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第十八部・麻衣と年越し 編
マティアスという慈雨
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「手加減なしに殴って、そのあとは蒸し返さない潔さも『いい』と思った」
「……十日近く一緒にいるんだから、そうでもしなきゃ気まずいでしょ」
「情が深く、信頼できる人だと思った」
初めて男性に自分の外見ではなく内面について触れられ、褒められた。
顔から体にカァーッと熱が伝わり、今までマティアスにされた何よりも恥ずかしく感じる。
「人間的に透明感があって、自分の〝内〟に入れた人は徹底的に信じて守る。そういう人だと直感で分かったから、ずっと一緒にいたいと思った」
「…………っ」
自分なんかにはあまりに勿体なさすぎる、ありがたい言葉だと思った。
ありがたすぎて、また涙が滲んでしまう。
涙を拭った麻衣を見て、マティアスはまた彼女を抱いて頭を撫でた。
「俺はマイのようないい女が、外見の事なんかで『魅力がない』と思い込んできた環境を悲しく思うし、悔しい。それは呪いだ。俺は日本が好きだが、マイに呪いをかけた日本の価値観は嫌いだ」
「…………っ、ありが、とう……」
少しずつ、マティアスの飾らない言葉が、麻衣の心の奥で凝っていたものを優しく溶かしていく。
マティアスは言葉も行動も、激しさがない。
いつも落ち着いていて、岩のような安定感がある。
そしてシトシトとした柔らかな雨のように、心を濡らし、潤していく。
硬くひび割れていた麻衣の心の大地は、マティアスという慈雨を得て、少しずつふっくらとした柔らかな土に生まれ変わろうとしていた。
すべての土壌に水がいきわたるのはまだ先だろう。
けれど麻衣の心はマティアスの言葉で、表面から少しずつ潤いを得ていた。
「俺の言葉でいいなら幾らでも言おう。マイが何度も自分を否定するなら、俺は何度もマイを肯定する。マイが百回自分を否定しても、百一回目に言った言葉が通じるかもしれない」
「っ、……ぅ、……っ」
今度こそ、意地を張らない素直な涙が頬を伝っていった。
「俺は面白みのない人間と言われるし、あまり気の利いた事は言えない。だがその分、正直さと根気強さには自信がある。俺を完全に信用しきれなくても、長所だと思うところは信頼してほしい」
「――っ、努力、する……っ」
――ありがとう。
まだ素直に気持ちを表せないけれど、救いの手を差し伸べてくれた事に、いつか感謝を伝えたい。
今なら香澄が、佑に救われたと言い、大切に思っている気持ちが分かる。
本当は大切な親友が佑に取られた気がして、少し寂しかった。
けれど香澄は、麻衣をいらないと言った訳ではない。
彼女は今でも自分を、女友達の〝一番〟にしてくれている。
それとは別に、異性の一番を作っただけなのだ。
香澄は、佑に言えない事を自分に打ち明けてくれる。
逆に佑は、麻衣にはできない事で香澄を沢山喜ばせている。
――分かるよ。
これから多分、自分の隣にはマティアスがいてくれるのだろう。
恋人として女性として大切にしてくれ、毎日のように愛を囁いてくれる。
今まで異性愛にまったく満たされなかった自分は、きっとこれから幸せになれる。
そしていつか、香澄に恋愛相談をできる日がくるだろう。
どれだけ好きな男性がいても、自分と香澄の間には強い絆がある。
――なんて幸せなんだろう。
麻衣はそれまでとは違う意味で涙を零し、鼻を啜りながら、おずおずとマティアスの胸板に顔を埋めた。
そして彼のTシャツを軽く掴む。
マティアスは無言で抱き留め、トントンと背中を叩いてあやしてくれる。
やがて嗚咽が収まったあと、麻衣はティッシュで鼻をかみ、どうせなら……とまた質問した。
「今さらだけど、日本人でいいの?」
「マイがいい。人種的な話をすると、元上司で痛い目を見て、白人女性に性的興奮を得なくなった。もちろん、白人女性が悪い訳じゃない。俺の問題だ」
「……言わせてごめん。嫌な事を思いださせたね」
「構わない。マイの疑問にはすべて答えたい」
「……色々つらい目に遭ったんでしょう? 感情が高ぶるとかないの?」
「法的に片がついた事は考えないようにしている。時間の無駄だ。俺は今まで死んだ時間を過ごしてきた。もとから感情を表すのが苦手な性格だったが、これからは楽しい事に目を向けていきたい。それこそが、あの女から解放された証になる」
