろい空間にはソファやテーブルがあり、キッチンなどもちゃんとある。
 だがその他はトルソーがズラリと並び、制作途中、完成品の服が着せられていた。

「今は白金台の家をメインにしているから、マンションには松井さんたちぐらいしか入らないんじゃないかな。特にこのフロアは趣味の空間だから、人を入れた事はない」

 佑が自主制作した服は、コストの掛かってそうな凝ったデザインが多い。

 メンズもあればレディースもある。

 中にはウエディングドレスもあって、「誰に着せようと思って作ったんだろう……」と思うと、胸がチクンとした。

「綺麗なドレスもあるね。服も格好いいのから可愛いのから、綺麗系まで……」

 触らないように距離を置いて眺めていると、佑は「全部試作品だよ」と言う。

「服を作れるって凄いね。私、ボタンをつけるので精一杯。実家にミシンはあるけど、自分で裾上げとかした事ないかも」

 香澄は家庭科の時間で使ったまち針や、印をつけるためのチャコペンを思い出し、「懐かしいなぁ」と微笑む。

「俺は学生時代から興味があったかな」

「お洒落に興味のある少年だったの?」

「そう……と言えるのかな。手芸屋に行って材料の値段を見たり、縫製の本を買って勉強した。自分で自分の服を作っていたけど、最初はへたくそで母に笑われていたな」

「まだあるの? 最初の作品」

 佑はハンガーに掛かっている沢山の服の中から、何かを探している。

「捨ててしまった物もあるし、気に入った服は取ってある」

「当時作っていたのは自分用だけ?」

「原点は自分用。そのうち友人に『いいな』って言われるようになって、材料費と少しの手間賃をもらって作るようになった。レディースは少し遅れてから。とにかく沢山雑誌を見て、専門学校の卒業制作のファッションショーにも潜り込んだ。あの時は勉強するのが楽しかったな」

 佑はサイズ違いのペンシルスカートが沢山掛かっている中から、「あった」と一着を取りだした。

 そしてグレイッシュローズピンクのペンシルスカートをシングルラックに掛け、縫い目などを確認する。

 香澄はブラブラと歩きながら、さらに話しかける。

「モデルの女の子とかいた? クラスで仲のいい子とか」

「……ん?」

 佑は香澄を見てニヤッと笑った。

「妬いてる?」
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