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第十六部・クリスマス 編
クラウスとビァネ
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湯上がりでヘアセットされていないが、アシンメトリーの分け目からクラウスだろう。
「フルーツ?」
白Tシャツにグレーのスウェットズボン姿の彼は、ルームシューズを履いた足でキッチンに来た。
「はい。ラ・フランスです」
「あぁ、いいね。ビァネ好きだよ」
「びあね」
「そっか、日本だと和梨もあるから、洋梨、和梨って括りになってんのか。こっちだとビァネでまるっと洋梨を差すよ。ラ・フランスもあるし、バートレット、オーロラ、マルゲリット・マリーラとか色々種類がある」
「ドイツって和梨ないんですか?」
「一応あるよ。商品名はそのままローマ字でNashiって書いてある」
「んふふふ。なんか面白い」
「ドイツにある日本の果物ったらみかんがあるね。いわゆる冬みかん。皆、サツマって呼んでるね」
「ふぅん……。〝サツマ〟って日本名で呼ばれてるの、何か嬉しいです」
微笑むと、クラウスが皮を剥いたラ・フランスを指さした。
「一個食べていい?」
「はい、どうぞ」
深緑色の焼き物の大皿にあったラ・フランスを、クラウスは指で摘まんで齧り付く。
「ん、おいし」
「良かったです」
そのあとクラウスは大人しくラ・フランスを切ったり剥いたりしている香澄を見ていたが、ぽつんと尋ねてきた。
「マイちゃん、どれだけ怒ってた?」
「ん、あー……。……すみません、気にしちゃいますよね」
「ううん。僕らが悪かったんだし、全然いい。今でもカスミはよく許してくれたなって思うし」
クラウスは一九十センチメートル近くある長身を折り曲げるように、キッチン台の上に頬杖をついて香澄の顔を覗き込む。
「……喧嘩は嫌なんです。ギスギスした空気とか苦手です。好きな人には笑っていてほしいです。私が優しいからとかじゃなくて、心地よく過ごしたいだけのエゴなんです」
「カスミは本当に平和主義だよね。僕らだったら、自分の感情ややりたい事を優先しちゃう」
「ふふ。和を重んじる日本人で、共感主義の女性ですから」
香澄は微笑み、わざとらしく言う。
「そんなカスミの親友だから、何を言われても謝ろうって思うよ。僕らがカスミの人の良さを利用したのは事実なんだから」
寂しそうに笑うクラウスを見て、香澄は胸の奥にキュッとした痛みを感じる。
「私は怒っていませんから、もう自分を責めないでください。むしろ今回はマティアスさんに助けて頂いて、チャラ以上になったと思っています」
「そう? 全然チャラになってないと思うけど。まぁ、全部あの女のせいって言ったらそれまでなんだけど、僕らがした事を棚に上げるのはまた違うからね」
クラウスが「あの女」と言ったのがエミリアだと察し、香澄はラ・フランスを一つ囓りながら尋ねた。
「……佑さんがいない今だからお聞きますが、私、八月のイギリスの記憶があまりないんです。気が付いたら帰国していた感じでした。……クラウスさんはイギリスで何があったか知っていますか? ……知って、……いますよね?」
尋ねた時、サッとクラウスの表情が曇った。
「知らないほうが幸せな事ってあるんだよ。タスクも僕たちも、意地悪でカスミに隠し事をしているんじゃない。君を守りたいから沈黙しているだけだ。『寝た子を起こすな』って言葉があるだろう?」
警告を受け、香澄は口の中にある果実を咀嚼して考え込み、呑み込む。
「……良くない事なんですね」
「記憶がなくて不安になるのは分かる。自分の事なら自分で把握し、理解していたいもんだ。……でも、思い出せないっていうのは、本能のサインでもある。防衛本能に従っておいたほうがいいよ」
香澄は知らずと溜め息をつき、最後の一口を口に入れる。
もぐもぐと口を動かしながら溜め息をつくと、ラ・フランスの芳醇な香りがする。
いつもならとても幸せな気持ちになれるのに、今はばかりは元気が出ない。
「僕はできる事なら、カスミに思い出してほしくない。もしその時がきたら、カスミは『思い出したくなかった』って思うんじゃないかな。どうにもならない事を気にしても仕方がないでしょ。これから楽しい事があるし楽しもうよ。マイちゃんも来るんでしょ?」
優しく言われ、香澄はコクンと頷く。
「何話してんのー?」
その時、湯上がりとおぼしきアロイスが現れた。
