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第十五部・針山夫婦 編

このまま、明日にならなきゃいいのに

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「それに、昔の人に香澄を見られたくない」

 もそ……と佑の手が香澄のお尻に這い、指を食い込ませてくる。

「『私の事は遊びだったのね!』って昼ドラが始まるから?」

「っはは。それもあるけど、万が一香澄に何かあったら嫌だからだよ」

「んー……。それはない……とは言えないから……。……うん、ありがとう」

 佑がとても魅力的なのは、香澄が一番分かっているつもりだ。

 荒れていた頃の佑が、どんなふうに女性と付き合っていたかは分からない。

 弄ばれたとしても、佑のような男性を嫌いになる女性は少ないと思う。
 つきまとうとしても、「また好きになってほしい」という願望を持っているだろう。

 今、佑は自分に一途でいてくれると信じている。

 けれど自分の知らないところで、彼を想っている女性は大勢いると思っていた。

 陰でアプローチをして玉砕した人もいるだろうし、〝大人の付き合い〟と言ってワンナイトを狙っている人の存在も否めない。

 結婚は今年の六月と決めていても、佑はまだ独身だ。

 いつどんな問題が起こるか分からないし、いざとなったら香澄一人に手に負えるか分からない。

 香澄は誰かが自分と同じものを求めていたら、遠慮して身を引くタイプだ。

 だが佑だけは譲るつもりはない。

 しかし何人いるか分からないライバルと、ドロドロした戦いを繰り広げられるかと言われると、自信がない。

 争うのは苦手だし、誰かに憎まれるのも嫌だ。

 加えて、他人を蹴落として平気でいられるタイプでもない。

 誰かを傷つける事だって、心に負担を負う。

 中には平気で他人を傷つける人もいるが、ほとんどの善良な人は、誰かを傷つけたあとは罪悪感を抱くものだ。

 だから争いが起こらないよう、佑が配慮してくれているのはありがたかった。

「私、佑さんと一緒だったら、どんなお店でもいいよ。立ち飲み屋さんでもいい」

「っはは。立ち飲み屋は俺も二十代前半の頃に通ってたな。遅くまで仕事をしたあとに、ビールを流し込んで唐揚げとか枝豆を食べるのが好きだった」

「やだ。普通の飲み方もしてるんじゃない」

 高級店ばかりだと思っていたので、つい突っ込みを入れて笑う。

「でも、段々金のかかる店に行きたがるようになったかな」

 彼の言葉を聞き、香澄は首を傾げる。

「当たり前だと思うけどな。私だって社会人になったら、買う物の値段や行くお店が変わったもの。初任給で両親を回らないお寿司屋さんに連れて行ったって話はしたでしょ? 『高いお店はやっぱり美味しいな』って思ったし、食べる事が好きだから、たまにの贅沢でいいお店に行くのが楽しみになった」

 香澄の話を、佑は微笑んで聞いてくれる。

「大人になってお金を持ったら、買い物や行くお店のレベルが上がるのは当たり前だよ。お財布の紐を締めるのは大事だけど、いつまでも学生気分じゃいられない。自分に投資して、いい物を持ち、知れるのは大人ならではかな。それで話題が広がって仕事に繋がる事だってあるし」

「確かに、そういうのは正しい金の使い方だと思う」

 微笑んだあと、佑は苦笑いする。

「俺が言いたかったのは、香澄が考えるより大きい額の買い物をしてたから……かな」

「あー、なるほど。お姉さんのいるお店とか言ってた?」

 冗談めかして言うと、佑は自嘲するように言う。

「名店ばかり行ってたな。自社ビル内の家の他にも、タワマン買って、国内海外で土地を買って、車を集めたしクルーザーとか買い始めて……」

「ああ……。確かにそれは桁が違う……」

 それが〝世界の御劔〟に繋がっているのだと思うと、生ぬるい笑いが漏れる。

「心の底に、クラウザー一族の中で、うちだけ日本にいるっていうコンプレックスがあったんだと思う。若い頃はコンプレックスだらけだったな。だから成金みたいな金の使い方をしてたんだと思う」

 吐露された言葉を聞き、尋ね返す。

「そっか……。今は……コンプレックスない?」

「ん、人と比べるのはやめたかな。今はあっちの一族の事を『城の維持や、家柄のしがらみで大変そうだな』って思ってる」

「んふふ、他人事」

「そう。他人事」

 佑はまた香澄の額に口づけ、肩口に顔を埋めてスゥーッと匂いを嗅いできた。

「……このまま、明日にならなきゃいいのに」

「んー? 何それ。明日は日曜日だから、二人でゆっくりできるよ?」

 香澄はよしよしと佑の髪を撫で、サラリとした髪質を楽しむ。

「週末の夜って特別な感じがしないか? 好きな事にどっぷり嵌まって、明日の朝なんてこなきゃいいのにって思う」

 佑の言葉を聞き、香澄は学生時代を思いだして笑う。
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