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第十六部・クリスマス 編
マティアスと待ち合わせ
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翌日の夜、仕事を終えたあと香澄は佑と一緒に、日本橋にあるすき焼割烹を訪れていた。
日本橋まで向かう途中、一度白金台の自宅に寄って着替えをする。
香澄は黒のニットに、ウエスト部分にリボンのあるピンクベージュのセミフレアパンツ、その上にテラコッタカラーのチェスターコートを羽織った。
佑はグレーのニットに黒のパンツ、黒のジャケット、グレンチェックのチェスターコートだ。
交差点でサッと車から降りると、目の前に日本風の建物がある。
暖簾には家紋が描かれ、庭石や玉砂利、灯籠などがあって風情を感じさせた。
暖簾をくぐると、着物を着た女将が出迎えをしてくれた。
「お待ちしておりました。御劔様、赤松様」
「女将さん、お世話になります。連れはもう来ていますか?」
「はい。お部屋でお待ちです」
グルメガイドで星を得ているその店は、店内BGMなどもなく無音だ。
香澄は緊張して、所作の一つにも気を配ってしまう。
静かな廊下を歩き、女将が襖の前に座って中に声を掛けた。
「失礼いたします。お連れ様がお着きです」
開かれた襖の向こうでは、マティアスが掘りごたつの席に座って酒を飲んでいた。
「待たせたな」
「いや、それほど待ってないし、電子書籍を読んでいたから大丈夫だ」
「こんばんは。マティアスさん」
「こんばんは。カスミ」
テーブルの上にはドリンクメニューのみがあり、佑はフランス産の赤ワインを頼んだ。
「香澄はどうする?」
「えっと……。このジュース美味しそう」
ノンアルコールのページには、山ぶどうジュースと、せとかジュースがある。
ドリンクメニューもさすが高級店仕様で、ソフトドリンクでも千五百円ぐらいが相場だ。
「どっちがいい? どうせならボトルで飲むか?」
「い、いや! 両方飲んでみたいから、グラスでいいよ」
「そうしようか」
その他は、米沢牛を使った特上のすき焼きコースを頼み、女将が静かに退室していく。
「カスミはアルコールが飲めないのか?」
「飲めますけど、……お恥ずかしい話、まだワインや日本酒の善し悪しが分からなくて、美味しいと思える物が分からないんです」
「……そうか。ドイツワインもなかなか飲みやすいのが多いぞ」
「はい、ありがとうございます」
「香澄には俺が酒の味をじっくり教えるから、お前は気にしなくていいよ」
〝じっくり教える〟と意味深な事を言われ、香澄は一人赤面する。
「アロクラはもう札幌に向かったのか?」
「そのようだ。先日会った翌日には、『札幌に行ってくる』とメッセージがあって、ホテルの部屋も引き払ったようだ」
(美里ちゃん、大丈夫かな……)
香澄は双子を一人で相手にしなければいけない美里を思い、心配になる。
「そういえば、アロクラが『カスミは札幌が恋しいだろうから、〝浜梨亭〟のお菓子を買ってくる』と言っていた」
「あぁー……。ありがとうございます……。楽しみです」
確かに北海道の味とも言えるし、慣れ親しんだお菓子なので久しぶりに食べられるのは嬉しい。
「マティアスさん、どこか観光しましたか?」
「『江戸東京たてものパーク』に行って、レトロな建物をたくさん写真に撮った。それから谷根千という所にも行ったな」
「本格的ですね」
谷根千は文京区から台東区にかけての地区で、下町を今らしく作り直した店などがあり、レトロっぽさとお洒落さ、SNS映えを狙えるところだ。
「東京駅も美しい建物だったな。西洋風だが歴史的価値がある」
「そうですね。マティアスさんから見ると珍しくない建築様式かもですが、東京にある建物だからこそ、いいですよね」
東京に来たばかりの時は、香澄も東京駅の美しさに見とれていた。
札幌、ひいては北海道は歴史が浅く、城も大きな物は函館の五稜郭程度しかない。
札幌の中島公園にも昔の洋館はあるし、小樽や函館などにも異人館的な観光スポットはある。
だが外国人が頻繁に出入りして、文化がいち早く伝わっていった本州ほど、歴史的な建物は多くない。
そういう意味で、香澄はこちらに来て観光スポットの建物を見ては、うっとりしていたのだ。
東京駅も、テレビで駅の中にホテルがあり、駅に入る人をホテルから見下ろせる……など見て、「いつか泊まってみたい」と憧れていたものだ。
「いつか暖かい時期に、日本一周をしたいと思っている。写真を撮りまくる旅行にしたい」
「へぇ。どこに行く予定なんですか?」
「北海道からスタートして青森から三陸海岸を列車で移動して、仙台を経て東京。いや、金沢も行きたいな。鎌倉から富士山が見えるルートで名古屋に行って、京都と大阪、奈良。伊勢神宮にも行ってみたいし、出雲大社と広島の原爆ドーム、厳島神社も行きたいな。鳴るとの渦潮も見てみたいし、四国の美しい里山も写真に収めたい。あとは博多でラーメンを食べて、温泉に入りながら鹿児島まで行き、沖縄にゴールしたい」
