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第十八部・麻衣と年越し 編
俺は本気だ
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けれど外見の事を言われ、心のやわい部分が酷く傷付けられた。
外見を馬鹿にする言葉は、実に短絡的で誰にでもできる悪口だ。
それゆえに、ストレートな破壊力が強い。
芸人なら自分の外見を笑いのネタにして、仕事に変えるだろう。
だが一般人はイジられても面白くもないし、苦痛なだけだ。
馬鹿にされたのがきっかけで奮起し、ダイエット……といかなかったのは、我ながら意志が弱いと思う。
高校に入って香澄と出会い、のんびりした彼女といるのが居心地が良かった。
香澄と一緒にいると、無理に周りに合わせて痩せる必要を感じなくなった。
香澄は麻衣を決して否定しない。
体型について『将来の健康が心配』と言ったら、『じゃあ一緒に運動しようか。付き合うよ』と言ってくれた。
基本的に穏やかな香澄といると、いつも楽しかった。
『香澄がいるなら彼氏がいなくてもいいかな』と思うほどには依存して、将来は女二人でシェアルーム……など考えていた。
だから彼女が札幌からいなくなり、焦りを感じた。
『香澄が変わったなら、私も一歩踏み出して変わらないと』と思ったのだ。
佑の本を買い、お洒落や美意識に少し目覚めた。
それ以来『変われたら、私の事を女として見てくれる人が現れるかも?』とうっすら期待するようになった。
積極的に『合コンに行きたい』と言えば、会社にいる嫌な女に『必死になってる』と嗤われるのがオチだ。
なので適度に学生時代の友人を頼っていた。
だが合コンに行っても、一次会で終わりがほとんどだった。
他の子たちのために必死に盛り上げ、あわよくば目立って『いい』と思ってもらえたら……と思ったが、結局、毎回盛り上げ役で終わっていた。
だから、マティアスが心配するような事は何一つとしてなかったのだ。
〝そんな自分〟だと打ち明けるのが恥ずかしく、麻衣は合コンでの事を詳しく話せず黙っている。
やがてマティアスが口を開いた。
「では『マイの恋人になりたい』と立候補していいな?」
信じられない美形が、まっすぐに自分を見てこんな事を言う。
あまりに信じられないのと、自分が御劔邸にいるのも相まって「夢かな?」と心の中で呟いた。
友達や職場の人にマティアスを見せたら、全員目をハートにするだろう。
そんな人に迫られているのが理解できず、麻衣は困惑するのみだ。
「……からかって、……ませんよね?」
だから、こんな質問をしてしまう。
身の程を知っているからこそ、身の丈に合わない幸せを提示されるとすぐには受け入れられない。
今なら香澄が、佑に引け目を感じて「不釣り合い」と言っているのがとても分かる。
「からかうはずがないだろう。俺は本気だ」
(あ、ムッとしてる)
いつも淡々としている彼の感情の起伏も、この数日で分かるようになってしまった。
分かってしまうのは、東京に来てからずっとマティアスを意識していたからだ。
「……嬉しい、です」
まず結論を口にすると、マティアスが表情を輝かせた。
「……でも、これからどうするんですか? 日本に住むんですか? 私は会社の事もありますし、地元からはあまり離れたくないです」
物語の世界は両思いになり、結婚してハッピーエンド、だ。
だが現実は〝その先〟がずっと続いている。
もしもマティアスが札幌在住なら、さほど困らず受け入れただろう。
だが国内住みでも、他県に引っ越すとなるとハードルが高くなる。
北海道は広いため、道民は他県の人のように、気軽に「別の県に行く」感覚を持たない。
北海道はどこまで行っても北海道で、青森に行くには海を渡らなければいけない。
今でこそ新幹線が通っているものの、札幌駅に新幹線が届くのはまだ先だ。
今回東京へ来るには飛行機を利用し、国内の移動であっても気持ちは完全に旅行だ。
(私は腰が重たい人だもんな)
香澄がいた時は車を運転して、どこまでも走った。
だが自分の車以外でどこかへ行くとなると、気持ちを切り替えなければいけない。
そういう時、ワクワクより面倒さが勝ってしまう。
昔は香澄と「地元が一番」と言って過ごし、「いつか結婚するなら、同じ札幌市の人がいいね」と言っていた。
そのような理由で、マティアスとハッピーエンドを迎えるには障害が多い。
マティアスは少し考えたあと、何でもない事のように言う。
「俺が札幌に住むのでは都合が悪いか? 別にマイに養ってもらうつもりはない。自分の家を探すし、マイに楽をさせてやれる資産はあるつもりだ」
