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第十七部・クリスマスパーティー 編

もう野うさぎには戻れないんだよ

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 あまりの快楽に涙がこみ上げ、次から次に頬に雫が零れていく。

 佑はその泣き顔を見て何か思ったのか、少し申し訳なさそうな顔をして香澄の頭を撫でた。

「ごめん、大丈夫か?」

「ん……っ、う、…………うん……」

 下腹部をジンジンとした疼きが支配している。
 香澄は物足りなさから、恨みがましい目で佑を見た。

「足りなかったか?」

「……もう。佑さんなんて知らない」

 香澄は顔を赤くしてぷいっと横を向くと、先にシャワーボックスを出てしまう。

 そしてジェットバスに入り、昼間の東京を窓から見下ろした。
 しばしぼんやりしたあと、溜め息をつく。

(……まだみんな働いてるのに……。いいのかな)

 時刻は十三時すぎで、帰宅するのが十八時半としても、五時間以上は〝休憩〟できる事になる。

(夕ご飯、どうするのかな。家でみんなと一緒に食べるんだろうか)

 香澄はバスタブの縁に両腕と顎を置き、お湯の温かさに目をトロトロとさせる。
 日比谷の景色を見下ろしながら半眼になっていると、ふと顔が濡れている事を自覚した。

(マスカラ落ちてないかな? ……これからエッチするのに、メイクの落ちた顔でするのやだな。一応、ウォータープルーフを使ってるけど……。あとで鏡でチェックしよう)

 やがて佑がシャワーボックスから出てきて、バスタブに入ってきた。

「……何かいいものでも見えるか?」

 隣に移動してきた佑は香澄に顔を寄せ、同じ目線で景色を見る。

「んーん。景色は……いいんだけど。色々考え事をしてた」

「たとえば?」

「皆まだ、仕事してるんだろうなぁ……とか」

「それはもう俺が答えを出しているはずだよ。他には?」

「今日の夕ご飯、どこで食べるのかな? とか」

「あぁ……、そうか。香澄はどうしたい? 俺はホテルで食べてもいいけど」

「ん……。でも、ホテルのレストランに入れるような服じゃないし」

「この部屋を一年中いつでも利用できるのを忘れてたか? クローゼットに香澄の服を置いてあるよ」

「う、うー……。死角がない……」

 そう言うと、佑は少し気分を良くしたように微笑む。

「何せ、香澄がプチ家出できるように整えた巣だからな」

「うさぎのねぐらにしては、随分豪勢ですよ」

「そんじょそこらのうさぎじゃないから」

「もう」

 ああ言えばこう言う、という佑に思わず苦笑し、香澄は息をついて眼下の景色を見やる。

 エグゼクティブスイートルームは、客室フロアの中で最上階の二十三階にある。

 このザ・エリュシオン東京のビルは、真上から見ると三角形に近い台形の形をしている。
 その台形の上底部分をまるっと使ったのが、香澄のプチ家出先という事になっている。

(こんなに立派なお部屋、ずっと借りっぱなしなんて勿体ないなぁ)

 ホテルの部屋なのに、ジムと茶室まであるのはどうなのか。
 果たしてそれはホテルの部屋と言えるのか。

 ここに来るたび、悶々と考えている。

 キッチンがあって廊下を挟んだ向こう側には、八人掛けのダイニングがあり、景色を眺めながら食事ができる……というのはもう、天上人の食事ではないか。

 何回かザ・エリュシオン東京の公式ホームページを見た事があるが、客室の宿泊料金はグレードアップしていくごとに上がり、十九万円代を最後に、残るスイートルーム数部屋の値段は表示されていない。

 このエグゼクティブスイートルームの宿泊料金は、香澄も分からないままなのだ。

 それが恐ろしくて堪らない。

「……感覚がおかしくなっちゃう」

「香澄はもう、野うさぎには戻れないんだよ。俺は億万長者というにはまだレベルが低いかもしれないが、ある程度の資産はあると自負している。香澄はそんな男の膝の上で愛でられる、世界で一匹の最高級のうさぎなんだ」

 佑はバスルームに用意されてあったシャンパンの栓を抜き、金色の液体をグラスに注ぎながら歌うように言う。

「まるまると太らされて、最終的にはフォアグラみたいな物でも取られるのかな」

 冗談を言うと、「はい」とフルートグラスを差し出した佑が笑う。

「香澄の一番大事なもの……心は、俺がどれだけ金をかけても、お願いをしても譲り渡してくれないだろ? 香澄が香澄としての誇りを失わない限り、住む環境や話をする人が変わっても、きっと君は何も損ねる事はない」

「……心、かぁ」

 渡されたシャンパンを一口飲むと、甘くてフルーティーで飲みやすい。

 美味しさに驚いて「ん」と目を瞬かせると、彼は嬉しそうに笑った。
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