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第十五部・針山夫婦 編
後悔していません
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「……なので本当は佑さんにスカウトされても、信じていいか分からなくて迷っていました。でも、信じたくもあったんです。有名な人なら、一般人を騙さないんじゃないかなって思いましたし、いつまでも男性を疑って生きるのも嫌でした。秘書として働くなら、まず恋愛は切り離して考えて、人生のステップアップとして考えるならアリかな……と」
前向きに答えると、隣にいる佑が安堵して息をつく。
それとは対照的に、出雲がケラケラと笑った。
「思い切ったな? かなりの大バクチだったと思うけど」
続けて美鈴も辛辣に言う。
「そうね。佑くんが顔とお金だけのクソ野郎だったら、香澄ちゃん今頃どうなっていた事か……」
二人にくそみそに言われ、佑は苦々しい顔になる。
針山夫婦はあえて明るい雰囲気にしてくれているのだと思い、香澄は微笑んだ。
「私、変わりたかったんだと思います。札幌での平穏な日々は、確かにかけがえのないものでした。でも佑さんに出会って『この人の手を取ったら、人生が面白くなるかもしれない』ってドキドキしたんです」
佑がまた、隣で安堵したように息をついて笑った。
「私は安定した人生を望んでいます。今だって生活は、もっとささやかでいいと思うぐらいです。でも男性に限っては、どんな人が運命の相手か分かりません。『毎日の生活で顔を合わせる人と結ばれるのが、平穏な生活を送る鍵だ』と思っても、意外と遠くにいる人と気が合うかもしれない。もしかしたら外国人と意気投合するかもしれない。結婚相手に限っては、正解なんて分からないんです。だから、思い切って佑さんの手を取りました」
言ってから、香澄は不安げに佑を見る。
へたをすれば失礼な事を言ったかもしれないと思ったが、佑は平然としていた。
「俺も一般女性に『同棲前提で秘書になってほしい』と頼むなんて、狂気の沙汰だと自覚していた。普通の感覚の人なら、まず断わると思ってた。出雲の言うとおりバクチみたいなものだ。だから俺を選んでくれた香澄に、心底感謝してる。……まぁ、頷いてくれるまで口説き落とすつもりだったけど」
最後にボソッと呟いた言葉を聞いて、「ヤンデレだよ」と出雲と美鈴が顔を見合わせて笑った。
「で、香澄ちゃんは後悔してないの?」
再度美鈴に問われ、香澄はスッキリとした表情で頷いた。
長々話していたが、話しているうちに気持ちが固まった。
「していません。すべての男性が元彼のようではないと、今では分かっています。私は佑さんと出会ってしまいました。私をこの上なく愛してくれて、大切にしてくれる。私に何かがあったら、自分の事のように怒って悲しんでくれる。そんな人には、もう二度と出会えません。人生って、タイミングや見極めが大事だと思います。自分で『これ!』と決めたからには、決断に責任を持って後悔せず突き進む。だから〝もしかしたら〟を惜しんで佑さんを手離そうなんて思いません」
言ってから、香澄は佑の手をギュッと握り返して微笑んだ。
佑は満足そうに笑い、香澄の肩を抱き寄せて頬にキスをする。
「もう文句は言わせないぞ」
どや顔で言う佑が可愛く、香澄はつい笑ってしまった。
つられて出雲と美鈴も笑い、ひとしきり収まったあと、美鈴が涙を拭って言う。
「ごめんね。別に佑くんにケチをつけたかったんじゃないの。それは謝るわ。ただ、結婚って後戻りができないから、お節介を焼きたくなったのよ」
「……本当に大きなお世話だよ」
佑は大きな溜め息をつき、ハイボールを口にする。
「ごーめーんーねーってば。ほら、いいお肉用意したから、たっぷり食べて! 佑くんは最近脂がきついって言ってたから、シャトーブリアンにしたわ。香澄ちゃんはまだ若いから、サシの入ったのでもいけるわよね?」
「はい! 何でも食べます!」
思わず頷いた香澄の肩を、反対側から美鈴がガシッと抱く。
「いーい返事! いまどきの女の子はガツガツ肉食べないと!」
その時、料理人の一人がこちらにやって来て「奥様、順次お出しできるよう、整いました」と報告をした。
「よし! 食べましょう! 皆テーブルについてて。私はちょっとりらの様子見てくる」
そう言って美鈴はベビーコーナーに向かい、香澄たちはダイニングテーブルに向かった。
何せ五十畳はあるリビングダイニングなので、ダイニングテーブルへの移動も、部屋から部屋へぐらいの距離に思える。
天板が大理石でできているテーブルの上には、すでにテーブルセットがされている。
美しい模様が描かれたウェルカムプレートの両側にはカトラリーが並び、右斜め前にはグラスが複数個置かれてあった。
赤い花で統一された卓上花もあり、ガラスの器の中には水に浮いたキャンドルがあってムードを増している。
ナプキンをリングから外して膝の上にのせた時、美鈴が戻ってきた。
「お待たせ! じゃあ乾杯しましょ。あのシャンパンは……よし、出てるわね」
