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第十五部・針山夫婦 編

〝その時〟が来たら何でも相談して

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「佑くんって、いっちばん大切な人の誕生日しか覚えないタイプでしょ」

「……確かに、覚えているのは香澄と家族、親友ぐらいかな。残りはスケジュールアプリに頼ってる」

 失礼な事を堂々と答える佑に、香澄はハラハラする。
 だが美鈴は〝ネタ〟として悔しがるだけで、本気で悲しんでいない。

 その軽快なやり取りを楽しく思うと共に、美鈴の天性の明るさを少し羨ましく思った。

 魚料理は鮃のクリーム仕立てがだされ、メインのステーキがやってきた。

 佑と出雲はシャトーブリアンで、香澄と美鈴はサーロインだ。

「香澄ちゃん、250グラムあるけど、大丈夫?」

「はい、以前350グラムを食べたので大丈夫です!」

 鉄板の上でジュウジュウと音を立てるステーキに食欲を刺激されながら、香澄はバカ正直に受け答えた。

「すごい! いけるクチじゃない! 私も肉大好きなの! 今度、肉デートしましょう!」

 はしゃぐ美鈴を見て、佑はムスッとしながらステーキにナイフを入れる。

「おいおい、佑。大人げないな。美鈴は女なんだからデートぐらいいいじゃないか」

 揶揄する出雲に言い返さず、佑は一口大に切った肉を口に入れた。

「香澄ちゃん、ご飯はお茶碗だから自由に食べてね。おかわりも自由!」

「はい!」

 ステーキを出されたあと、高級そうな焼き物の茶碗に、ホカホカと湯気を立てる白米が盛られてだされた。

 ライスをフォークの背にのせて食べるのが苦手なので、その配慮がありがたかった。

「私、モリモリ食べる女の子好きよぉ。小食ぶってお上品ぶる女、基本的に嫌いなのよ。あと健康志向でオーガニックとかヴィーガンとか言い出す女。一生グリーンスムージーと大豆で生きてけっての」

 美鈴は舌打ちでもしそうな顔をしながら、やはり上品にステーキを切り口に入れる。

 香澄もフォークとナイフで肉を切り、サーロインステーキを口に入れた。

「んんー!」

(とろける~!)

 すぐに口の中でなくなってしまいそうで、肉の味が口から消えてしまわないうちに白米を食べる。
 罪深いが、脂と炭水化物のコンボはやめられない。

「美味しい? 香澄ちゃん」

「はい、とっても美味しいです」

 心の底からの笑みを浮かべて頷くと、美鈴はうんうんと嬉しそうに頷き返した。

「やっぱりご飯は、美味しく食べてくれる女の子にご馳走してなんぼねぇ」

「それは同感。野郎に驕っても楽しくないよな」

 もっもっと食事を続ける香澄を見ながら、美鈴と出雲は会話を続ける。

「ちょっと出雲、誰か女の子にご馳走してるの?」

「浮気はしてないって」

 雲行きが怪しくなると美鈴は鼻の頭に皺を寄せ、怒った犬のような顔をする。
 だがそれもすぐ収まり、ケロリとして食事を続けた。

「まぁ、信じるわ。あんたそれほど器用に見えないし」

 それを聞いて出雲は胸を撫で下ろし、香澄も一緒に安心する。

 夫婦漫才を聞いて苦笑いした佑が、遠回しに出雲の味方をした。

「出雲は俺が見張ってる。何かあったら報告するから安心してくれ」

「任せたわ、佑くん」

 頷き合う佑と美鈴を見た出雲はがっくりと項垂れ、香澄はクスクス笑った。

 ステーキを白米と一緒にペロリと平らげたあとは、粒の大きなしじみの味噌汁と京都の漬物が出た。

 それまではフレンチ仕立てだったが、美鈴が「お肉とご飯のあとはこれよね!」と言うので深く納得してしまった。

 デザートにはラ・フランスのコンポートにヨーグルトのソルベ、ブランマンジェがだされた。

 後片付けは料理人に任せて、香澄は美鈴と一緒にまたりらの様子を見にいった。

「よく寝ていますね」

 小声で言った香澄に、美鈴が微笑む。

「りらはおっぱい飲んだら、三、四時間はぐっすり寝てくれるわね。一時間くらい起きておっぱい飲んで寝て……の繰り返しね。個人差があるみたいだけど、うちの子はよく寝る子みたいで助かってるわ」

「そうなんですね。……その、変な事聞きますけど、出産の時痛かったですか?」

 一番気になっていた事を尋ねると、美鈴は首を傾げた。

「そりゃあねぇ……。スルッと生む人もいるけど、基本的に初産ほど苦しいみたい。私の友達の中には、いきみすぎて顔の毛細血管が切れた子もいたわね。会陰を切るのはあるあるだし」

 妊娠する前に先輩に話を聞こうと思ったが、やはり個人差があるようだ。

 黙っていると、美鈴が香澄の髪を撫でてきた。

「〝その時〟が来たら何でも相談して? 私とすべて同じじゃないかもしれないし、お医者さんに相談したほうがいい時もある。でもママ友になる私だから言える事もあると思う。佑くんはいい旦那さんになってくれると思うけど、男の人だし、香澄ちゃんの不安を察するしかできないと思う。男性には言いにくい事もあるだろうし、好きな人だからこそ言えなくてストレスが溜まる事もある。そういう時はいつでも連絡してね。その時にはこの子も大きくなってるだろうし、車かっ飛ばしていくから」

 頼もしい言葉を聞いて香澄は微笑んだ。
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