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第十六部・クリスマス 編

マティアスの今後

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「カスミはさ、悪いけど札幌っていう比較的田舎な地方都市で育ったから、まだまだ都会の危険さを知らないんだよ。東京って言っても場所により治安はピンキリだ。タスクと一緒に安全な場所に住んでいるから、自分の身の上はいつだって安全だと思ってるだろ」

 珍しくアロイスが真面目に言い、香澄は「そうかも……」と思い直す。

「路地を一本裏に行ったら、何があるか分からない。それが都会だ。初対面の行きずりなら、相手がどれだけ善良そうに見えても警戒するといいよ。僕たちやマティアスだって、いつもカスミを助けられる訳じゃないんだ」

 まるで危険な目に遭ったような言い方をされ、香澄はしょぼんと肩を落とす。

「すみません……。外で気絶しちゃったら、知らない人に連れて行かれても文句言えませんよね。日本だからって油断していました。体調管理もしっかりします」

 双子が左右で同時に溜め息をつく。

「それなんだが、俺は日本に移住しようかと考えている」

 マティアスがいきなり言いだし、香澄は「え?」と目を丸くする。

 双子も初耳だったようで、「はぁ?」と同じタイミングで声をだす。

「カスミへの贖罪ではない。確かにカスミには返しきれない借りがあるが、カイの雇った護衛がいる。例の事が下火になった今、ドイツをでればこちらのものだと思っている。もともとクラウザー家の影響で、日本に住みたかったし、治安がいいのも魅力だ。神社仏閣や祭り、日本独自の町のスタイルをもっと知りたいし、そのために言葉も勉強した。移住したいと決めたのは、それらを総じてだ。その上で東京に住むのなら、カイの目が届かない時は俺がカスミを守りたいと思っている」

 香澄、双子は突然の事にポカンとしている。

「……東京に住むんですか?」

「予定は未定だ。手続きも必要だし、永住するか時々ドイツに帰国するかはまだ決めていない。まず数か月住んでみて、ここだと思った所があれば……と思っている」

 現実的な返事を聞いて、香澄は頷く。

「……その、東京を悪く言いたい訳じゃないんですが、ドイツとはかなり環境が違いますよ?」

「承知の上だ。文化が違う事も、日本語を話せても〝外国人〟と思われるのは分かっている」

「もし本拠地を日本にするなら、お役所の手続きが難しかったらお手伝いしますね。その時はいつでも呼んでください」

 マティアスに微笑みかけると、彼も小さく笑い返す。

「ああ、ありがとう。カスミ」

 空気が和やかになった時、双子がわざとらしい声をだす。

「あーあ、僕らも日本に住もっかな。一応、札幌には家買ったんだよね」

「えぇっ!? 本当に買ったんですか? どこに?」

「んーと、街の中。ススキノよりちょっとナカジマ公園寄りの場所」

 香澄は頭の中で場所を考え、真顔になる。

 札幌で高級住宅地と言えば、北海道神宮や円山公園のある宮の森が挙げられるが、もちろん街のど真ん中も地価が高い。

 札幌駅周辺は新幹線の関係でで開発中で、新しいマンションも建設中だ。当然そこも一等地になる。

 加えてすすきのから中島公園に至る場所は歓楽街に近いが、セキュリティさえしっかりすれば交通の便もいい。

「た……高くなかったです? マンションですか?」

「んーん? 5LDK+Sの一軒家。中古で三億円ぐらいだよ。街中だから便利だし、妥当な値段じゃない?」

「さんっ……」

 告げられた値段に、思わず目の前がクラクラする。

 彼らはまるで「ホームセンターで自転車を買った」ように言う。

(……つ、ついていけない……)

 いまだに彼らの金銭感覚に慣れず、香澄は両手で顔を覆う。

「札幌ってミュンヘンと似た緯度だし、あそこに住むのもアリかもよ? 東京って夏は地獄だし」

「……なるほど」

 クラウスに言われ、マティアスはスマホで検索し始める。
 それを見て香澄は頷く。

「確かに、夏場に住みやすいのは札幌かもしれませんね。近年の夏の暑さは北国だから涼しいなんて言えませんが、湿度は低めだと思います。でも東京ほど都会ではないですし、冬は雪が積もりますから、メリットだけとは言えません」

 香澄の意見にマティアスは「確かに」と頷く。

「問題は仕事だよねー。マティアスなら何でもできるだろうけど、何の仕事ならできる? 資産はあるから投資家続けてく?」

 アロイスに尋ねられ、マティアスが応える。

「今まで秘書一本だったからな。秘書業ならできるし、通訳も可能だ。エミリアは名だけの社長だったから、統括作業は俺がほとんどやっていた。だからある程度の事はできると自負している」

 すごいなぁ、と素直に思いながら、香澄はマティアスが日本で就ける職はないか考え始める。
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