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第十六部・クリスマス 編
香澄は、最初の位置から動いてないよ
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壁には高級そうな絵画が掛かっていて、大きな鏡がついた手洗いも独立してついている。
棚にはステンドグラスのランプがあり、小さめの観葉植物も置かれてあった。
香澄はひとまず用を足して手を洗い、鏡で自分の顔をぼんやりと見た。
(……さっき目を擦ったから、マスカラ落ちてる)
洗面所にあるティッシュを濡らし、ちょいちょいと目の下を擦ると何とか見られる顔になり、ホッと息をつく。
手洗いを出てリビングに向かうと、セーターにジーンズという格好をした双子が「おかえり」と笑いかけてくれた。
二人はいつも通り、シンプルながら質のいい服を着ている。
セーターはアロイスがカーキ色、クラウスがネイビーだ。
マティアスはキッチンで冷蔵庫を覗いている。
「カスミ、ここ座りなよ」
アロイスが言い、ポンポンと高級そうなソファの座面を叩く。
リビングダイニングは何十畳もありそうで、香澄は贅をこらした内装を見てボーッとしていた。
「カスミ、オレンジジュースを飲めるか?」
が、マティアスに尋ねられ、ハッと我に返る。
「あ、はい! いただきます」
「その前にとりあえず、水をたんまり飲ませたほうがいいよ」
「そうだな」
双子の言葉を聞いて「なぜお水?」と思った時、窓の外がとっぷりと暮れているのにようやく気づいた。
「あれっ? えっ? 夜!? 嘘! 私、仕事……」
「まぁまぁ、タスクならそのうち来るから安心しなよ。ちゃんと報告しておいたから」
アロイスが香澄の肩に手を置き、ポンポンと軽く叩いてくる。
「ほ、本当ですか? こ、ここ、どこでしょうか?」
混乱した香澄は、眼下に広がる摩天楼を見ても、いまだどこにいるか分かっていない。
「どこって……」
アロイスはクラウスと顔を見合わせ、にんまりと笑った。
そしてサウンドスピーカーかと思うほどピッタリ息を合わせ、答えた。
「「香澄は、最初の位置から動いてないよ」」
**
香澄を助けたマティアスは、彼女を抱いてTMタワーに向かった。
双子の提案で予定より早く日本入りしたマティアスは、ホテルに荷物を置き、一人でぶらりと佑の自社ビルを見学しにきた。
佑とは因縁があるのだが、今回は彼の家に世話になる。
そうなるよう提案してくれたのは香澄だ。
彼女には多大な迷惑をかけてしまったのに、縁を切らず許してくれた。
佑は香澄を溺愛している。
今回の滞在に関する連絡で特に何も言われていないが、佑が香澄に頼まれて折れ、自宅に招待してくれたのは間違いない。
彼が自分への悪感情より香澄を優先しているなら、自分もそれに倣い、楽しく過ごせるよう努力しなければと思っている。
マティアスにも訪日した際に行きたい所はあったが、まずは佑がどんなビジネスを展開しているか見に行こうと思った。
佑と知り合ったのはドイツで、今まで何度か顔を合わせていたのもヨーロッパがメインだ。
彼が手広く事業をしていると聞いていたものの、実際その仕事ぶりを目にしていなかったので興味があった。
勿論ドイツにもChief Everyの店舗はあるし、CEPが世界的に有名なハイブランドなのも知っている。
だがドイツにいるマティアスにとってのChief Everyは、〝有名な店〟というだけだ。
だから日本にある自社ビルを訪ね、佑がどれだけ立派な男なのか、この目で確認したいと思っていた。
あと少しでTMタワーに差し掛かるという時、いきなり目の前のコーヒーショップから外国人の男二人がでてきた。
普通なら気にも留めなかったが、男の一人が香澄を背負っていたのは見逃せなかった。
――これは誘拐の瞬間だ。
理解したあとは、何も考えず体が動いた。
あれだけ可哀想な目に遭った彼女を、これ以上の悲劇に見舞わせてはいけない。
自分には、彼女が幸せになるのを見守る義務がある。
相手の力量を知らず立ち向かうのは、愚の骨頂だ。
だが対峙してすぐ、相手がただのゴロつきレベルだと理解した。
すぐ冷静になったマティアスは、相手の動きを見きって急所に重たい一撃を叩き込み、即座に黙らせた。
実戦では、いかに相手を早く沈黙させるかに限る。
本当は誰が香澄を誘拐するよう命令したのか、聞き出したかった。
