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第十六部・クリスマス 編

本気で言ってる?

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「痛かったな」

 佑は香澄を抱き締めたまま、コツンと頭をつけて呟く。

「……別に、それほど痛くないよ」

「怖かったな」

 だが彼は香澄の言葉を無視して耳元で囁き、トン、トンと背中をさすってくる。

「……怖く……な……ぃ」

 まだ心は麻痺していて、自分がどれほど酷い目に遭ったのか理解していない。

 けれど自分の事を一番に心配してくれる人が「痛かった、怖かった」と言い、少しずつ心の中の氷が溶けようとしていた。

「香澄は痛かったし、知らない人に切りつけられて怖かったんだよ」

「――――ぅう、…………ぅーっ……」

 香澄は佑にしがみついたまま、泣いてなるものかと歯を食いしばる。

「泣いていいんだよ。俺の前で我慢するんじゃない」

「…………っ、――――ぅ、…………うぅう……っ」

 香澄はとうとう涙をポロッと零して佑の胸板に顔を押しつけたが、ハッと彼がスーツ姿だと思いだして顔を離す。

「いいから」

 しかしグイッと抱き締められて胸元に顔を押しつけられ、やがて静かに嗚咽し始める。

「ぅ……っ、う、――――ふ……っ」

 香澄はひくっひくっとしゃくり上げ、まだ自分が抱えている恐怖を理解していないまま泣いた。





 香澄の嗚咽が収まった頃、トントンとドアをノックする音がした。

「……あっ」

 そこではじめて、花織が自分の服を取りに行ってくれた事を思いだす。

「俺が出るよ」

 佑は立ち上がって香澄の頭を撫でると、カーテンの向こう側へ行く。
 香澄はひとまず体を布団で隠してから、ホ……と溜め息をついた。

(泣いたらスッキリした気がする)

 その時、佑と花織の会話が聞こえてきた。

「お邪魔してすみません。そろそろかなー? って思ったんですが」

「先生、気を利かせてくれてありがとうございます。あとは任せていいでしょうか?」

「はい、もちろんです。それと……、生島くんもここでずっと待っていたんですが」

 生島の名前が聞こえて、香澄は「あーっ!」と頭を抱える。

(生島さん、また来てくれたんだ……! ごめんなさい!)

「社長、足速いっすね」

「……説明の途中ですまない」

「いや、それはいいんですが」

 そこで医務室のドアが閉まり、佑と生島の会話が遠くなる。

「赤松さん。服を持ってきたんだけど、着られる?」

「はい。持ってきてくださって、ありがとうございます」

 カーテンが静かに開き、ニヤついた花織が顔を見せる。

「落ち着いた?」

「は……はい……」

「いいわね、こういう時に会社に婚約者がいるって。心強いわ」

 花織は香澄の服を渡し、微笑む。

「見ていて鬱陶しくないですか?」

「どうして? 私はそう思わないわよ?」

 ケロッとして言われ、ひとまず安心する。

「……今も社長に言われたばかりなんです。周りは優しい人ばかりかもしれないけど、〝そうじゃない〟人はいるって。……私がこうして社長秘書をできているのは、社長のお陰です。本当はもっと皆に嫌われているかもしれないのに、皆、社長が怖いから私を悪く言えないんです」

 苦く微笑んだ香澄を、花織はベッドの縁に腰掛けてまじまじと見つめてくる。

「本気で言ってる?」

「え? ……はい。ふぁっ!?」

 突然、両頬を花織に摘ままれ、のびーっと餅のように伸ばされる。

「ふぁふぉりふぇんふぇい!?」

「いやぁー。見事に後ろ向きだな、と思って。そこまで〝嫌われる覚悟〟をしている人も珍しいわね?」

 パッと頬を離され、香澄は両手で頬をさする。

「確かにそう思っている人はいるかもしれないけど、それがなんなの? 赤松さんは社長に選ばれたのよ? 今まで社長は社員に目もくれなかった。でも選ばれたあなたは特別なの。あなたが遠慮したって、社長は他の誰も選ばないわ。そんなの悩むだけ無駄じゃない」

 きっぱりと言われ、香澄は呆然とする。
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