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第十六部・クリスマス 編
不思議な体験をした事あります?
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「あ、知ってます。くぐる奴ですよね? 紙がびっしり貼ってあって、ちょっと怖い雰囲気のある……」
テレビやネットで見た事があると伝えると、河野はやはり表情を変えずに頷く。
「縁を切りたいものを紙に書いて、念じながらくぐるそうですよ。ただ縁を切るだけじゃなくて、もう一度反対側からくぐる事で良縁を結ぶんだそうです」
「へぇ……。いつか京都に行ってお参りしたいです」
いつの間にか詫びの話から、京都観光の話にすり替わってしまった。
「僕は聖地巡礼でなら、京都に行ったことありますけどね」
「沢山回ったら、ご利益ありそうですね」
頷いた時、松井が「そうだ」と会話に参加する。
「人によっては、神様が憑いてしまう……と聞いた事がありますけどね。お寺の住職に『憑いてますよ』と言われたとか」
「なるほど……」
スピリチュアルなものとはフワッと付き合っているが、専門職の人なら〝見える〟のかもしれない。
世の中には不思議な話もあるかもしれないと思いつつ、香澄は霊感がないので、何に対しても「そうなんだー」という反応をしていた。
「松井さんと河野さんって、何か不思議な体験をした事あります?」
時は昼休憩中で、河野が買ってきてくれたコーヒーを三人で飲んでいる。
「私は特にありませんねぇ。妻と一緒に家内安全を願って初詣に行ったり、社長や会社の安泰を願う事もありますが、これと言った事が起こった実感はありません。お参りは願った上で、堅実に生きていれば叶うものと思っていますから」
松井がのんびりと言い、香澄は「松井さんらしい」と思った。
「ああ。ですが父と母が亡くなった時は、それなりに不思議な事はあったかもしれませんね」
「え? たとえば?」
香澄は思わず食いつく。
「お盆が近付いた時期に、仏壇に線香を上げがてら、両親の遺影に向かって『そろそろ迎える準備をする』と話し掛けたんですよ。そのあと、妻が家の中に生けていた花が、風もないのにユラユラと揺れていた……とか。その程度ですが」
「ほぉぉ……。河野さんは?」
思わず河野に話題を振ると、彼は秘書室内にある流しで眼鏡のレンズを洗い、几帳面に拭きながら答える。
「僕にはこれと言って心霊体験はありません。肝試しとか興味ありませんし、両親も健在です。ただ……少し生活を邪魔された程度ならありますが」
「……え? 邪魔って?」
香澄が訝しげな顔をすると、河野は何でもない顔で言う。
「どうやら女性の生き霊とやらが家にいるらしくて、ブルーレイレコーダーの取り出し口が勝手に開いたり、テレビを見ていると、いいところで電源が落ちてしまったり……。猫が誰もいない所をジッと見ていたり……でしょうか」
「……ひえっ。ホンモノじゃないですか」
香澄は怯えたが、河野はいつも通りだ。
「気にしなければこっちの勝ちですよ。あんまりうるさかったら、スリッパを壁に投げつけて怒鳴れば静かになります」
あまりの力技と鋼鉄の心に、香澄は頼もしいやら怖いやらで引いている。
「怖くないんですか?」
「最初は驚きましたけど、赤松さんがフラッとどうにかなるほうがずっと怖いです。幽霊やら生き霊がどう騒ごうが、社長がポンコツになる事はありませんから」
「う……うう……。すみません……」
痛いところを突かれ、香澄は謝る。
「それにしても河野さん。生き霊という事は、どなたかに強く想われているんじゃないですか? お祓いに行ったほうがいいのでは?」
松井にお祓いと言われ、河野は首を傾げる。
「一時期、家のドアノブに誰かの手作り弁当が掛かっていた事がありましたね。中身を確認したのは一度だけで、管理人さんに任せて無視していたらその内来なくなりましたが」
(無視するって、一番良くないんじゃ……)
〝手作り弁当がこなくなった〟という現実に河野は満足しているのだろうが、相手の気持ちを考えると不安になってしまう。
「気持ちを伝えられなくて、せめて手作り弁当を……と思ったのもうまくいかなくて、生き霊になったんじゃないんですか?」
「言いたい事があるなら直接言えばいいじゃないですか。手渡ししてくれるなら、弁当をありがたく頂くかもしれません。なかなか美味そうでしたし」
そんな弁当を食べてもいいと思っている河野は、本当に神経が太い。
「私としては、お祓いで生き霊を外したあと、警察と協力して犯人を突き止め、話し合うのが一番だと思いますけれどね。……さて、そろそろ午後の仕事を始めましょう」