彼女が着席すると、出雲がシャンパンのボトルをオープナーで開けた。
今年も一年、ありがとうございました。
明日からも変わらず更新していきますが、ひとまずお礼を。
いつも皆様の存在、ご感想に生かされています。
前向きに答えると、隣にいる佑が安堵して息をつく。
それとは対照的に、出雲がケラケラと笑った。
「思い切ったな? かなりの大バクチだったと思うけど」
続けて美鈴も辛辣に言う。
「そうね。佑くんが顔とお金だけのクソ野郎だったら、香澄ちゃん今頃どうなっていた事か……」
二人にくそみそに言われ、佑は苦々しい顔になる。
針山夫婦はあえて明るい雰囲気にしてくれているのだと思い、香澄は微笑んだ。
「私、変わりたかったんだと思います。札幌での平穏な日々は、確かにかけがえのないものでした。でも佑さんに出会って『この人の手を取ったら、人生が面白くなるかもしれない』ってドキドキしたんです」
佑がまた、隣で安堵したように息をついて笑った。
「私は安定した人生を望んでいます。今だって生活は、もっとささやかでいいと思うぐらいです。でも男性に限っては、どんな人が運命の相手か分かりません。『毎日の生活で顔を合わせる人と結ばれるのが、平穏な生活を送る鍵だ』と思っても、意外と遠くにいる人と気が合うかもしれない。もしかしたら外国人と意気投合するかもしれない。結婚相手に限っては、正解なんて分からないんです。だから、思い切って佑さんの手を取りました」
言ってから、香澄は不安げに佑を見る。
へたをすれば失礼な事を言ったかもしれないと思ったが、佑は平然としていた。
「俺も一般女性に『同棲前提で秘書になってほしい』と頼むなんて、狂気の沙汰だと自覚していた。普通の感覚の人なら、まず断わると思ってた。出雲の言うとおりバクチみたいなものだ。だから俺を選んでくれた香澄に、心底感謝してる。……まぁ、頷いてくれるまで口説き落とすつもりだったけど」
最後にボソッと呟いた言葉を聞いて、「ヤンデレだよ」と出雲と美鈴が顔を見合わせて笑った。
「で、香澄ちゃんは後悔してないの?」
再度美鈴に問われ、香澄はスッキリとした表情で頷いた。
長々話していたが、話しているうちに気持ちが固まった。
「していません。すべての男性が元彼のようではないと、今では分かっています。私は佑さんと出会ってしまいました。私をこの上なく愛してくれて、大切にしてくれる。私に何かがあったら、自分の事のように怒って悲しんでくれる。そんな人には、もう二度と出会えません。人生って、タイミングや見極めが大事だと思います。自分で『これ!』と決めたからには、決断に責任を持って後悔せず突き進む。だから〝もしかしたら〟を惜しんで佑さんを手離そうなんて思いません」
言ってから、香澄は佑の手をギュッと握り返して微笑んだ。
佑は満足そうに笑い、香澄の肩を抱き寄せて頬にキスをする。
「もう文句は言わせないぞ」
どや顔で言う佑が可愛く、香澄はつい笑ってしまった。
つられて出雲と美鈴も笑い、ひとしきり収まったあと、美鈴が涙を拭って言う。
「ごめんね。別に佑くんにケチをつけたかったんじゃないの。それは謝るわ。ただ、結婚って後戻りができないから、お節介を焼きたくなったのよ」
「……本当に大きなお世話だよ」
佑は大きな溜め息をつき、ハイボールを口にする。
「ごーめーんーねーってば。ほら、いいお肉用意したから、たっぷり食べて! 佑くんは最近脂がきついって言ってたから、シャトーブリアンにしたわ。香澄ちゃんはまだ若いから、サシの入ったのでもいけるわよね?」
「はい! 何でも食べます!」
思わず頷いた香澄の肩を、反対側から美鈴がガシッと抱く。
「いーい返事! いまどきの女の子はガツガツ肉食べないと!」
その時、料理人の一人がこちらにやって来て「奥様、順次お出しできるよう、整いました」と報告をした。
「よし! 食べましょう! 皆テーブルについてて。私はちょっとりらの様子見てくる」
そう言って美鈴はベビーコーナーに向かい、香澄たちはダイニングテーブルに向かった。
何せ五十畳はあるリビングダイニングなので、ダイニングテーブルへの移動も、部屋から部屋へぐらいの距離に思える。
天板が大理石でできているテーブルの上には、すでにテーブルセットがされている。
美しい模様が描かれたウェルカムプレートの両側にはカトラリーが並び、右斜め前にはグラスが複数個置かれてあった。
赤い花で統一された卓上花もあり、ガラスの器の中には水に浮いたキャンドルがあってムードを増している。
ナプキンをリングから外して膝の上にのせた時、美鈴が戻ってきた。
「お待たせ! じゃあ乾杯しましょ。あのシャンパンは……よし、出てるわね」
彼女が着席すると、出雲がシャンパンのボトルをオープナーで開けた。
今年も一年、ありがとうございました。
明日からも変わらず更新していきますが、ひとまずお礼を。
いつも皆様の存在、ご感想に生かされています。
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