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第十八部・麻衣と年越し 編
突然試すのやめてください!
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(家柄も、学歴も、格も全然違って怖じ気づいてしまうけど、佑さんの愛情だけはしっかり受け止めたい。……節子さんの場合、年月を経て得た経験や落ち着きがあって、私が敵うわけがない。でも今度、心構えを聞いておこう)
香澄が考えている間、節子がクスクス笑う。
「この人ったら、日本に滞在している間、ずーっと私にくっついているものだから『お仕事は?』って思ってしまったわ」
当時の節子が二十一歳なら、節子より年上のアドラーはもちろん社会人で、クラウザー社で何らかの役職についていたのだろう。
それが毎日節子の尻を追いかけていたのなら、そう思われるのも仕方がない。
「それで『私は逃げませんから、まずは成すべき事をしてらっしゃい』とお尻を叩いたら……。この人のご両親にいたく気に入られてしまって」
妻に言われ、アドラーが苦笑いする。
「当時の私は、代々続いた会社に入社し、慢心していた。何もしなくても社長になると分かっている、鼻持ちならないボンボンだった。それを節子に笑顔で、辛辣に指摘されたよ。正直、当時の私は日本を〝珍しくて魅力的な国ではあるが、ドイツより格下の国〟と思ってた。そういう面もすべて見透かされた。線の細い華奢な女性にハッキリと『格好悪い』と言われ、私の中で様々な価値観が変わった」
(アドラーさんの若い頃、そんな感じだったんだ……)
詳しくは知らなかった二人の過去を知り、香澄は意外に思った。
「その時に私は『この女性しかいない』と確信して、仕事時間以外はすべて節子に捧げた」
佑も執着が強いが、アドラーも好きな女性の事を、何が何でも落とそうと思う性格だったようだ。
「この人、ドイツに戻っても手紙やら電話やら、しつこかったのよ。当時はまだ携帯なんて便利な物がなくて、週に一回は手紙があったわ。きっと毎日のように書いていたのね。国際電話もお金がバカにならなかったでしょうに。その頃から経済観念があまりなかったのかしら」
節子は相変わらず、ニコニコしながら夫には辛口だ。
「君だって文句を言いながらも、きちんと相手をしてくれたじゃないか」
「だってあなた、おざなりにしたら後が怖そうなんだもの」
呆れたように首を横に振ってから、節子は「話がずれたわね」と麻衣に微笑みかける。
「こんな経緯で、最終的にプロポーズをされてドイツに行く決意をしたわ。竹本の親戚や、母方の親戚を説得するのは一苦労したわね。当時は今ほど、国際結婚が〝普通〟ではなかったから」
「ドイツに行ってから大変でしたか?」
香澄の質問に、節子は微笑む。
「そりゃあね。言葉は何とかなったとしても、当時はまだ日本人が珍しかったみたい。この人の両親は歓迎してくれたけれど、親戚たちは懐疑的な目で私を見ていたわね」
今でこそいつも笑顔のイメージがある節子だが、昔の苦労が忍ばれる。
「まぁ……、年寄りの苦労話はやめておきましょう。この人をなんて呼ぶかという話だったわよね」
ダーリン呼びに照れがないかという話題に戻り、節子は苦笑いした。
「最初はもちろん恥ずかしかったわ。でもこの人が懲りずにダーリンだの、ネズミちゃん、シャッツとも呼ぶものだから、そのうち根負けしたわ」
「ネズミちゃん……!」
麻衣が思わず口にし、節子はクスクス笑う。
「ペットネームって言うのよ。勿論、ペットにつける名前っていう意味じゃないわ。親しい間柄での愛称を言うの。マウジーやハーゼは一般的だと思うわ。あとは名前を略して呼んだりするのは、日本のあだ名と似ているかもね。私はシャッツと名前を略したセッツを混ぜて呼ばれるわ」
「ふぅん……。素敵ですね」
高齢になっても、お互いを愛称で呼んでいるのは憧れがある。
……と思い、チラッと佑を見た。
(いつも『うさぎ』って言われてるけど、ドイツの習慣からなのかな。……いや、バニーガール始まりか……)
佑は香澄の視線を感じ、ニッコリ笑う。
(う……。あとで何か言われそう)
「なるほどー……」
うんうんと頷いた麻衣は、チラッとマティアスを見た。
その視線を鋭敏に受け止め、マティアスが微笑む。
「何だ? シャッツ」
「わああああああっ! 突然試すのやめてください!」
