1,072 / 1,544
第十七部・クリスマスパーティー 編
女豹
しおりを挟む
「よし、この話は俺が持っていく。赤松さんはもう気にしなくていいよ」
「承知致しました」
香澄がペコリと頭を下げると、佑は彼女が受け取った名刺をピラリと弄ぶ。
「漏れた情報を早く拾ったからといって、俺が特別扱いする訳ないだろう。彼女がもしうちの芸能部に所属したいと言うなら、他の人と同じ入り口から入ってもらう」
呆れたように言う佑の言葉を聞いて、香澄は少し安心した。
「あのマネージャーさんも、事務所ができるなら自分ごと移籍したいと仰っていました」
「彼女は前から抜け目のない人だと思っていたが……。まぁ、やり手がうちについてくれるなら、それはそれでいいのかもしれないけどな。だがリーク情報を逆手に取るような事は、控えてもらわなくては困る」
「仰る通りです」
「赤松さんは何か言われなかったか? 採用しないと……とか、脅すような事は」
「いえ、大丈夫です。あちらの目的はChief Everyの芸能部に入る事でしょう。私が社長の何であるかもご存知のはずです。こういう言い方はあまり好きではありませんが、秘書の気分を害せば社長にも伝わるという事はご理解の上だと思います」
「赤松さんは、それだけ周りから重要人物だと思われているっていう事だよ」
ポンポンと頭を撫でられ、香澄は曖昧に微笑む。
「もっと、仕事のできる敏腕秘書として一目置かれたいのですが……」
「それは松井さんぐらいになってから言ってごらん」
「あー、確かに……」
彼に冗談めかして言われ、香澄は思わず笑った。
その後、無事に帰社してから、佑は緊急に重役会議を開いた。
あとから聞いた話では、その場で名乗り出る者は勿論いなかったが、しっかりと釘を刺したと言っていた。
やがて定時になり、香澄は時計を確認してから思いきり伸びをした。
「お疲れ様です。ノー残業デーはありがたいですねぇ」
松井は湯飲み茶碗に残っていたお茶を飲み、首を回してストレッチしている。
「店舗の方々には頭の下がる思いです」
香澄がうんうんと頷きながら言うと、松井がにこやかに笑いながら言う。
「来年も本社勤務の社内公募は、凄まじい倍率になるんでしょうねぇ」
「皆さんきっと純粋なアパレル好きですから、プレスやバイヤーとか、やりたい事があるんでしょうね。夢と野心があっていい事です」
それだけChief Everyが魅力的な会社なのだと思って言ったのだが、河野が口を挟んできた。
「そんな綺麗な話ではないと思いますけどね」
彼はトントン、とデスクでA4の用紙を揃えて言う。
「今年本社に入った販売員上がりの社員を見ましたが、女豹のような感じでしたね」
「めひょう?」
香澄は目を瞬かせる。
「本社内で少しでも社長を見れば、声をかけて……という別の野心がダダ漏れの顔をしています。古参の社員なら、社長が社員を個人的に構うなどあり得ないと分かっていて、そういう素振りは見せませんけどね。……まぁ、一部の例外はいるかもしれませんが」
「ああ……」
香澄は飯山たちの事を思いだした。
そこまで話をしていた時、社長秘書室の廊下側のドアがノックされた。
「あ、出ますね」
香澄はすぐに立ち上がり、「はい」とドアを開く。
「あ、生島さん」
そこには営業部の生島が立っていて、香澄の顔を見てホッとあからさまに安堵した。
「いや、昨日の今日だからどうなのかな? って心配で。傷は? どうです? 病院行ったんでしょう?」
「お陰様で。花織先生が診てくださった通り、本当にちょっとした切り傷なんです。絆創膏とかも貼る必要のない、放っておけば治る感じの」
「……はぁ」
生島はもう一度溜め息をつき、ドアの枠にもたれ掛かって力尽きたというように項垂れる。
「ご心配をお掛けしました」
「いや、無事ならいいんです。昨日はイブだっていうのに気もそぞろで、彼女にも心配されちゃいました」
「それはすみません。大丈夫でしたか?」
「幸い、俺の彼女はできた子なので、赤松さんが社長のどんな存在か説明したら、『大変だったね』って慰めてくれました。へたしたら俺の首が飛びかねないデリケート案件だから、ホント……良かったです」
そう言ってもう一度生島は溜め息をつき、自分の息でフーッと前髪を吹き上げてから姿勢を戻す。