マティアスのプランに香澄は感心する。
日本橋まで向かう途中、一度白金台の自宅に寄って着替えをする。
香澄は黒のニットに、ウエスト部分にリボンのあるピンクベージュのセミフレアパンツ、その上にテラコッタカラーのチェスターコートを羽織った。
佑はグレーのニットに黒のパンツ、黒のジャケット、グレンチェックのチェスターコートだ。
交差点でサッと車から降りると、目の前に日本風の建物がある。
暖簾には家紋が描かれ、庭石や玉砂利、灯籠などがあって風情を感じさせた。
暖簾をくぐると、着物を着た女将が出迎えをしてくれた。
「お待ちしておりました。御劔様、赤松様」
「女将さん、お世話になります。連れはもう来ていますか?」
「はい。お部屋でお待ちです」
グルメガイドで星を得ているその店は、店内BGMなどもなく無音だ。
香澄は緊張して、所作の一つにも気を配ってしまう。
静かな廊下を歩き、女将が襖の前に座って中に声を掛けた。
「失礼いたします。お連れ様がお着きです」
開かれた襖の向こうでは、マティアスが掘りごたつの席に座って酒を飲んでいた。
「待たせたな」
「いや、それほど待ってないし、電子書籍を読んでいたから大丈夫だ」
「こんばんは。マティアスさん」
「こんばんは。カスミ」
テーブルの上にはドリンクメニューのみがあり、佑はフランス産の赤ワインを頼んだ。
「香澄はどうする?」
「えっと……。このジュース美味しそう」
ノンアルコールのページには、山ぶどうジュースと、せとかジュースがある。
ドリンクメニューもさすが高級店仕様で、ソフトドリンクでも千五百円ぐらいが相場だ。
「どっちがいい? どうせならボトルで飲むか?」
「い、いや! 両方飲んでみたいから、グラスでいいよ」
「そうしようか」
その他は、米沢牛を使った特上のすき焼きコースを頼み、女将が静かに退室していく。
「カスミはアルコールが飲めないのか?」
「飲めますけど、……お恥ずかしい話、まだワインや日本酒の善し悪しが分からなくて、美味しいと思える物が分からないんです」
「……そうか。ドイツワインもなかなか飲みやすいのが多いぞ」
「はい、ありがとうございます」
「香澄には俺が酒の味をじっくり教えるから、お前は気にしなくていいよ」
〝じっくり教える〟と意味深な事を言われ、香澄は一人赤面する。
「アロクラはもう札幌に向かったのか?」
「そのようだ。先日会った翌日には、『札幌に行ってくる』とメッセージがあって、ホテルの部屋も引き払ったようだ」
(美里ちゃん、大丈夫かな……)
香澄は双子を一人で相手にしなければいけない美里を思い、心配になる。
「そういえば、アロクラが『カスミは札幌が恋しいだろうから、〝浜梨亭〟のお菓子を買ってくる』と言っていた」
「あぁー……。ありがとうございます……。楽しみです」
確かに北海道の味とも言えるし、慣れ親しんだお菓子なので久しぶりに食べられるのは嬉しい。
「マティアスさん、どこか観光しましたか?」
「『江戸東京たてものパーク』に行って、レトロな建物をたくさん写真に撮った。それから谷根千という所にも行ったな」
「本格的ですね」
谷根千は文京区から台東区にかけての地区で、下町を今らしく作り直した店などがあり、レトロっぽさとお洒落さ、SNS映えを狙えるところだ。
「東京駅も美しい建物だったな。西洋風だが歴史的価値がある」
「そうですね。マティアスさんから見ると珍しくない建築様式かもですが、東京にある建物だからこそ、いいですよね」
東京に来たばかりの時は、香澄も東京駅の美しさに見とれていた。
札幌、ひいては北海道は歴史が浅く、城も大きな物は函館の五稜郭程度しかない。
札幌の中島公園にも昔の洋館はあるし、小樽や函館などにも異人館的な観光スポットはある。
だが外国人が頻繁に出入りして、文化がいち早く伝わっていった本州ほど、歴史的な建物は多くない。
そういう意味で、香澄はこちらに来て観光スポットの建物を見ては、うっとりしていたのだ。
東京駅も、テレビで駅の中にホテルがあり、駅に入る人をホテルから見下ろせる……など見て、「いつか泊まってみたい」と憧れていたものだ。
「いつか暖かい時期に、日本一周をしたいと思っている。写真を撮りまくる旅行にしたい」
「へぇ。どこに行く予定なんですか?」
「北海道からスタートして青森から三陸海岸を列車で移動して、仙台を経て東京。いや、金沢も行きたいな。鎌倉から富士山が見えるルートで名古屋に行って、京都と大阪、奈良。伊勢神宮にも行ってみたいし、出雲大社と広島の原爆ドーム、厳島神社も行きたいな。鳴るとの渦潮も見てみたいし、四国の美しい里山も写真に収めたい。あとは博多でラーメンを食べて、温泉に入りながら鹿児島まで行き、沖縄にゴールしたい」
マティアスのプランに香澄は感心する。
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