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第十九部・マティアスと麻衣 編

仕事終わりました。今どこにいますか?

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「お疲れ様です!」

 香澄はイベントを終えた佑に水を渡し、演者たちにも頭を下げる。

 グラミー賞受賞のシンガーが来るのは驚いたが、佑の人脈が広い証拠だろう。

 本来ならもっと大きな舞台で歌う人が、Chief Everyのイベントに来てくれるとは思わなかった。

 タニアは歌が終わったあと、舞台裏で佑と英語で挨拶してハグをし、マネージャーたちとすぐに帰っていった。

 日本人の演者たちも、佑と挨拶したあとイベント会場をあとにした。

 会場の後片付けは、イベント会社の者と業者がする予定だ。

 香澄たちは本社で少し雑務をして帰る事になっている。

 契約しているイベント会社との反省会や、バレンタインイベントについての話し合いはまた後日、本当の仕事始めになってからだ。

 オフィスに戻ると、佑は社長室でパソコンを立ち上げ、香澄は彼のためにコーヒーを淹れる。

 松井と河野も出社していて、それぞれパソコンを開いている。

 社員のイベント組は遅れて二日休みになるが、社長秘書はローテーションを組んで代休がある。

「一月は海外出張が多く入っていますね。国内海外問わず、会食の予定も多いです」

 香澄が席に戻ってから社長秘書の軽い打ち合わせとなった。
 松井の言葉を聞いて、香澄はスケジュールを確認すると「はい」と頷く。

「海外出張は僕が同行ですね? 万が一の事を考えると、赤松さんには遠慮して頂いたほうがいいと思います」

 河野に言われ、香澄は少し内心うなだれつつ微笑む。

「はい。いつまでも半人前のようで申し訳ないですが、社長に心配を掛けては元も子もありませんので、私は本社で大人しくしています」

 河野が入社した当時なら、「自分だってちゃんとできる」と反発心を持っていただろう。

 だがドイツで怪我をし、イギリスでの一件があり、さすがに迷惑を掛けすぎていると痛感した。

 香澄に何かがあるたび、社長である佑が心を乱していては本末転倒だ。

「赤松さんは本社できちんと働いてくれていますから、気にしなくてもいいですよ」

 松井の言葉に香澄は思わず両手を合わせ、彼を拝む。

「社長は赤松さんを手放したくないと思ったから、秘書にしたのでしょう。私からみれば、赤松さんは平均以上に覚えがいいです。最近は、テレビ局への同行や取材も任せられるようになってきました」

 ちゃんと評価してもらえて嬉しく、香澄はまた彼を拝んだ。

「適材適所です。海外での仕事は河野さんに任せて、赤松さんは安全な所で仕事をしてください。いずれ私がいなくなった時、三人体制から二人体制になり、新人を入れるかもしれません。その時、河野さんにメインの仕事を任せ、新人に仕事をしっかり教えるのが赤松さん……となるでしょう。そのために会社での業務をきちんと把握する事も大事ですよ」

「ありがとうございます! これからも頑張ります!」

 松井なりの励ましに香澄は何度も頷き、気合いを入れる。

「つきまして、海外土産のご相談がありましたらどうぞ。リストを作ってくだされば、善処します」

 河野がそれまでの流れをぶった切り、申しでる。

 香澄は「いつもの河野さんだ!」と笑いながら、NY土産といえば……と思考を巡らせた。



**



 仕事が終わったのは十四時すぎだ。

 佑と合流する前に、一応麻衣に連絡を入れてみる。

『仕事終わりました。今どこにいますか?』

 少し待っていると既読のマークがつき、すぐ返事がくる。

『ちょっと前までTMタワーの中にいたけど、人が多いから出てきちゃった。駅の反対側にある商業施設のカフェにいるよ』

 そう返事があったあとにポンと送られてきた画像には、美味しそうなエッグベネディクトが写っていた。

(わ、美味しそう。いいな)

 香澄はゴクッと喉を鳴らし、まだランチを食べていない事に気付いた。

『なんてお店? すぐ近くならそっちに行きたい。まだご飯食べてないんだ』

 メッセージを送ると、すぐに返事がくる。

『北改札を出てすぐのビルの四階。〝シルヴィア〟ってお店だよ』

『了解! これから向かうね。席とっとけそうだったら、宜しく!』

「んふふ、エッグベネディクト……」

 香澄はニマニマしてから表情を引き締め、社長室のドアをノックした。

「失礼致します」

「ああ、赤松さん。そろそろ帰るから待ってて」

 佑はメールの返事をしているようで、しばらくモニターに向かってキーボードを打っていた。

 やがてパソコンをシャットダウンして、立ち上がって念入りにストレッチをする。
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