麻衣は突如として大声を上げて立ち上がり、「慣れない! こそばゆい!」と地団駄を踏む。
「うふふ。二人がこれからどういう恋人になるかは分からないけれど、ゆっくり慣れていけばいいわ」
節子が言ったあと、アンネが口を開いた。
香澄が考えている間、節子がクスクス笑う。
「この人ったら、日本に滞在している間、ずーっと私にくっついているものだから『お仕事は?』って思ってしまったわ」
当時の節子が二十一歳なら、節子より年上のアドラーはもちろん社会人で、クラウザー社で何らかの役職についていたのだろう。
それが毎日節子の尻を追いかけていたのなら、そう思われるのも仕方がない。
「それで『私は逃げませんから、まずは成すべき事をしてらっしゃい』とお尻を叩いたら……。この人のご両親にいたく気に入られてしまって」
妻に言われ、アドラーが苦笑いする。
「当時の私は、代々続いた会社に入社し、慢心していた。何もしなくても社長になると分かっている、鼻持ちならないボンボンだった。それを節子に笑顔で、辛辣に指摘されたよ。正直、当時の私は日本を〝珍しくて魅力的な国ではあるが、ドイツより格下の国〟と思ってた。そういう面もすべて見透かされた。線の細い華奢な女性にハッキリと『格好悪い』と言われ、私の中で様々な価値観が変わった」
(アドラーさんの若い頃、そんな感じだったんだ……)
詳しくは知らなかった二人の過去を知り、香澄は意外に思った。
「その時に私は『この女性しかいない』と確信して、仕事時間以外はすべて節子に捧げた」
佑も執着が強いが、アドラーも好きな女性の事を、何が何でも落とそうと思う性格だったようだ。
「この人、ドイツに戻っても手紙やら電話やら、しつこかったのよ。当時はまだ携帯なんて便利な物がなくて、週に一回は手紙があったわ。きっと毎日のように書いていたのね。国際電話もお金がバカにならなかったでしょうに。その頃から経済観念があまりなかったのかしら」
節子は相変わらず、ニコニコしながら夫には辛口だ。
「君だって文句を言いながらも、きちんと相手をしてくれたじゃないか」
「だってあなた、おざなりにしたら後が怖そうなんだもの」
呆れたように首を横に振ってから、節子は「話がずれたわね」と麻衣に微笑みかける。
「こんな経緯で、最終的にプロポーズをされてドイツに行く決意をしたわ。竹本の親戚や、母方の親戚を説得するのは一苦労したわね。当時は今ほど、国際結婚が〝普通〟ではなかったから」
「ドイツに行ってから大変でしたか?」
香澄の質問に、節子は微笑む。
「そりゃあね。言葉は何とかなったとしても、当時はまだ日本人が珍しかったみたい。この人の両親は歓迎してくれたけれど、親戚たちは懐疑的な目で私を見ていたわね」
今でこそいつも笑顔のイメージがある節子だが、昔の苦労が忍ばれる。
「まぁ……、年寄りの苦労話はやめておきましょう。この人をなんて呼ぶかという話だったわよね」
ダーリン呼びに照れがないかという話題に戻り、節子は苦笑いした。
「最初はもちろん恥ずかしかったわ。でもこの人が懲りずにダーリンだの、ネズミちゃん、シャッツとも呼ぶものだから、そのうち根負けしたわ」
「ネズミちゃん……!」
麻衣が思わず口にし、節子はクスクス笑う。
「ペットネームって言うのよ。勿論、ペットにつける名前っていう意味じゃないわ。親しい間柄での愛称を言うの。マウジーやハーゼは一般的だと思うわ。あとは名前を略して呼んだりするのは、日本のあだ名と似ているかもね。私はシャッツと名前を略したセッツを混ぜて呼ばれるわ」
「ふぅん……。素敵ですね」
高齢になっても、お互いを愛称で呼んでいるのは憧れがある。
……と思い、チラッと佑を見た。
(いつも『うさぎ』って言われてるけど、ドイツの習慣からなのかな。……いや、バニーガール始まりか……)
佑は香澄の視線を感じ、ニッコリ笑う。
(う……。あとで何か言われそう)
「なるほどー……」
うんうんと頷いた麻衣は、チラッとマティアスを見た。
その視線を鋭敏に受け止め、マティアスが微笑む。
「何だ? シャッツ」
「わああああああっ! 突然試すのやめてください!」
麻衣は突如として大声を上げて立ち上がり、「慣れない! こそばゆい!」と地団駄を踏む。
「うふふ。二人がこれからどういう恋人になるかは分からないけれど、ゆっくり慣れていけばいいわ」
節子が言ったあと、アンネが口を開いた。
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