彼もキッチンに来て、「お、ビァネ」と笑顔になる。
そしてすぐに、香澄とクラウスの様子に気づいた。
「フルーツ?」
白Tシャツにグレーのスウェットズボン姿の彼は、ルームシューズを履いた足でキッチンに来た。
「はい。ラ・フランスです」
「あぁ、いいね。ビァネ好きだよ」
「びあね」
「そっか、日本だと和梨もあるから、洋梨、和梨って括りになってんのか。こっちだとビァネでまるっと洋梨を差すよ。ラ・フランスもあるし、バートレット、オーロラ、マルゲリット・マリーラとか色々種類がある」
「ドイツって和梨ないんですか?」
「一応あるよ。商品名はそのままローマ字でNashiって書いてある」
「んふふふ。なんか面白い」
「ドイツにある日本の果物ったらみかんがあるね。いわゆる冬みかん。皆、サツマって呼んでるね」
「ふぅん……。〝サツマ〟って日本名で呼ばれてるの、何か嬉しいです」
微笑むと、クラウスが皮を剥いたラ・フランスを指さした。
「一個食べていい?」
「はい、どうぞ」
深緑色の焼き物の大皿にあったラ・フランスを、クラウスは指で摘まんで齧り付く。
「ん、おいし」
「良かったです」
そのあとクラウスは大人しくラ・フランスを切ったり剥いたりしている香澄を見ていたが、ぽつんと尋ねてきた。
「マイちゃん、どれだけ怒ってた?」
「ん、あー……。……すみません、気にしちゃいますよね」
「ううん。僕らが悪かったんだし、全然いい。今でもカスミはよく許してくれたなって思うし」
クラウスは一九十センチメートル近くある長身を折り曲げるように、キッチン台の上に頬杖をついて香澄の顔を覗き込む。
「……喧嘩は嫌なんです。ギスギスした空気とか苦手です。好きな人には笑っていてほしいです。私が優しいからとかじゃなくて、心地よく過ごしたいだけのエゴなんです」
「カスミは本当に平和主義だよね。僕らだったら、自分の感情ややりたい事を優先しちゃう」
「ふふ。和を重んじる日本人で、共感主義の女性ですから」
香澄は微笑み、わざとらしく言う。
「そんなカスミの親友だから、何を言われても謝ろうって思うよ。僕らがカスミの人の良さを利用したのは事実なんだから」
寂しそうに笑うクラウスを見て、香澄は胸の奥にキュッとした痛みを感じる。
「私は怒っていませんから、もう自分を責めないでください。むしろ今回はマティアスさんに助けて頂いて、チャラ以上になったと思っています」
「そう? 全然チャラになってないと思うけど。まぁ、全部あの女のせいって言ったらそれまでなんだけど、僕らがした事を棚に上げるのはまた違うからね」
クラウスが「あの女」と言ったのがエミリアだと察し、香澄はラ・フランスを一つ囓りながら尋ねた。
「……佑さんがいない今だからお聞きますが、私、八月のイギリスの記憶があまりないんです。気が付いたら帰国していた感じでした。……クラウスさんはイギリスで何があったか知っていますか? ……知って、……いますよね?」
尋ねた時、サッとクラウスの表情が曇った。
「知らないほうが幸せな事ってあるんだよ。タスクも僕たちも、意地悪でカスミに隠し事をしているんじゃない。君を守りたいから沈黙しているだけだ。『寝た子を起こすな』って言葉があるだろう?」
警告を受け、香澄は口の中にある果実を咀嚼して考え込み、呑み込む。
「……良くない事なんですね」
「記憶がなくて不安になるのは分かる。自分の事なら自分で把握し、理解していたいもんだ。……でも、思い出せないっていうのは、本能のサインでもある。防衛本能に従っておいたほうがいいよ」
香澄は知らずと溜め息をつき、最後の一口を口に入れる。
もぐもぐと口を動かしながら溜め息をつくと、ラ・フランスの芳醇な香りがする。
いつもならとても幸せな気持ちになれるのに、今はばかりは元気が出ない。
「僕はできる事なら、カスミに思い出してほしくない。もしその時がきたら、カスミは『思い出したくなかった』って思うんじゃないかな。どうにもならない事を気にしても仕方がないでしょ。これから楽しい事があるし楽しもうよ。マイちゃんも来るんでしょ?」
優しく言われ、香澄はコクンと頷く。
「何話してんのー?」
その時、湯上がりとおぼしきアロイスが現れた。
彼もキッチンに来て、「お、ビァネ」と笑顔になる。
そしてすぐに、香澄とクラウスの様子に気づいた。
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