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第十八部・麻衣と年越し 編

築地買い食い

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「〝お母さん〟じゃないから、買い食いしたら駄目なんて言わないよ。待ってるから行っておいで」

「うん! 行こう、麻衣」

「やった!」

 皆待っていてくれるので、香澄は麻衣と財布を握りしめて列に並ぶ。
 その後ろにマティアスも続いた。

「お寿司一貫ぐらい食べても、ランチ食べれるもんねー」

「ねー」

 二人して食いしん坊仲間を確認し合い、香澄と麻衣は財布からワンコインを取り出す。

「マイは寿司が好きか?」

 後ろに立っていたマティアスに尋ねられ、麻衣は少し意識した顔で彼を振り返る。

「大好きです。というか、嫌いな食べ物ってほぼないんじゃ……って感じです」

「そうか、それは頼もしいな」

「逆にマティアスさんは、苦手な食べ物ってあります?」

 麻衣に興味を持ってもらえたのが嬉しいのか、マティアスは微かに微笑んで頷く。

「精子は少し怖い」

「は?」

「……え?」

 いきなり「精子」と言われ、香澄と麻衣は聞き間違いではないかと「せいし」を脳内で検索し始める。

「居酒屋に行ったらタチポン? あるだろう? 見た目がグロテスクだし、精子を食べるのが少し怖い」

「あっ……」

「ああー! たちポンね。あれは精子じゃなくて精巣です」

 立派な食材だと分かり、二人で安堵する。

「確かに海外の人から見ると、ハードルの高い食べ物かもですね。日本人でも苦手な人はいますし」

 香澄の言葉を聞き、マティアスはホッとした顔になる。

「そうか、なら良かった。日本は食べ物の種類が多くて、戸惑う事がある。喰えるなら何でも喰うという気概を感じる」

「ドイツって食べ物の種類が少ないんですか?」

 麻衣がまた質問をすると、マティアスは微妙な顔で答えた。

「食べ物はジャガイモ、ソーセージ、ザワークラウト、ビールで事足りるな」

「……飽きるでしょう?」

 怪訝な顔をする麻衣に、マティアスは真剣な顔で言う。

「思うに、ドイツ人はワンパターンが好きなんだと思う。日本に留学した知り合いに話を聞くと、食べ物に多様性がありすぎて疲れたと言っていた」

「日本人がドイツに留学すると、ワンパターンにストレスを感じるのと真逆ですね……」

 香澄はうんうんと頷き、文化の違いを思い知る。

 すると突然、マティアスが焦ったようにつけ加えた。

「だが俺は日本食が好きだし、毎日違う物が出ても苦ではない。美味ければそれでいい」

 マティアスがチラッチラッと麻衣を見ながら言うので、香澄は笑いを堪えるのに必死だし、麻衣は照れて明後日の方向を見ている。

「マイは手料理がうまいらしいな? 今度披露してほしい。材料費と調理費は払う」

「そ、そんな大した物作れませんよ。第一、人様の家にお邪魔しているのに、手料理なんて振る舞えません。いつか……、いつか、です」

「具体的にいつ頃だろうか? ああ、日本ではバレンタインに女性が好きな男にチョコレートを渡す風習があったな。二月に合わせてまた日本に来たら、手料理を披露してくれるか? マイの気持ちがこもったチョコレートも欲しい」

(意外とグイグイ攻めるタイプなんだ、マティアスさん……)

 注文まであと一人というところまで来て、香澄はニヤニヤしながら親友を見守った。

「希望するなら、マイとコタツに入って鍋をつつきたい」

(それって宅デートじゃないですか、マティアスさん。いいぞ、もっとやれ)

 香澄は心の中でマティアスにエールを送ってから、ワンコインを出して「大トロ握りください!」と注文した。





「うまぁい!」

「うまい!」

「……うまいな」

 三人で大トロを堪能しているところ、佑と双子がやってくる。

「美味いか?」

「うまい!」

 いつものように佑が香澄に尋ねての、口真似からの「うまい」なのだが、今回は二人に連鎖している。

「ねぇ、麻衣。あっちに生牡蠣あるよ」

「マジ? 食べたい」

 大トロを食べ終えたあと、女二人は本能のまま歩き始める。

 七百円を払って殻付き生牡蠣にポン酢をピュッと掛けてもらい、それをチュルンと食べて、また二人で「うまい、うまい」と頷いた。
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