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第十七部・クリスマスパーティー 編

女豹

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「よし、この話は俺が持っていく。赤松さんはもう気にしなくていいよ」

「承知致しました」

 香澄がペコリと頭を下げると、佑は彼女が受け取った名刺をピラリと弄ぶ。

「漏れた情報を早く拾ったからといって、俺が特別扱いする訳ないだろう。彼女がもしうちの芸能部に所属したいと言うなら、他の人と同じ入り口から入ってもらう」

 呆れたように言う佑の言葉を聞いて、香澄は少し安心した。

「あのマネージャーさんも、事務所ができるなら自分ごと移籍したいと仰っていました」

「彼女は前から抜け目のない人だと思っていたが……。まぁ、やり手がうちについてくれるなら、それはそれでいいのかもしれないけどな。だがリーク情報を逆手に取るような事は、控えてもらわなくては困る」

「仰る通りです」

「赤松さんは何か言われなかったか? 採用しないと……とか、脅すような事は」

「いえ、大丈夫です。あちらの目的はChief Everyの芸能部に入る事でしょう。私が社長の何であるかもご存知のはずです。こういう言い方はあまり好きではありませんが、秘書の気分を害せば社長にも伝わるという事はご理解の上だと思います」

「赤松さんは、それだけ周りから重要人物だと思われているっていう事だよ」

 ポンポンと頭を撫でられ、香澄は曖昧に微笑む。

「もっと、仕事のできる敏腕秘書として一目置かれたいのですが……」

「それは松井さんぐらいになってから言ってごらん」

「あー、確かに……」

 彼に冗談めかして言われ、香澄は思わず笑った。





 その後、無事に帰社してから、佑は緊急に重役会議を開いた。

 あとから聞いた話では、その場で名乗り出る者は勿論いなかったが、しっかりと釘を刺したと言っていた。

 やがて定時になり、香澄は時計を確認してから思いきり伸びをした。

「お疲れ様です。ノー残業デーはありがたいですねぇ」

 松井は湯飲み茶碗に残っていたお茶を飲み、首を回してストレッチしている。

「店舗の方々には頭の下がる思いです」

 香澄がうんうんと頷きながら言うと、松井がにこやかに笑いながら言う。

「来年も本社勤務の社内公募は、凄まじい倍率になるんでしょうねぇ」

「皆さんきっと純粋なアパレル好きですから、プレスやバイヤーとか、やりたい事があるんでしょうね。夢と野心があっていい事です」

 それだけChief Everyが魅力的な会社なのだと思って言ったのだが、河野が口を挟んできた。

「そんな綺麗な話ではないと思いますけどね」

 彼はトントン、とデスクでA4の用紙を揃えて言う。

「今年本社に入った販売員上がりの社員を見ましたが、女豹のような感じでしたね」

「めひょう?」

 香澄は目を瞬かせる。

「本社内で少しでも社長を見れば、声をかけて……という別の野心がダダ漏れの顔をしています。古参の社員なら、社長が社員を個人的に構うなどあり得ないと分かっていて、そういう素振りは見せませんけどね。……まぁ、一部の例外はいるかもしれませんが」

「ああ……」

 香澄は飯山たちの事を思いだした。
 そこまで話をしていた時、社長秘書室の廊下側のドアがノックされた。

「あ、出ますね」

 香澄はすぐに立ち上がり、「はい」とドアを開く。

「あ、生島さん」

 そこには営業部の生島が立っていて、香澄の顔を見てホッとあからさまに安堵した。

「いや、昨日の今日だからどうなのかな? って心配で。傷は? どうです? 病院行ったんでしょう?」

「お陰様で。花織先生が診てくださった通り、本当にちょっとした切り傷なんです。絆創膏とかも貼る必要のない、放っておけば治る感じの」

「……はぁ」

 生島はもう一度溜め息をつき、ドアの枠にもたれ掛かって力尽きたというように項垂れる。

「ご心配をお掛けしました」

「いや、無事ならいいんです。昨日はイブだっていうのに気もそぞろで、彼女にも心配されちゃいました」

「それはすみません。大丈夫でしたか?」

「幸い、俺の彼女はできた子なので、赤松さんが社長のどんな存在か説明したら、『大変だったね』って慰めてくれました。へたしたら俺の首が飛びかねないデリケート案件だから、ホント……良かったです」

 そう言ってもう一度生島は溜め息をつき、自分の息でフーッと前髪を吹き上げてから姿勢を戻す。
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