松井が会話を締め、河野の話が気になるが各々デスクに向かった。
なお、その後香澄も巻き込まれたあと、河野が生き霊の本体である女性と付き合い始めるのは、また別の話である。
**
テレビやネットで見た事があると伝えると、河野はやはり表情を変えずに頷く。
「縁を切りたいものを紙に書いて、念じながらくぐるそうですよ。ただ縁を切るだけじゃなくて、もう一度反対側からくぐる事で良縁を結ぶんだそうです」
「へぇ……。いつか京都に行ってお参りしたいです」
いつの間にか詫びの話から、京都観光の話にすり替わってしまった。
「僕は聖地巡礼でなら、京都に行ったことありますけどね」
「沢山回ったら、ご利益ありそうですね」
頷いた時、松井が「そうだ」と会話に参加する。
「人によっては、神様が憑いてしまう……と聞いた事がありますけどね。お寺の住職に『憑いてますよ』と言われたとか」
「なるほど……」
スピリチュアルなものとはフワッと付き合っているが、専門職の人なら〝見える〟のかもしれない。
世の中には不思議な話もあるかもしれないと思いつつ、香澄は霊感がないので、何に対しても「そうなんだー」という反応をしていた。
「松井さんと河野さんって、何か不思議な体験をした事あります?」
時は昼休憩中で、河野が買ってきてくれたコーヒーを三人で飲んでいる。
「私は特にありませんねぇ。妻と一緒に家内安全を願って初詣に行ったり、社長や会社の安泰を願う事もありますが、これと言った事が起こった実感はありません。お参りは願った上で、堅実に生きていれば叶うものと思っていますから」
松井がのんびりと言い、香澄は「松井さんらしい」と思った。
「ああ。ですが父と母が亡くなった時は、それなりに不思議な事はあったかもしれませんね」
「え? たとえば?」
香澄は思わず食いつく。
「お盆が近付いた時期に、仏壇に線香を上げがてら、両親の遺影に向かって『そろそろ迎える準備をする』と話し掛けたんですよ。そのあと、妻が家の中に生けていた花が、風もないのにユラユラと揺れていた……とか。その程度ですが」
「ほぉぉ……。河野さんは?」
思わず河野に話題を振ると、彼は秘書室内にある流しで眼鏡のレンズを洗い、几帳面に拭きながら答える。
「僕にはこれと言って心霊体験はありません。肝試しとか興味ありませんし、両親も健在です。ただ……少し生活を邪魔された程度ならありますが」
「……え? 邪魔って?」
香澄が訝しげな顔をすると、河野は何でもない顔で言う。
「どうやら女性の生き霊とやらが家にいるらしくて、ブルーレイレコーダーの取り出し口が勝手に開いたり、テレビを見ていると、いいところで電源が落ちてしまったり……。猫が誰もいない所をジッと見ていたり……でしょうか」
「……ひえっ。ホンモノじゃないですか」
香澄は怯えたが、河野はいつも通りだ。
「気にしなければこっちの勝ちですよ。あんまりうるさかったら、スリッパを壁に投げつけて怒鳴れば静かになります」
あまりの力技と鋼鉄の心に、香澄は頼もしいやら怖いやらで引いている。
「怖くないんですか?」
「最初は驚きましたけど、赤松さんがフラッとどうにかなるほうがずっと怖いです。幽霊やら生き霊がどう騒ごうが、社長がポンコツになる事はありませんから」
「う……うう……。すみません……」
痛いところを突かれ、香澄は謝る。
「それにしても河野さん。生き霊という事は、どなたかに強く想われているんじゃないですか? お祓いに行ったほうがいいのでは?」
松井にお祓いと言われ、河野は首を傾げる。
「一時期、家のドアノブに誰かの手作り弁当が掛かっていた事がありましたね。中身を確認したのは一度だけで、管理人さんに任せて無視していたらその内来なくなりましたが」
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「気持ちを伝えられなくて、せめて手作り弁当を……と思ったのもうまくいかなくて、生き霊になったんじゃないんですか?」
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そんな弁当を食べてもいいと思っている河野は、本当に神経が太い。
「私としては、お祓いで生き霊を外したあと、警察と協力して犯人を突き止め、話し合うのが一番だと思いますけれどね。……さて、そろそろ午後の仕事を始めましょう」
松井が会話を締め、河野の話が気になるが各々デスクに向かった。
なお、その後香澄も巻き込まれたあと、河野が生き霊の本体である女性と付き合い始めるのは、また別の話である。
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