936 / 1,548
第十五部・針山夫婦 編
私は彼をフらないといけないんだ
しおりを挟む
さらに尋ねられ、香澄は考え込む。
(なれそめは秘密にしておいたほうがいいのかな。他の人に話したって言ったら、佑さんが嫉妬しそう)
そう考えると、井内であっても話すのは躊躇われた。
「……ごめんなさい。伏せさせて頂きます。あまり二人の事を話すの、よく思われないかもしれないので」
「分かりました。すみません」
井内はもう一度腕時計で時間を確認し、「あと五分か」と呟く。
「僕、赤松さんに一目惚れしたんです。最初は社長に連れられて各部署を回っていた時、『可愛い人だな』って思ってこの辺にキたんです」
そう言って井内は、胸元をトントンと叩く。
「勿体ないお言葉です。私は本当に普通の人で、社長が拾い上げてくださって、磨かれて、やっとこんな感じになれたのでは……と思っています」
香澄の言葉を聞き、井内は微笑んでから静かに溜め息をつく。
「そういうところが心底好きです。……ああ、もっと早くに会いたかったな」
井内は自分のコーヒーをクッと飲み干し、大きく息をつく。
そして壁から体を離し、まっすぐ立って香澄に向き直った。
「赤松さん、好きです」
もう一度、告白をされる。
けれど微笑んでいる井内の目には、すでに諦めの色があった。
(ああ、私は彼をフらないといけないんだ)
理解した香澄は、自分もまっすぐに立って微笑む。
「お気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、誰よりも大切な人がいるのでごめんなさい」
「はい」
井内はにっこり微笑み頷いた。
「三十分、経ちましたね。貴重な時間をありがとうございます。ゴミ、捨てておきますよ」
井内は香澄の手からヒョイと紙コップを取り、自分が持っている物に重ねる。
「明日からも社内で顔を合わせた時は宜しくお願いします。できれば避けないで頂けたら嬉しいです」
「分かりました。ご配慮、感謝致します」
香澄はペコリと頭を下げ、一歩踏みだした。
「じゃあ、帰り道お気を付けて」
「赤松さんも、今日の疲れをゆっくり癒やしてください」
「はい」
最後に手を振り、香澄はオフィスのほうに歩いていく。
なぜだか少しだけ泣けてくる。
(申し訳ない)
パチパチと目を瞬かせて涙をごまかし、唇を引き結ぶ。
そのあと、気を紛らわせるために瀬尾に電話を掛け、「用事が終わったので今地下に向かいます」と連絡をした。
**
帰宅すると、まだ外にいる佑に『家に着きました』と私用スマホで連絡を入れた。
そして何も考えずに風呂に入った。
できるだけ無心で頭と体を洗い、湯船に浸かっている時もずっと数字を数えていた。
「何かありましたか?」
斎藤に尋ねられたが、何と言っていいか分からず、ダイニングテーブルでマカロニグラタンを食べる。
「……斎藤さんのお子さんって幾つですか?」
「上は高一で下は中学二年ですね」
「告白されたり……しますか?」
香澄の質問を聞いて、斎藤は何かピンときたようだ。
「うちの子たちは日本で言う〝ハーフ〟ですからちょっとモテるみたいですね。小さい時はいじめられていたんですが。まぁ、海外に行けば、誰を見ても〝ミックス〟で通りますけれどね」
「その……。モテて、断る時もあります……よね?」
「そうですね。それぞれ彼女、彼氏はいるみたいなので、お断りしなければいけない時もあります」
グラタンの中に入っていた鶏肉を咀嚼して呑み込み、香澄はまた口を開く。
「告白を断って『つらい』って言っていませんか?」
「うーん、言っていますね。息子はあまりそういう話をしてくれないんですが、娘は色々相談してくれます」
「どうやって気持ちを清算していますか?」
「時間に任せるしかないんじゃないですか? うちの娘は誠意のないフリ方はしていません。相手にも納得してもらった上で、『ありがとう』を必ず言ってお互い気持ち良く……というのも変ですけど、和解というか、していると言っています。私も娘に、『相手の気持ちを無為にしては駄目』と言い聞かせていますし」
「……時間、なんですね。結局」
香澄は溜め息をつく。
