上 下
1,192 / 1,544
第十八部・麻衣と年越し 編

マティアスという慈雨

しおりを挟む
「手加減なしに殴って、そのあとは蒸し返さない潔さも『いい』と思った」

「……十日近く一緒にいるんだから、そうでもしなきゃ気まずいでしょ」

「情が深く、信頼できる人だと思った」

 初めて男性に自分の外見ではなく内面について触れられ、褒められた。

 顔から体にカァーッと熱が伝わり、今までマティアスにされた何よりも恥ずかしく感じる。

「人間的に透明感があって、自分の〝内〟に入れた人は徹底的に信じて守る。そういう人だと直感で分かったから、ずっと一緒にいたいと思った」

「…………っ」

 自分なんかにはあまりに勿体なさすぎる、ありがたい言葉だと思った。

 ありがたすぎて、また涙が滲んでしまう。

 涙を拭った麻衣を見て、マティアスはまた彼女を抱いて頭を撫でた。

「俺はマイのようないい女が、外見の事なんかで『魅力がない』と思い込んできた環境を悲しく思うし、悔しい。それは呪いだ。俺は日本が好きだが、マイに呪いをかけた日本の価値観は嫌いだ」

「…………っ、ありが、とう……」

 少しずつ、マティアスの飾らない言葉が、麻衣の心の奥で凝っていたものを優しく溶かしていく。

 マティアスは言葉も行動も、激しさがない。
 いつも落ち着いていて、岩のような安定感がある。

 そしてシトシトとした柔らかな雨のように、心を濡らし、潤していく。

 硬くひび割れていた麻衣の心の大地は、マティアスという慈雨を得て、少しずつふっくらとした柔らかな土に生まれ変わろうとしていた。

 すべての土壌に水がいきわたるのはまだ先だろう。

 けれど麻衣の心はマティアスの言葉で、表面から少しずつ潤いを得ていた。

「俺の言葉でいいなら幾らでも言おう。マイが何度も自分を否定するなら、俺は何度もマイを肯定する。マイが百回自分を否定しても、百一回目に言った言葉が通じるかもしれない」

「っ、……ぅ、……っ」

 今度こそ、意地を張らない素直な涙が頬を伝っていった。

「俺は面白みのない人間と言われるし、あまり気の利いた事は言えない。だがその分、正直さと根気強さには自信がある。俺を完全に信用しきれなくても、長所だと思うところは信頼してほしい」

「――っ、努力、する……っ」

 ――ありがとう。

 まだ素直に気持ちを表せないけれど、救いの手を差し伸べてくれた事に、いつか感謝を伝えたい。

 今なら香澄が、佑に救われたと言い、大切に思っている気持ちが分かる。

 本当は大切な親友が佑に取られた気がして、少し寂しかった。

 けれど香澄は、麻衣をいらないと言った訳ではない。

 彼女は今でも自分を、女友達の〝一番〟にしてくれている。

 それとは別に、異性の一番を作っただけなのだ。

 香澄は、佑に言えない事を自分に打ち明けてくれる。

 逆に佑は、麻衣にはできない事で香澄を沢山喜ばせている。

 ――分かるよ。

 これから多分、自分の隣にはマティアスがいてくれるのだろう。

 恋人として女性として大切にしてくれ、毎日のように愛を囁いてくれる。

 今まで異性愛にまったく満たされなかった自分は、きっとこれから幸せになれる。

 そしていつか、香澄に恋愛相談をできる日がくるだろう。

 どれだけ好きな男性がいても、自分と香澄の間には強い絆がある。

 ――なんて幸せなんだろう。

 麻衣はそれまでとは違う意味で涙を零し、鼻を啜りながら、おずおずとマティアスの胸板に顔を埋めた。

 そして彼のTシャツを軽く掴む。

 マティアスは無言で抱き留め、トントンと背中を叩いてあやしてくれる。

 やがて嗚咽が収まったあと、麻衣はティッシュで鼻をかみ、どうせなら……とまた質問した。

「今さらだけど、日本人でいいの?」

「マイがいい。人種的な話をすると、元上司で痛い目を見て、白人女性に性的興奮を得なくなった。もちろん、白人女性が悪い訳じゃない。俺の問題だ」

「……言わせてごめん。嫌な事を思いださせたね」

「構わない。マイの疑問にはすべて答えたい」

「……色々つらい目に遭ったんでしょう? 感情が高ぶるとかないの?」

「法的に片がついた事は考えないようにしている。時間の無駄だ。俺は今まで死んだ時間を過ごしてきた。もとから感情を表すのが苦手な性格だったが、これからは楽しい事に目を向けていきたい。それこそが、あの女から解放された証になる」

「前向きなんですね。羨ましい」

 そう言うと、マティアスは微かに笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...