上 下
1,182 / 1,549
第十八部・麻衣と年越し 編

突然試すのやめてください!

しおりを挟む
(家柄も、学歴も、格も全然違って怖じ気づいてしまうけど、佑さんの愛情だけはしっかり受け止めたい。……節子さんの場合、年月を経て得た経験や落ち着きがあって、私が敵うわけがない。でも今度、心構えを聞いておこう)

 香澄が考えている間、節子がクスクス笑う。

「この人ったら、日本に滞在している間、ずーっと私にくっついているものだから『お仕事は?』って思ってしまったわ」

 当時の節子が二十一歳なら、節子より年上のアドラーはもちろん社会人で、クラウザー社で何らかの役職についていたのだろう。

 それが毎日節子の尻を追いかけていたのなら、そう思われるのも仕方がない。

「それで『私は逃げませんから、まずは成すべき事をしてらっしゃい』とお尻を叩いたら……。この人のご両親にいたく気に入られてしまって」

 妻に言われ、アドラーが苦笑いする。

「当時の私は、代々続いた会社に入社し、慢心していた。何もしなくても社長になると分かっている、鼻持ちならないボンボンだった。それを節子に笑顔で、辛辣に指摘されたよ。正直、当時の私は日本を〝珍しくて魅力的な国ではあるが、ドイツより格下の国〟と思ってた。そういう面もすべて見透かされた。線の細い華奢な女性にハッキリと『格好悪い』と言われ、私の中で様々な価値観が変わった」

(アドラーさんの若い頃、そんな感じだったんだ……)

 詳しくは知らなかった二人の過去を知り、香澄は意外に思った。

「その時に私は『この女性ひとしかいない』と確信して、仕事時間以外はすべて節子に捧げた」

 佑も執着が強いが、アドラーも好きな女性の事を、何が何でも落とそうと思う性格だったようだ。

「この人、ドイツに戻っても手紙やら電話やら、しつこかったのよ。当時はまだ携帯なんて便利な物がなくて、週に一回は手紙があったわ。きっと毎日のように書いていたのね。国際電話もお金がバカにならなかったでしょうに。その頃から経済観念があまりなかったのかしら」

 節子は相変わらず、ニコニコしながら夫には辛口だ。

「君だって文句を言いながらも、きちんと相手をしてくれたじゃないか」

「だってあなた、おざなりにしたら後が怖そうなんだもの」

 呆れたように首を横に振ってから、節子は「話がずれたわね」と麻衣に微笑みかける。

「こんな経緯で、最終的にプロポーズをされてドイツに行く決意をしたわ。竹本の親戚や、母方の親戚を説得するのは一苦労したわね。当時は今ほど、国際結婚が〝普通〟ではなかったから」

「ドイツに行ってから大変でしたか?」

 香澄の質問に、節子は微笑む。

「そりゃあね。言葉は何とかなったとしても、当時はまだ日本人が珍しかったみたい。この人の両親は歓迎してくれたけれど、親戚たちは懐疑的な目で私を見ていたわね」

 今でこそいつも笑顔のイメージがある節子だが、昔の苦労が忍ばれる。

「まぁ……、年寄りの苦労話はやめておきましょう。この人をなんて呼ぶかという話だったわよね」

 ダーリン呼びに照れがないかという話題に戻り、節子は苦笑いした。

「最初はもちろん恥ずかしかったわ。でもこの人が懲りずにダーリンだの、ネズミちゃん、シャッツたからものとも呼ぶものだから、そのうち根負けしたわ」

「ネズミちゃん……!」

 麻衣が思わず口にし、節子はクスクス笑う。

「ペットネームって言うのよ。勿論、ペットにつける名前っていう意味じゃないわ。親しい間柄での愛称を言うの。マウジーネズミちゃんハーゼうさぎちゃんは一般的だと思うわ。あとは名前を略して呼んだりするのは、日本のあだ名と似ているかもね。私はシャッツと名前を略したセッツを混ぜて呼ばれるわ」

「ふぅん……。素敵ですね」

 高齢になっても、お互いを愛称で呼んでいるのは憧れがある。

 ……と思い、チラッと佑を見た。

(いつも『うさぎ』って言われてるけど、ドイツの習慣からなのかな。……いや、バニーガール始まりか……)

 佑は香澄の視線を感じ、ニッコリ笑う。

(う……。あとで何か言われそう)

「なるほどー……」

 うんうんと頷いた麻衣は、チラッとマティアスを見た。
 その視線を鋭敏に受け止め、マティアスが微笑む。

「何だ? シャッツ」

「わああああああっ! 突然試すのやめてください!」

 麻衣は突如として大声を上げて立ち上がり、「慣れない! こそばゆい!」と地団駄を踏む。

「うふふ。二人がこれからどういう恋人になるかは分からないけれど、ゆっくり慣れていけばいいわ」

 節子が言ったあと、アンネが口を開いた。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...