(なれそめは秘密にしておいたほうがいいのかな。他の人に話したって言ったら、佑さんが嫉妬しそう)
そう考えると、井内であっても話すのは躊躇われた。
「……ごめんなさい。伏せさせて頂きます。あまり二人の事を話すの、よく思われないかもしれないので」
「分かりました。すみません」
井内はもう一度腕時計で時間を確認し、「あと五分か」と呟く。
「僕、赤松さんに一目惚れしたんです。最初は社長に連れられて各部署を回っていた時、『可愛い人だな』って思ってこの辺にキたんです」
そう言って井内は、胸元をトントンと叩く。
「勿体ないお言葉です。私は本当に普通の人で、社長が拾い上げてくださって、磨かれて、やっとこんな感じになれたのでは……と思っています」
香澄の言葉を聞き、井内は微笑んでから静かに溜め息をつく。
「そういうところが心底好きです。……ああ、もっと早くに会いたかったな」
井内は自分のコーヒーをクッと飲み干し、大きく息をつく。
そして壁から体を離し、まっすぐ立って香澄に向き直った。
「赤松さん、好きです」
もう一度、告白をされる。
けれど微笑んでいる井内の目には、すでに諦めの色があった。
(ああ、私は彼をフらないといけないんだ)
理解した香澄は、自分もまっすぐに立って微笑む。
「お気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、誰よりも大切な人がいるのでごめんなさい」
「はい」
井内はにっこり微笑み頷いた。
「三十分、経ちましたね。貴重な時間をありがとうございます。ゴミ、捨てておきますよ」
井内は香澄の手からヒョイと紙コップを取り、自分が持っている物に重ねる。
「明日からも社内で顔を合わせた時は宜しくお願いします。できれば避けないで頂けたら嬉しいです」
「分かりました。ご配慮、感謝致します」
香澄はペコリと頭を下げ、一歩踏みだした。
「じゃあ、帰り道お気を付けて」
「赤松さんも、今日の疲れをゆっくり癒やしてください」
「はい」
最後に手を振り、香澄はオフィスのほうに歩いていく。
なぜだか少しだけ泣けてくる。
(申し訳ない)
パチパチと目を瞬かせて涙をごまかし、唇を引き結ぶ。
そのあと、気を紛らわせるために瀬尾に電話を掛け、「用事が終わったので今地下に向かいます」と連絡をした。
**
帰宅すると、まだ外にいる佑に『家に着きました』と私用スマホで連絡を入れた。
そして何も考えずに風呂に入った。
できるだけ無心で頭と体を洗い、湯船に浸かっている時もずっと数字を数えていた。
「何かありましたか?」
斎藤に尋ねられたが、何と言っていいか分からず、ダイニングテーブルでマカロニグラタンを食べる。
「……斎藤さんのお子さんって幾つですか?」
「上は高一で下は中学二年ですね」
「告白されたり……しますか?」
香澄の質問を聞いて、斎藤は何かピンときたようだ。
「うちの子たちは日本で言う〝ハーフ〟ですからちょっとモテるみたいですね。小さい時はいじめられていたんですが。まぁ、海外に行けば、誰を見ても〝ミックス〟で通りますけれどね」
「その……。モテて、断る時もあります……よね?」
「そうですね。それぞれ彼女、彼氏はいるみたいなので、お断りしなければいけない時もあります」
グラタンの中に入っていた鶏肉を咀嚼して呑み込み、香澄はまた口を開く。
「告白を断って『つらい』って言っていませんか?」
「うーん、言っていますね。息子はあまりそういう話をしてくれないんですが、娘は色々相談してくれます」
「どうやって気持ちを清算していますか?」
「時間に任せるしかないんじゃないですか? うちの娘は誠意のないフリ方はしていません。相手にも納得してもらった上で、『ありがとう』を必ず言ってお互い気持ち良く……というのも変ですけど、和解というか、していると言っています。私も娘に、『相手の気持ちを無為にしては駄目』と言い聞かせていますし」
「……時間、なんですね。結局」
香澄は溜め息をつく。
32
お気に入りに追加
2,541
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる