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第十五部・針山夫婦 編

香澄ちゃんのお陰よ

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「はい。頼りにしています」

 その言葉を聞いて美鈴はにんまりと笑った。

「いいわねぇ。『頼りにしてます』って。私、人に頼られるの大好きなの。勿論、私が気に入った女の子限定だけど」

 パチンとウインクをされ、香澄は「光栄です」と笑った。
 りらはまだ眠っているのでソファに戻り、コーヒーを飲む。

「美鈴さんと何の話をしてたんだ?」

 気にする佑に答える前に、美鈴がムフフと笑って意地悪を言う。

「ひみつー。佑くんには教えてやんない」

 仏頂面になる佑を見て、香澄は「あああ……」と頭を抱える。

「あの、女性同士のたわいのないお話だから大丈夫だよ?」

「香澄。帰ったら〝話〟をしようか」

「ウウ……」

 美鈴相手に真剣に妬いている佑は通常営業だ。

「佑くんは香澄ちゃんが相手になると、途端に頭悪くなるのねぇ。頭のいい大学を出たはずなのに」

 呆れた美鈴の言葉に、出雲が付け加える。

「『それはそれ、これはこれ』だろ。どんな男でも、好きな女が絡むと残念になるんだよ」

「あのなぁ、二人して俺をなんだと思ってるんだ」

 脚を組んで溜め息をつき、佑はコーヒーを飲む。

 そんな彼を見て、出雲は軽快に笑って言う。

「気持ちは分かるけどな。俺も美鈴とりらの事になったら、余裕かましてられなくなると思うし」

 出雲の言葉を聞いて、夫婦愛、家族愛を目の当たりにした気がした。

 大人しくカフェオレを飲む香澄を見て、出雲は苦笑いする。

「香澄ちゃんは想像つかないかもしれないけど、佑って今までつっこみ所のない男だったんだよ。こんなふうに女の子に執着する事はなかったし、悪く言うと面白みがなかった。人となりを一言で言い表すなら〝一人ブラック企業の社畜〟だね。それがこんなにも一人の女の子に嵌まって、普通の男みたいに感情を表すもんだから面白くて。からかいすぎた時は、さすがに悪いなと思うけど。一応」

「一応かよ」

 佑がガクリと項垂れたので、香澄はクスクス笑った。

「そんな佑さん想像できません。私が知っているのは優しくて大人で、焼きもち妬きだけど、愛情深い人なので……」

 香澄の言葉を聞き、美鈴は優しく笑う。

「だから私たちは嬉しく思ってるのよ。前の佑くんは一緒に飲んでいても、愛想程度にしか笑わない人だった。彼が今こうなれたのは、香澄ちゃんのお陰よ」

 何もしていないのに凄い事のように言われ、恐縮しきってしまう。

「……そうでしょうか……」

 呆然としたまま呟く香澄を、佑が抱き寄せた。

「そうだよ」

 彼は優しく笑いかけ、額に唇を押しつけてきた。
 そんな親友を見て、出雲がにんまり笑った。

「本気で恋愛をすると色んな感情を味わう。数年前のお前に教えてやりたいな?」

 言われて、佑は苦笑する。

「そうだな。数年前の俺はこんな恋をするなんて思ってもみなかった。一生仕事中心に生きて、……悪く言えば、女性を適当につまんでいくのだと思ってた」

 彼の言葉を聞いても、過去を教えてもらったあとなので、今さら嫉妬はしない。

 美鈴はそんな佑を満足げに見て笑う。

「芸能界の子は『最近の御劔社長は見込みゼロになった』って嘆いてるわね。ま、一部の残念な子は、まだ望みがあると思ってるみたいだけど」

 妻の言葉を聞いて、出雲がうんうんと頷く。

「そういう女の子いるよな。俺も社員にいまだに色目使われる」

 美鈴は口を滑らせた出雲をギロリと睨む。
 睨んだあと、彼女はノンカフェインティーを飲み干して香澄に微笑みかけた。

「まぁそんな訳で、佑くんと付き合いの長い私たちからお願い。彼を宜しくね。もう香澄ちゃん以外を好きになれないだろうから。『可哀想な男だなー』と思って、重たい愛情や嫉妬も受け止めてあげてほしいの。その代わり、欲しい物があったら何でも買ってくれると思うから」

 美鈴は先ほど「まだ引き返せる」的な事を言っていたが、今度は佑に愛想を尽かさないでくれと〝お願い〟をしてくる。
 心変わりをしたというより、試されたような気がした。

「はい」

 佑の親友に受け入れてもらえたのだと思い、香澄はニッコリ笑う。
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