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第十五部・針山夫婦 編

まだ夫婦じゃないし

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 火曜日からはオフィスでデスクワークメインになり、社食で三人組や佑と一緒にランチを楽しんだ。

 佑は相変わらず会食やら日帰りで都内の店舗に出掛けたり、打ち合わせや会議で多忙だ。
 それに河野がメインでつき、香澄は松井と社長秘書室でデスクワークに勤しんだ。

 昨日の社長同行に比べると、確かにデスクワークのほうが負担が少ない。

 改めて考えなくても『守られている』と思う環境だが、甘んじた上でしっかり働こうと思っていた。

 今日は佑も遅くならないので、十八時まで彼を待って小金井が運転する車で一緒に帰った。

「ねぇ、佑さん」

「ん?」

 プライベートモードになった香澄は、ゴソゴソとバッグに手を入れる。

「はい」

 差し出したのは『今月の家賃 いつもありがとうございます』と書かれた茶封筒だ。

「あ……。ああ、はい。どうもありがとう」

 佑は苦笑いをし、茶封筒を受け取る。

 走行する車の中、彼は外をぼんやり見る。
 しばらくして、口を開いた。

「結婚するまで、これは続くのか?」

 彼が家賃システムについて渋っている事に、香澄は少し唇を尖らせて言い返す。

「……だって、まだ夫婦じゃないし」

 東京に来たばかりの時は、まだ今のような親密さはなかった。

 香澄は家を探そうとしたが、佑にうまく言いくるめられて、あの豪邸に同居する事になった。

 当初から香澄は「住まわせてもらうなら、きちんと家賃を払わなければ」と思っていた。

 確かに彼の〝特別〟になると了承した上で東京に来た。

 正直、今は「家賃を渡すのは他人行儀かな?」と思い始めている。
 けれど、「親しき仲にも……」というまじめな思いはある。

 今後、自分たちの関係が駄目になるとは思っていない。思いたくもない。

 けれど母にも「結婚するまでは、金銭的に綺麗なお付き合いをしなさい」と言われていた。

 金銭的に綺麗な付き合いと言っても、これだけ様々な物を貢がれた今では「どこをどう?」と思ってしまう。

 周囲の人々に言われているように、男性からのプレゼントはスマートに受け取るべきだろう。
 だがすべて頼りっぱなし、されっぱなしだと「申し訳ない」と感じてしまう。

 香澄は結婚しても夫婦は他人同士で、尊重し合わないと破綻すると考えていた。

 金銭も愛情も、どちらかが全振りで寄りかかれば、片方は当然負担に感じると思っている。

 佑が自分を溺愛してくれているのは分かるが、彼のキャパシティがどの程度なのかは、いまだ分からない。

 衣食住すべて世話になり、おんぶにだっこであれもこれも……とされて、いざ佑が「負担だな」と感じた頃に我に返っても遅いのだ。

 だから香澄は彼に甘えすぎず、ある程度自立していたいと思っている。

 自分でできる事を考えた結果、家事をし、家賃を渡す事なら……と思った。

 加えて「ここまで家賃を渡しているなら、今さらやめられない」という気持ちもある。

 香澄の頑なさを感じた佑は、溜め息をついて封筒を自分の鞄にしまう。

「正直に言う」

 改まった雰囲気に、香澄は体を緊張させる。

「香澄のそういう態度に壁を感じる。『まだ夫婦じゃないし』という言葉にも、正直傷ついた」

 傷付いたと言われ、香澄の胸の奥がズキンと痛む。

「……ごめんなさい。傷付けるつもりはなかった」

「分かってる。俺も少し意地悪な言い方をした」

 佑はもう一度息をつき、香澄の手を握ってきた。

「香澄が色んな事に対してまじめで、きちんとしたい人なのは分かってる。ただ、俺は〝他人〟じゃない。ここまで関わっておきながら、家賃を払われる意味が分からないんだ」

 香澄は指先でコートの生地をいじり、ぼんやりとフロントガラスから見えるネオンに目をやる。
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