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第十六部・クリスマス 編

バーテンダーの災難再び

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 三日前。

 高梨美里はその日も札幌の『ホテルロイヤルグラン』のバーで、バーテンダーとして働いた。

 そして仕事を終え、賃貸アパートに帰宅していた。
 風呂にも入りあとは寝るだけという時に、シングルベッドの中でスマホを見てうだうだしている。

「……あの人たち、また来るの……?」

 見ているのは、ブロックしようか何度も迷った、ドイツ人の双子とのグループトークルームだ。
 そこには『いま日本にいるんだけど、明日札幌行くからね!』とメッセージがある。

 以前連絡先を交換してしまったあと、双子から嫌というほど連絡がきた。

 そもそも面識のない、高身長の美形、あの『アロクラ』のデザイナーであるドイツ人に好かれる理由がない。

 あの時、赤松香澄という親切な女性が、何か困った事があれば連絡してほしいと言ってくれた。

 彼女は御劔佑と一緒にいた女性で、見るからに洗練された都会の女性という雰囲気があった。
 綺麗な人は心も綺麗なんだなと思ったが、見るからに人の良さそうな彼女を頼るのは申し訳ない。

 双子からは遊びなのか本気なのか分からないメッセージが送られ、どう返信するか迷っている間に、香澄に相談するタイミングを完全に見失っていた。

 歯が浮くような甘い言葉がメッセージで送られ、多ければ多いほど信じられなくなる。

「遊ばれてるんだろうなぁ……」

 初対面の時は、あの〝世界の御劔〟が来店した事もあって、非日常な空気に呑まれていた。

 あの日は御劔佑が香澄と共に来店し、双子デザイナーも来た信じられない日だ。

『ホテルロイヤルグラン』は札幌駅からのアクセスもよく、都心部にある中でも最高級レベルのホテルだ。

 美里だって著名人をもてなした経験は何回もある。
 とはいえ、世界レベルの有名人と言えば話が違う。

 双子は場所を気にせず自分を口説いてきて、現実離れした彼らの言葉を聞いて、感覚が麻痺していたと今になって思う。

 その雰囲気に呑まれ、軽々しく連絡先を教えてしまったのを今は深く後悔していた。

 さらに彼らは、目の前でガールフレンドと手を切るデモンストレーションをした。

 しかしあの二人なら、すぐ新しいガールフレンドができてもおかしくない。

「お客様として大金落としてくれるだけなら万々歳だけど……。また店内で口説かれたらどうしよう」

 美里は、はぁぁ……と溜め息をつき、アプリを閉じる。

「……なるようにしかならんか。ただの遊びの可能性もあるし」

 そう思い直したあとは、なるべく何も考えず早めに寝た。





 翌日、十九時ほどに双子が来店した。

「やっほー、ミサト! 久しぶり」

「相変わらず可愛いね。髪伸びた? 後ろで纏めてるの可愛いよ」

「…………いらっしゃいませ」

 双子は相変わらずキラキラしていて、陽キャの集合体という雰囲気だ。

 入って来た瞬間「眩しい!!」と思ったが、努めて笑顔で迎えた。

「まずジントニック二つちょうだい」

 いまだ、どちらがアロイスでクラウスか分からない。
 けれど会話を聞いていると、髪の毛の分け目で何となく察した。

 二人とも前回来たあと髪を切ったらしく、ベリーショートになっている。
 だがサイドがアシンメトリーになっているので、そこで区別をつけるのだろう。

 美里は慣れた手つきでジントニックを作り、「本日のライムは愛媛県産でございます」と微笑んでトールグラスをだした。

「ねぇ、ミサト。あれから彼氏はできてないよね?」

(恐らく)クラウスに質問され、美里はニコリと微笑む。

「お答えしかねます」

 本当は昼はバイト、夜はバーテンダーで忙しく、彼氏を作る暇もない。
 それでも客に自分のプライベートをペラペラ話すのは、バーテンダーとして失格だ。

「えぇ? 困るなぁ。俺たち女の子全員と手を切ったまんまなんだけど」

「そうそう。身の上キレーなもんだよ?」

 カウンターに少し気だるく頬杖をついた美形が、同じ顔で美里を見つめてくる。

(うう……。ううう……)

 ビジネススマイルを浮かべた美里は、まだ開店して二時間しか経っていない現実に気を遠くする。

 深夜一時の閉店までは、あと六時間近くある。
 休憩を挟むとしても、この美形に至近距離で口説かれ続けるのは非常につらい。

 こういう時に限って、先輩のベテランバーテンダーは休みだ。

「今回のご滞在はどれぐらいですか?」

 話題を変えると、双子はスラリと答える。

「札幌には一週間。日本には年明けまでかな」

「そうですか。冬の札幌と日本をお楽しみください」

 ビジネススマイルで定型文のように言うが、正直何をどう話せばいいか分からない。
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