「承知致しました」
香澄がペコリと頭を下げると、佑は彼女が受け取った名刺をピラリと弄ぶ。
「漏れた情報を早く拾ったからといって、俺が特別扱いする訳ないだろう。彼女がもしうちの芸能部に所属したいと言うなら、他の人と同じ入り口から入ってもらう」
呆れたように言う佑の言葉を聞いて、香澄は少し安心した。
「あのマネージャーさんも、事務所ができるなら自分ごと移籍したいと仰っていました」
「彼女は前から抜け目のない人だと思っていたが……。まぁ、やり手がうちについてくれるなら、それはそれでいいのかもしれないけどな。だがリーク情報を逆手に取るような事は、控えてもらわなくては困る」
「仰る通りです」
「赤松さんは何か言われなかったか? 採用しないと……とか、脅すような事は」
「いえ、大丈夫です。あちらの目的はChief Everyの芸能部に入る事でしょう。私が社長の何であるかもご存知のはずです。こういう言い方はあまり好きではありませんが、秘書の気分を害せば社長にも伝わるという事はご理解の上だと思います」
「赤松さんは、それだけ周りから重要人物だと思われているっていう事だよ」
ポンポンと頭を撫でられ、香澄は曖昧に微笑む。
「もっと、仕事のできる敏腕秘書として一目置かれたいのですが……」
「それは松井さんぐらいになってから言ってごらん」
「あー、確かに……」
彼に冗談めかして言われ、香澄は思わず笑った。
その後、無事に帰社してから、佑は緊急に重役会議を開いた。
あとから聞いた話では、その場で名乗り出る者は勿論いなかったが、しっかりと釘を刺したと言っていた。
やがて定時になり、香澄は時計を確認してから思いきり伸びをした。
「お疲れ様です。ノー残業デーはありがたいですねぇ」
松井は湯飲み茶碗に残っていたお茶を飲み、首を回してストレッチしている。
「店舗の方々には頭の下がる思いです」
香澄がうんうんと頷きながら言うと、松井がにこやかに笑いながら言う。
「来年も本社勤務の社内公募は、凄まじい倍率になるんでしょうねぇ」
「皆さんきっと純粋なアパレル好きですから、プレスやバイヤーとか、やりたい事があるんでしょうね。夢と野心があっていい事です」
それだけChief Everyが魅力的な会社なのだと思って言ったのだが、河野が口を挟んできた。
「そんな綺麗な話ではないと思いますけどね」
彼はトントン、とデスクでA4の用紙を揃えて言う。
「今年本社に入った販売員上がりの社員を見ましたが、女豹のような感じでしたね」
「めひょう?」
香澄は目を瞬かせる。
「本社内で少しでも社長を見れば、声をかけて……という別の野心がダダ漏れの顔をしています。古参の社員なら、社長が社員を個人的に構うなどあり得ないと分かっていて、そういう素振りは見せませんけどね。……まぁ、一部の例外はいるかもしれませんが」
「ああ……」
香澄は飯山たちの事を思いだした。
そこまで話をしていた時、社長秘書室の廊下側のドアがノックされた。
「あ、出ますね」
香澄はすぐに立ち上がり、「はい」とドアを開く。
「あ、生島さん」
そこには営業部の生島が立っていて、香澄の顔を見てホッとあからさまに安堵した。
「いや、昨日の今日だからどうなのかな? って心配で。傷は? どうです? 病院行ったんでしょう?」
「お陰様で。花織先生が診てくださった通り、本当にちょっとした切り傷なんです。絆創膏とかも貼る必要のない、放っておけば治る感じの」
「……はぁ」
生島はもう一度溜め息をつき、ドアの枠にもたれ掛かって力尽きたというように項垂れる。
「ご心配をお掛けしました」
「いや、無事ならいいんです。昨日はイブだっていうのに気もそぞろで、彼女にも心配されちゃいました」
「それはすみません。大丈夫でしたか?」
「幸い、俺の彼女はできた子なので、赤松さんが社長のどんな存在か説明したら、『大変だったね』って慰めてくれました。へたしたら俺の首が飛びかねないデリケート案件だから、ホント……良かったです」
そう言ってもう一度生島は溜め息をつき、自分の息でフーッと前髪を吹き上げてから姿勢を戻す。
12
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる