941 / 1,559
第十五部・針山夫婦 編
神様を抱いている
しおりを挟む
(ここで意地を張ったら、また喧嘩になる)
喧嘩をしたのは、佑が熱を出した件が初めてだ。
今までは、気まずくなっても佑が折れてくれたし、そのあと香澄が納得できるよう説明してくれた。
でもいつまでも佑の気の長さに甘えていてはいけない。
結婚するなら、自分の〝譲れない部分〟を譲れるようにならなければいけない。
いつまでも独身のつもりで「好きなようにしたい」「自分の我を通したい」と思っていたら、二人で協力して暮らすなどできない。
ローマで、マリアと話して理解したはずだ。
自分の人生の中に他人を入れるという事は、一人で抱えてきたものを信頼する相手にも持ってもらう事だ。
だからとても勇気を出し、恐る恐る尋ねた。
「……じゃあ、家賃、渡さなくても……いい、の?」
とても不安だったため、自信のない声になってしまう。
「全然構わないよ。何があっても俺は香澄を追い出したりしない。手放すつもりもない。……結婚したいと思っている女性なんだから、もっと自分の価値を認めてあげていいんだよ、香澄」
最後に佑は柔らかく笑い、香澄の髪を撫でながら抱き寄せ、キスをしてきた。
「…………っ」
佑の言葉を聞いて、香澄は自分が家賃を払う事で、保険をかけていたのだと気づかされた。
同時に自分がお金で弱い心を守ろうとしていた事に気付き、一気に情けなくなって涙が零れそうになる。
体を強張らせた香澄を、佑は優しく抱き締める。
「香澄の自己肯定感がとても低い理由は、原西のせいだと分かってる。それは香澄のせいじゃない。失敗して傷付かないために、慎重になろうとするよな。分かるよ」
自分では乗り越えたと思っていた健二との過去が、今でも佑との関係に影を落としていた。
「っごめ……」
「いいんだ。俺は絶対に香澄を責めない。ゆっくりでいいよ。俺はこれからも香澄と一緒にいたい。香澄がゆっくり進みたいなら、その歩幅に合わせる」
「……ありが、とう」
メイクをしているのでなるべく泣きたくないのに、頬をツゥッと涙が流れていく。
そんな香澄の頭を、佑はよしよしと撫でてくれた。
「俺も香澄も人間だ。完璧じゃないんだ。だからお互い弱みが分かったら、補い合えるようにしていこう」
「……うん」
――好きだなぁ。
香澄は佑の腕にしがみつき、顔を押しつけようとして――、ハッと「ファンデがつく!」と思いとどまった。
「どうした?」
不思議そうな顔をする佑に、香澄は誤魔化し笑いをする。
「ファンデついちゃう」
「そんなのいいよ。おいで」
軽やかに笑った佑が香澄をギュッと抱き締めてくる。
その力強く頼りがいのある腕に、また涙が零れそうになった。
何度も何度も、佑に救われている。
自分でも「こんな女、面倒臭くて嫌だ」と思うのに、彼は呆れる事なく何度でも向き合って、納得できる答えをくれる。
衣食住、何もかも整えてくれて、この上ない深い愛情までくれる。
だから心底「何をすればお返しができるのだろう?」と悩んでしまう。
「…………っ」
だから、ギュウッと佑を抱き返した。
「……好き」
それしか言えない自分が情けない。
「す」と「き」の中に、自分の心の中で大きくうねった感情をすべて込める。
言葉だけではこの気持ちを表しきれない。
キスをして舐め合って、深く体を繋いでも心だけは分からない。
彼を想うだけで泣いてしまいそうになる感情も伝わらない。
好きで好きで堪らなく、途方もない恩を感じているのに、爪の先ほども伝えられていなくて、悔しくて堪らない。
「好き。……大切なの。……ありがとう」
神様を抱いていると思った。
つたない言葉で感情を表す香澄を佑は抱き締め、背中をさすってくれる。
「全部分かってるよ。知ってる」
包み込むような温かい声に、香澄はもっと涙を零してきつく抱きつく。
一生、この人だけを愛して、大切にしようと思いながら、グスッと洟を啜った。
**
喧嘩をしたのは、佑が熱を出した件が初めてだ。