だが今は自分しかいないので、まずは香澄の身の安全を確保するのを優先し、男たちの顔を写真に収めてその場を立ち去ったのだった。
棚にはステンドグラスのランプがあり、小さめの観葉植物も置かれてあった。
香澄はひとまず用を足して手を洗い、鏡で自分の顔をぼんやりと見た。
(……さっき目を擦ったから、マスカラ落ちてる)
洗面所にあるティッシュを濡らし、ちょいちょいと目の下を擦ると何とか見られる顔になり、ホッと息をつく。
手洗いを出てリビングに向かうと、セーターにジーンズという格好をした双子が「おかえり」と笑いかけてくれた。
二人はいつも通り、シンプルながら質のいい服を着ている。
セーターはアロイスがカーキ色、クラウスがネイビーだ。
マティアスはキッチンで冷蔵庫を覗いている。
「カスミ、ここ座りなよ」
アロイスが言い、ポンポンと高級そうなソファの座面を叩く。
リビングダイニングは何十畳もありそうで、香澄は贅をこらした内装を見てボーッとしていた。
「カスミ、オレンジジュースを飲めるか?」
が、マティアスに尋ねられ、ハッと我に返る。
「あ、はい! いただきます」
「その前にとりあえず、水をたんまり飲ませたほうがいいよ」
「そうだな」
双子の言葉を聞いて「なぜお水?」と思った時、窓の外がとっぷりと暮れているのにようやく気づいた。
「あれっ? えっ? 夜!? 嘘! 私、仕事……」
「まぁまぁ、タスクならそのうち来るから安心しなよ。ちゃんと報告しておいたから」
アロイスが香澄の肩に手を置き、ポンポンと軽く叩いてくる。
「ほ、本当ですか? こ、ここ、どこでしょうか?」
混乱した香澄は、眼下に広がる摩天楼を見ても、いまだどこにいるか分かっていない。
「どこって……」
アロイスはクラウスと顔を見合わせ、にんまりと笑った。
そしてサウンドスピーカーかと思うほどピッタリ息を合わせ、答えた。
「「香澄は、最初の位置から動いてないよ」」
**
香澄を助けたマティアスは、彼女を抱いてTMタワーに向かった。
双子の提案で予定より早く日本入りしたマティアスは、ホテルに荷物を置き、一人でぶらりと佑の自社ビルを見学しにきた。
佑とは因縁があるのだが、今回は彼の家に世話になる。
そうなるよう提案してくれたのは香澄だ。
彼女には多大な迷惑をかけてしまったのに、縁を切らず許してくれた。
佑は香澄を溺愛している。
今回の滞在に関する連絡で特に何も言われていないが、佑が香澄に頼まれて折れ、自宅に招待してくれたのは間違いない。
彼が自分への悪感情より香澄を優先しているなら、自分もそれに倣い、楽しく過ごせるよう努力しなければと思っている。
マティアスにも訪日した際に行きたい所はあったが、まずは佑がどんなビジネスを展開しているか見に行こうと思った。
佑と知り合ったのはドイツで、今まで何度か顔を合わせていたのもヨーロッパがメインだ。
彼が手広く事業をしていると聞いていたものの、実際その仕事ぶりを目にしていなかったので興味があった。
勿論ドイツにもChief Everyの店舗はあるし、CEPが世界的に有名なハイブランドなのも知っている。
だがドイツにいるマティアスにとってのChief Everyは、〝有名な店〟というだけだ。
だから日本にある自社ビルを訪ね、佑がどれだけ立派な男なのか、この目で確認したいと思っていた。
あと少しでTMタワーに差し掛かるという時、いきなり目の前のコーヒーショップから外国人の男二人がでてきた。
普通なら気にも留めなかったが、男の一人が香澄を背負っていたのは見逃せなかった。
――これは誘拐の瞬間だ。
理解したあとは、何も考えず体が動いた。
あれだけ可哀想な目に遭った彼女を、これ以上の悲劇に見舞わせてはいけない。
自分には、彼女が幸せになるのを見守る義務がある。
相手の力量を知らず立ち向かうのは、愚の骨頂だ。
だが対峙してすぐ、相手がただのゴロつきレベルだと理解した。
すぐ冷静になったマティアスは、相手の動きを見きって急所に重たい一撃を叩き込み、即座に黙らせた。
実戦では、いかに相手を早く沈黙させるかに限る。
本当は誰が香澄を誘拐するよう命令したのか、聞き出したかった。
だが今は自分しかいないので、まずは香澄の身の安全を確保するのを優先し、男たちの顔を写真に収めてその場を立ち去ったのだった。
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