そうやって合わせてくれる彼に、申し訳なさを感じる。
外見を馬鹿にする言葉は、実に短絡的で誰にでもできる悪口だ。
それゆえに、ストレートな破壊力が強い。
芸人なら自分の外見を笑いのネタにして、仕事に変えるだろう。
だが一般人はイジられても面白くもないし、苦痛なだけだ。
馬鹿にされたのがきっかけで奮起し、ダイエット……といかなかったのは、我ながら意志が弱いと思う。
高校に入って香澄と出会い、のんびりした彼女といるのが居心地が良かった。
香澄と一緒にいると、無理に周りに合わせて痩せる必要を感じなくなった。
香澄は麻衣を決して否定しない。
体型について『将来の健康が心配』と言ったら、『じゃあ一緒に運動しようか。付き合うよ』と言ってくれた。
基本的に穏やかな香澄といると、いつも楽しかった。
『香澄がいるなら彼氏がいなくてもいいかな』と思うほどには依存して、将来は女二人でシェアルーム……など考えていた。
だから彼女が札幌からいなくなり、焦りを感じた。
『香澄が変わったなら、私も一歩踏み出して変わらないと』と思ったのだ。
佑の本を買い、お洒落や美意識に少し目覚めた。
それ以来『変われたら、私の事を女として見てくれる人が現れるかも?』とうっすら期待するようになった。
積極的に『合コンに行きたい』と言えば、会社にいる嫌な女に『必死になってる』と嗤われるのがオチだ。
なので適度に学生時代の友人を頼っていた。
だが合コンに行っても、一次会で終わりがほとんどだった。
他の子たちのために必死に盛り上げ、あわよくば目立って『いい』と思ってもらえたら……と思ったが、結局、毎回盛り上げ役で終わっていた。
だから、マティアスが心配するような事は何一つとしてなかったのだ。
〝そんな自分〟だと打ち明けるのが恥ずかしく、麻衣は合コンでの事を詳しく話せず黙っている。
やがてマティアスが口を開いた。
「では『マイの恋人になりたい』と立候補していいな?」
信じられない美形が、まっすぐに自分を見てこんな事を言う。
あまりに信じられないのと、自分が御劔邸にいるのも相まって「夢かな?」と心の中で呟いた。
友達や職場の人にマティアスを見せたら、全員目をハートにするだろう。
そんな人に迫られているのが理解できず、麻衣は困惑するのみだ。
「……からかって、……ませんよね?」
だから、こんな質問をしてしまう。
身の程を知っているからこそ、身の丈に合わない幸せを提示されるとすぐには受け入れられない。
今なら香澄が、佑に引け目を感じて「不釣り合い」と言っているのがとても分かる。
「からかうはずがないだろう。俺は本気だ」
(あ、ムッとしてる)
いつも淡々としている彼の感情の起伏も、この数日で分かるようになってしまった。
分かってしまうのは、東京に来てからずっとマティアスを意識していたからだ。
「……嬉しい、です」
まず結論を口にすると、マティアスが表情を輝かせた。
「……でも、これからどうするんですか? 日本に住むんですか? 私は会社の事もありますし、地元からはあまり離れたくないです」
物語の世界は両思いになり、結婚してハッピーエンド、だ。
だが現実は〝その先〟がずっと続いている。
もしもマティアスが札幌在住なら、さほど困らず受け入れただろう。
だが国内住みでも、他県に引っ越すとなるとハードルが高くなる。
北海道は広いため、道民は他県の人のように、気軽に「別の県に行く」感覚を持たない。
北海道はどこまで行っても北海道で、青森に行くには海を渡らなければいけない。
今でこそ新幹線が通っているものの、札幌駅に新幹線が届くのはまだ先だ。
今回東京へ来るには飛行機を利用し、国内の移動であっても気持ちは完全に旅行だ。
(私は腰が重たい人だもんな)
香澄がいた時は車を運転して、どこまでも走った。
だが自分の車以外でどこかへ行くとなると、気持ちを切り替えなければいけない。
そういう時、ワクワクより面倒さが勝ってしまう。
昔は香澄と「地元が一番」と言って過ごし、「いつか結婚するなら、同じ札幌市の人がいいね」と言っていた。
そのような理由で、マティアスとハッピーエンドを迎えるには障害が多い。
マティアスは少し考えたあと、何でもない事のように言う。
「俺が札幌に住むのでは都合が悪いか? 別にマイに養ってもらうつもりはない。自分の家を探すし、マイに楽をさせてやれる資産はあるつもりだ」
そうやって合わせてくれる彼に、申し訳なさを感じる。
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