「前向きなんですね。羨ましい」
そう言うと、マティアスは微かに笑った。
「……十日近く一緒にいるんだから、そうでもしなきゃ気まずいでしょ」
「情が深く、信頼できる人だと思った」
初めて男性に自分の外見ではなく内面について触れられ、褒められた。
顔から体にカァーッと熱が伝わり、今までマティアスにされた何よりも恥ずかしく感じる。
「人間的に透明感があって、自分の〝内〟に入れた人は徹底的に信じて守る。そういう人だと直感で分かったから、ずっと一緒にいたいと思った」
「…………っ」
自分なんかにはあまりに勿体なさすぎる、ありがたい言葉だと思った。
ありがたすぎて、また涙が滲んでしまう。
涙を拭った麻衣を見て、マティアスはまた彼女を抱いて頭を撫でた。
「俺はマイのようないい女が、外見の事なんかで『魅力がない』と思い込んできた環境を悲しく思うし、悔しい。それは呪いだ。俺は日本が好きだが、マイに呪いをかけた日本の価値観は嫌いだ」
「…………っ、ありが、とう……」
少しずつ、マティアスの飾らない言葉が、麻衣の心の奥で凝っていたものを優しく溶かしていく。
マティアスは言葉も行動も、激しさがない。
いつも落ち着いていて、岩のような安定感がある。
そしてシトシトとした柔らかな雨のように、心を濡らし、潤していく。
硬くひび割れていた麻衣の心の大地は、マティアスという慈雨を得て、少しずつふっくらとした柔らかな土に生まれ変わろうとしていた。
すべての土壌に水がいきわたるのはまだ先だろう。
けれど麻衣の心はマティアスの言葉で、表面から少しずつ潤いを得ていた。
「俺の言葉でいいなら幾らでも言おう。マイが何度も自分を否定するなら、俺は何度もマイを肯定する。マイが百回自分を否定しても、百一回目に言った言葉が通じるかもしれない」
「っ、……ぅ、……っ」
今度こそ、意地を張らない素直な涙が頬を伝っていった。
「俺は面白みのない人間と言われるし、あまり気の利いた事は言えない。だがその分、正直さと根気強さには自信がある。俺を完全に信用しきれなくても、長所だと思うところは信頼してほしい」
「――っ、努力、する……っ」
――ありがとう。
まだ素直に気持ちを表せないけれど、救いの手を差し伸べてくれた事に、いつか感謝を伝えたい。
今なら香澄が、佑に救われたと言い、大切に思っている気持ちが分かる。
本当は大切な親友が佑に取られた気がして、少し寂しかった。
けれど香澄は、麻衣をいらないと言った訳ではない。
彼女は今でも自分を、女友達の〝一番〟にしてくれている。
それとは別に、異性の一番を作っただけなのだ。
香澄は、佑に言えない事を自分に打ち明けてくれる。
逆に佑は、麻衣にはできない事で香澄を沢山喜ばせている。
――分かるよ。
これから多分、自分の隣にはマティアスがいてくれるのだろう。
恋人として女性として大切にしてくれ、毎日のように愛を囁いてくれる。
今まで異性愛にまったく満たされなかった自分は、きっとこれから幸せになれる。
そしていつか、香澄に恋愛相談をできる日がくるだろう。
どれだけ好きな男性がいても、自分と香澄の間には強い絆がある。
――なんて幸せなんだろう。
麻衣はそれまでとは違う意味で涙を零し、鼻を啜りながら、おずおずとマティアスの胸板に顔を埋めた。
そして彼のTシャツを軽く掴む。
マティアスは無言で抱き留め、トントンと背中を叩いてあやしてくれる。
やがて嗚咽が収まったあと、麻衣はティッシュで鼻をかみ、どうせなら……とまた質問した。
「今さらだけど、日本人でいいの?」
「マイがいい。人種的な話をすると、元上司で痛い目を見て、白人女性に性的興奮を得なくなった。もちろん、白人女性が悪い訳じゃない。俺の問題だ」
「……言わせてごめん。嫌な事を思いださせたね」
「構わない。マイの疑問にはすべて答えたい」
「……色々つらい目に遭ったんでしょう? 感情が高ぶるとかないの?」
「法的に片がついた事は考えないようにしている。時間の無駄だ。俺は今まで死んだ時間を過ごしてきた。もとから感情を表すのが苦手な性格だったが、これからは楽しい事に目を向けていきたい。それこそが、あの女から解放された証になる」
「前向きなんですね。羨ましい」
そう言うと、マティアスは微かに笑った。
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