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第十八部・麻衣と年越し 編

ピアノ、弾いてくれないか?

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「そっか……。麻衣に話を聞いてもらうと安心するなぁ」

「そ? なら良かった」

 二人で「ふふ」と微笑み合った時、リビングから佑が出てきた。

「あ」

 そちらを向くと、彼は申し訳なさそうな表情で香澄の顔を覗き込む。

「圧が強かったか?」

「あ、いや! そうじゃないの」

 言ったあと、〝圧が強い〟と言えばその通りで、思わず麻衣と一緒に笑ってしまう。

「何か引っかかった事はあるか?」

 それでも佑は本気で心配してくれているようで、香澄は「ううん」と首を振る。

「沢山お年玉頂いてしまって、どうやって感謝の気持ちを伝えたらいいか、相談してたの」

「あぁ……なるほど。そっちか」

 言われて初めて納得するあたり、佑は高額なお年玉をあげた自覚がないようだ。

「何かできないかな? って思うんだけど、うーん……」

 息をつく香澄を見て、佑はいい事をひらめいたという顔をした。

「提案なんだけど」

「え?」

 何かいいアイデアでも……と期待を込めて佑を見たが、彼は悪い顔をしている。

(何か……やな予感するな)

 佑が異様なまでにニコニコしている時、望まない事を勧められる場合が多い。

「ピアノ、弾いてくれないか?」

「えっ!?」

 今まで触れないようにしていた話題を出され、香澄は目をまん丸にする。

「なっ、頼む! 俺も一回香澄のピアノを聴きたいと思っていたんだ」

「むっ、無理! うん万円ものお礼になれる演奏はできない!」

 第一にして、ピアノを習っていたのは学生時代までだ。

 今も教室に通っているならまだしも、昔取った杵柄がいつまでも通用するはずがない。

 そもそも、ピアノというのは毎日練習してなんぼの世界だ。

 香澄が弾けていたのはベートーヴェンのピアノソナタ、ショパン24の練習曲、ショパン即興曲、ショパンポロネーズあたりだ。

 それに対し、佑たちが時折コンサートホールに聴きに行くピアニストたちが弾いている曲は、もっともっと上のレベルの曲だ。

 香澄だってリストの難易度SSSと言われる『マゼッパ』にはもちろん憧れる。

『ラ・カンパネラ』や『愛の夢』だって、聴くのは大好きで佑が集めた色んな弾き手のCDを聴き比べるぐらいには好きだ。

 だが〝好き〟と〝できる〟は違う。

 中学生の時にピアノの発表会で弾いたショパンの『幻想即興曲』だって、あの時は若さゆえに吸収が良かったのだと思っている。

 今、指を動かすのはキーボードをタイピングするためで、ピアノを弾ける手ではない。

 時々、気分転換に一階の音楽室にある、うん千万円のピアノを奏でる時はある。

 だが誰もが弾きたがる高級ピアノなのに、学生の習い事程度の演奏しかできないのが恥ずかしくて、一度も佑に聴かせた事がなかった。

 佑があまりにせがむので「いつかは……」とは思っていたものの、いきなり耳の肥えた大勢の前ではハードルが高すぎる。

「お願いします! それだけは無理! 許して!」

 香澄は逆に玄関ホールの床にぺたんと座り込み、佑に手を合わせて頭を下げ、なむなむと拝む。

「……そんな事しなくていいから」

 佑は香澄を立たせ、「冷えるから駄目だよ」と言い聞かせる。

「……そんなに嫌なら無理強いはしないけど……」

「嫌……とかじゃなくて、恥ずかしくて……」

 もう一度椅子に座った香澄はぽつんと呟く。

「だって皆さん、世界に名だたる演奏家の曲ばかり聴いて、耳が肥えているでしょう? 私のピアノなんて、学生の習い事レベルでろくに練習してないし」

「そんな事、気にしないと思うけどな。みんな香澄の事をプロの演奏家とは思っていないし」

「それはそうだけど……」

「だからといって、私と二人で漫才するのもキツイでしょ」

 麻衣が突然ぶっこんできて、香澄はぶふっと噴きだす。

「麻衣と漫才なんてした事ないじゃない。それこそ無理無理」

「じゃあ、ピアノぐらい何とかなるんじゃない?」

 にっこり笑った麻衣は〝あちら側〟に加担している。

「!!」

 クワッと目を見開いた香澄の前で、麻衣は意地悪そうにニヤニヤしていた。

「だ、だって……練習してない……」

「練習したらOKって事?」

「!」

(麻~衣~……!)

 目を見開いたまま麻衣をガンッと睨むが、親友はどこ吹く風だ。
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