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第十六部・クリスマス 編

第十六部・序章2 河野の趣味

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「そうです。とてもいい噂を聞いていましたし、若い会社ですがその勢いに今後の人生を託したいと思いました。社長はメディアにも露出している有名人で、あの通り顔がいいでしょう? 凄まじい陽キャかと思って最初は怯みましたが、最近はどちらかというと陰キャだと分かって安心しています」

 河野の口から陽キャだの陰キャだのがでて、香澄は目をまん丸にしている。

(佑さん、陰キャか……。私に関する事に対してネガティブになるし、そうなのかな)

 そして河野も松井と同じように、佑の扱いが少し雑で、ちょっと笑ってしまいそうになる。

「最初、赤松さんも前の会社の第三秘書のように、社長をたぶらかす魔性の女なのかと思って、牽制してしまったんです。だから今さらですが、態度が悪かった事を詫びたいと思いました」

 彼が謝りたいと言った理由を聞き、納得する。

「なるほど。……いや、確かにあの時ちょっとムッとして言い返してしまいましたが、河野さんの仰った事は間違えていなかったです。今は、あの時に河野さんが仰ったように、適材適所で効率よく仕事ができているので、それでいいんじゃないでしょうか?」

 当時は、秘書としての力量がないと言われたように感じてしまった。

 しかしそれは一人で何役もこなそうとした場合の話だ。

 今は松井がブレーンになり、河野がアクティブな仕事を請け負い、香澄が補助をして、それぞれの役割を果たせている。

 初対面の時にムッとしたのは事実だが、今は河野の人となりに慣れたし、彼の仕事ぶりを認めている。

 逆に自分が迷惑を掛けてばかりで、申し訳ないほどだ。

「なら良かったです。いや、『赤松さんなら許してくれるだろうな』という打算があったので、後出しじゃんけんをしたんですが」

 やはり河野は言葉を濁さない。
 だが、そういうところが逆に信用できると思っていた。

「ちょっとやそっとの事で怒らないようにしてます。怒るのってエネルギー使うから、嫌なんです」

 あはは、と笑うと河野は感心したように頷く。

「赤松さんって本当に、おおらかな道産子って感じですよね。何かあると気にする繊細さはあるんですが、そのうち悩むのが面倒になって『まぁいいや』って開き直る図太さがあるというか」

「もうちょっとオブラートに包んでもいいですよ」

 香澄は突っ込んでからクスクス笑い、続きを言う。

「や、褒め言葉と思っておきます。私は地元が大好きですし、大らかって言われたら喜んじゃいます。色々気にしちゃうタイプですが、できるだけ平和に生きていきたいなー、と思っているので、平和的って言ってもらえると嬉しいですよ」

「……はぁ。怒ってなくて良かったです」

 河野は胸を撫で下ろし、コーヒーに口をつける。

「因みにあの時、私が出したスコーンを食べなかったのは?」

「ああ、すみません。僕、スコーン苦手なんです。ずっと昔に口の水分を奪われて、死にかけた事があって」

「ぜひ紅茶と一緒にお召し上がりください」

 思わず突っ込んで笑ったあとは、わだかまりがなくなって気分が良くなっていた。

「河野さんって、ちょっととっつきにくいなって思っていたので、腹を割って話せて良かったです。これからも宜しくお願いしますね。私は第二秘書ですが、年齢で言えば年下ですし」

「とっつきにくいとは、よく言われます。僕は趣味を中心に生きているので、他の付き合いでは、なるべく深く関わらないようにしているんです」

(あ)

 ずっと気にしていた彼の趣味の事になり、「聞くなら今だ」と思った。

「あの、河野さんの趣味ってなんです?」

「言っていませんでしたっけ? 地下アイドルを追いかけて応援しています。オタ芸も年季が入っていますよ。ちなみに先日腰痛だったのは、ライブではっちゃけ過ぎて痛めてしまったんです。その節はご迷惑をお掛けしました」

(おお……)

 まさか河野の口から〝地下アイドル〟がでると思わず、香澄は一瞬固まる。

(いや、意外性があって面白い)

 けれど人の趣味はそれぞれだと思い、うんと頷く。

「あの光る棒を持って応援するんですか?」

「サイリウムですね。各色取りそろえていますよ。何なら、推しのTシャツも着ています」

「推し……」

 その言葉は、アイドルが好きな友達がよく使うので、香澄も知っている。

「休憩時間も、大体推しの画像や動画、SNSやブログを見て過ごしていますね。なので他の事に時間を割けないですね。彼女ができない理由にも繋がるんですが、逼迫するほど恋人がほしいと思っていませんし、今のところ結婚願望もあまりないです。自分が充実する事を優先して、あとから後悔はしないと決めています。……まぁ、いたらいいなとは思いますが」

 ここで初めて河野に彼女がいないと分かり、彼が普通の事を気にしているのにどこか安心する。
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