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第十八部・麻衣と年越し 編

初詣の支度

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「本当ならヘアメイクが先なんだけどね。悪いけど、帯が潰れないように頑張ってまっすぐ座っててくれる?」

「はい」

 背筋を伸ばして返事をしたあと、双子は二人の着物の印象からメイクの色味を相談する。

「……何か、別人みたいだね」

「うん。ファッションに関してはプロの人だから。……と言っても、ヘアメイクのプロではないはずだけど……」

 ボソボソと会話をしていると話し合いが終わったらしく、双子は「Geh'n maさぁやろっか」とお互いの拳をぶつけてメイクを始めた。

 双子たちが話す言葉はドイツ語ではあるが、ちょいちょいバイエルン弁が混ざるようだ。
 香澄はいつも聞き耳を立て、こっそりリスニングしている。

「アロ、『美人堂』のこの赤いいよね。さすが日本のブランドだ」

 クラウスが手にしているのは、『美人堂』の中で〝ハレノケワイ〟と呼ばれるシリーズの、漆塗りの器に入ったマルチカラークリームだ。

『美人堂』は老舗でもある事から、歌舞伎で使用する紅や白粉など、伝統化粧品の生産も担っている。

 玄人向けの伝統化粧品を一般人が使う用途はないので、それをベースにしたアイデアでできたのが〝ハレノケワイ〟だ。

「そうだね。俺、いつかベニバナ畑に見学に行ってみたいな」

 クラウスの言葉にアロイスが頷き、メイクの方針を決めた。

「この赤をを使うために、アイメイクはキリッとした感じでやってこ」

Jawohl分かった

 それから双子にしては珍しく私語をせず、テキパキと手を動かし始めた。

 佑は着物に合わせた簪なども買ったらしく、それを生かす髪型を作っていく。

 麻衣の髪は肩につくぐらいだが、それでも見事にまとめ髪にしてしまった。

 時々「顔を上げて」とか「目を閉じて」と指示するが、基本的に彼らは無言だ。

 着物を着た日本人女性――しかも一般女性に、ヘアメイクする機会はないから、真剣に取り組んでいるのだろう。

 双子の真剣な表情を見て邪魔してはいけないと思い、香澄たちもまじめにメイクされていた。

 やがて「終わったよ」と言われ、麻衣と一緒に鏡を覗き込み、「うわぁ~!」と歓声を上げる。

 普段香澄は、オフィスではブラウン系、プライベートではピンクやボルドー系のアイシャドウを使っている。
 しかも基本的にナチュラルメイクで、濃い目に冒険する事はなかった。

 だが今回はキャットアイ気味にくっきりとアイラインを引かれ、〝ハレノケワイ〟の赤いマルチカラークリーム、そして同シリーズの金色のカラーを使い、元旦をイメージしたメイクをしてもらえた。

 着物が洋風モダンなので、アンティークな喫茶店に入れば撮影ができそうだ。

「麻衣、可愛い~!」

「香澄も可愛いよ。ってか、褒め合いしてどーすんの。でも可愛い!」

 二人できゃあきゃあ騒いでいると、双子が満足げな顔でハイタッチする。

 そこに「終わったか?」と佑が顔を覗かせた。

「うん、おわっ……」

 部屋の入り口に現れた佑を見て、香澄は口を大きく開いて悲鳴を呑み込んだ。

 佑は濃紺の結城紬の着物に羽織姿で、髪を少しセットしている。
 後ろには同じくベージュの着物を着たマティアスもいて、こちらも髪をヘアワックスで無造作にセットしていた。

「かっ……、か……っ」

「ほぁぁ……」

 麻衣と二人して声を失っている時、双子が後ろから大ブーイングした。

「ずるい! 僕らのは!?」

「マティアスのあるなら、俺たちのもあるんだろ?」

 強引にせびりだした双子に、佑は苦笑いして頷く。

「以前に測った時から寸法が変わってないなら、着られると思うぞ」

「やったね!」

「Danke!」

「一応、オーマに着付け習ったけど、自信ないから手伝ってよ」

「分かった。分かったから」

 そんな会話をし、佑と双子は廊下の向こうへ行ってしまう。
 香澄と麻衣は呆然としたまま取り残され、残ったマティアスを凝視していた。

「おかしいだろうか」

「いっ……いえ! すっっごい格好いいです!」

「なんてこった……顔が良くて和装とか……」

 一方で麻衣はマティアスを正視できず、横を向いてブツブツ言っている。

「あー、麻衣は好きな俳優さんやキャラの和装、すっごい好きだもんね」

 香澄はニヤニヤし、麻衣を肘でつつく。

「好きか?」

 マティアスにストレートに尋ねられ、麻衣は「うっ」と言葉に詰まる。
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