今までは、気まずくなっても佑が折れてくれたし、そのあと香澄が納得できるよう説明してくれた。
でもいつまでも佑の気の長さに甘えていてはいけない。
結婚するなら、自分の〝譲れない部分〟を譲れるようにならなければいけない。
いつまでも独身のつもりで「好きなようにしたい」「自分の我を通したい」と思っていたら、二人で協力して暮らすなどできない。
ローマで、マリアと話して理解したはずだ。
自分の人生の中に他人を入れるという事は、一人で抱えてきたものを信頼する相手にも持ってもらう事だ。
だからとても勇気を出し、恐る恐る尋ねた。
「……じゃあ、家賃、渡さなくても……いい、の?」
とても不安だったため、自信のない声になってしまう。
「全然構わないよ。何があっても俺は香澄を追い出したりしない。手放すつもりもない。……結婚したいと思っている女性なんだから、もっと自分の価値を認めてあげていいんだよ、香澄」
最後に佑は柔らかく笑い、香澄の髪を撫でながら抱き寄せ、キスをしてきた。
「…………っ」
佑の言葉を聞いて、香澄は自分が家賃を払う事で、保険をかけていたのだと気づかされた。
同時に自分がお金で弱い心を守ろうとしていた事に気付き、一気に情けなくなって涙が零れそうになる。
体を強張らせた香澄を、佑は優しく抱き締める。
「香澄の自己肯定感がとても低い理由は、原西のせいだと分かってる。それは香澄のせいじゃない。失敗して傷付かないために、慎重になろうとするよな。分かるよ」
自分では乗り越えたと思っていた健二との過去が、今でも佑との関係に影を落としていた。
「っごめ……」
「いいんだ。俺は絶対に香澄を責めない。ゆっくりでいいよ。俺はこれからも香澄と一緒にいたい。香澄がゆっくり進みたいなら、その歩幅に合わせる」
「……ありが、とう」
メイクをしているのでなるべく泣きたくないのに、頬をツゥッと涙が流れていく。
そんな香澄の頭を、佑はよしよしと撫でてくれた。
「俺も香澄も人間だ。完璧じゃないんだ。だからお互い弱みが分かったら、補い合えるようにしていこう」
「……うん」
――好きだなぁ。
香澄は佑の腕にしがみつき、顔を押しつけようとして――、ハッと「ファンデがつく!」と思いとどまった。
「どうした?」
不思議そうな顔をする佑に、香澄は誤魔化し笑いをする。
「ファンデついちゃう」
「そんなのいいよ。おいで」
軽やかに笑った佑が香澄をギュッと抱き締めてくる。
その力強く頼りがいのある腕に、また涙が零れそうになった。
何度も何度も、佑に救われている。
自分でも「こんな女、面倒臭くて嫌だ」と思うのに、彼は呆れる事なく何度でも向き合って、納得できる答えをくれる。
衣食住、何もかも整えてくれて、この上ない深い愛情までくれる。
だから心底「何をすればお返しができるのだろう?」と悩んでしまう。
「…………っ」
だから、ギュウッと佑を抱き返した。
「……好き」
それしか言えない自分が情けない。
「す」と「き」の中に、自分の心の中で大きくうねった感情をすべて込める。
言葉だけではこの気持ちを表しきれない。
キスをして舐め合って、深く体を繋いでも心だけは分からない。
彼を想うだけで泣いてしまいそうになる感情も伝わらない。
好きで好きで堪らなく、途方もない恩を感じているのに、爪の先ほども伝えられていなくて、悔しくて堪らない。
「好き。……大切なの。……ありがとう」
神様を抱いていると思った。
つたない言葉で感情を表す香澄を佑は抱き締め、背中をさすってくれる。
「全部分かってるよ。知ってる」
包み込むような温かい声に、香澄はもっと涙を零してきつく抱きつく。
一生、この人だけを愛して、大切にしようと思いながら、グスッと洟を啜った。
**
33
お気に入りに追加
2,570
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です


甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる