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第十五部・針山夫婦 編
私は彼をフらないといけないんだ
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さらに尋ねられ、香澄は考え込む。
(なれそめは秘密にしておいたほうがいいのかな。他の人に話したって言ったら、佑さんが嫉妬しそう)
そう考えると、井内であっても話すのは躊躇われた。
「……ごめんなさい。伏せさせて頂きます。あまり二人の事を話すの、よく思われないかもしれないので」
「分かりました。すみません」
井内はもう一度腕時計で時間を確認し、「あと五分か」と呟く。
「僕、赤松さんに一目惚れしたんです。最初は社長に連れられて各部署を回っていた時、『可愛い人だな』って思ってこの辺にキたんです」
そう言って井内は、胸元をトントンと叩く。
「勿体ないお言葉です。私は本当に普通の人で、社長が拾い上げてくださって、磨かれて、やっとこんな感じになれたのでは……と思っています」
香澄の言葉を聞き、井内は微笑んでから静かに溜め息をつく。
「そういうところが心底好きです。……ああ、もっと早くに会いたかったな」
井内は自分のコーヒーをクッと飲み干し、大きく息をつく。
そして壁から体を離し、まっすぐ立って香澄に向き直った。
「赤松さん、好きです」
もう一度、告白をされる。
けれど微笑んでいる井内の目には、すでに諦めの色があった。
(ああ、私は彼をフらないといけないんだ)
理解した香澄は、自分もまっすぐに立って微笑む。
「お気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、誰よりも大切な人がいるのでごめんなさい」
「はい」
井内はにっこり微笑み頷いた。
「三十分、経ちましたね。貴重な時間をありがとうございます。ゴミ、捨てておきますよ」
井内は香澄の手からヒョイと紙コップを取り、自分が持っている物に重ねる。
「明日からも社内で顔を合わせた時は宜しくお願いします。できれば避けないで頂けたら嬉しいです」
「分かりました。ご配慮、感謝致します」
香澄はペコリと頭を下げ、一歩踏みだした。
「じゃあ、帰り道お気を付けて」
「赤松さんも、今日の疲れをゆっくり癒やしてください」
「はい」
最後に手を振り、香澄はオフィスのほうに歩いていく。
なぜだか少しだけ泣けてくる。
(申し訳ない)
パチパチと目を瞬かせて涙をごまかし、唇を引き結ぶ。
そのあと、気を紛らわせるために瀬尾に電話を掛け、「用事が終わったので今地下に向かいます」と連絡をした。
**
帰宅すると、まだ外にいる佑に『家に着きました』と私用スマホで連絡を入れた。
そして何も考えずに風呂に入った。
できるだけ無心で頭と体を洗い、湯船に浸かっている時もずっと数字を数えていた。
「何かありましたか?」
斎藤に尋ねられたが、何と言っていいか分からず、ダイニングテーブルでマカロニグラタンを食べる。
「……斎藤さんのお子さんって幾つですか?」
「上は高一で下は中学二年ですね」
「告白されたり……しますか?」
香澄の質問を聞いて、斎藤は何かピンときたようだ。
「うちの子たちは日本で言う〝ハーフ〟ですからちょっとモテるみたいですね。小さい時はいじめられていたんですが。まぁ、海外に行けば、誰を見ても〝ミックス〟で通りますけれどね」
「その……。モテて、断る時もあります……よね?」
「そうですね。それぞれ彼女、彼氏はいるみたいなので、お断りしなければいけない時もあります」
グラタンの中に入っていた鶏肉を咀嚼して呑み込み、香澄はまた口を開く。
「告白を断って『つらい』って言っていませんか?」
「うーん、言っていますね。息子はあまりそういう話をしてくれないんですが、娘は色々相談してくれます」
「どうやって気持ちを清算していますか?」
「時間に任せるしかないんじゃないですか? うちの娘は誠意のないフリ方はしていません。相手にも納得してもらった上で、『ありがとう』を必ず言ってお互い気持ち良く……というのも変ですけど、和解というか、していると言っています。私も娘に、『相手の気持ちを無為にしては駄目』と言い聞かせていますし」
「……時間、なんですね。結局」
香澄は溜め息をつく。
(なれそめは秘密にしておいたほうがいいのかな。他の人に話したって言ったら、佑さんが嫉妬しそう)
そう考えると、井内であっても話すのは躊躇われた。
「……ごめんなさい。伏せさせて頂きます。あまり二人の事を話すの、よく思われないかもしれないので」
「分かりました。すみません」
井内はもう一度腕時計で時間を確認し、「あと五分か」と呟く。
「僕、赤松さんに一目惚れしたんです。最初は社長に連れられて各部署を回っていた時、『可愛い人だな』って思ってこの辺にキたんです」
そう言って井内は、胸元をトントンと叩く。
「勿体ないお言葉です。私は本当に普通の人で、社長が拾い上げてくださって、磨かれて、やっとこんな感じになれたのでは……と思っています」
香澄の言葉を聞き、井内は微笑んでから静かに溜め息をつく。
「そういうところが心底好きです。……ああ、もっと早くに会いたかったな」
井内は自分のコーヒーをクッと飲み干し、大きく息をつく。
そして壁から体を離し、まっすぐ立って香澄に向き直った。
「赤松さん、好きです」
もう一度、告白をされる。
けれど微笑んでいる井内の目には、すでに諦めの色があった。
(ああ、私は彼をフらないといけないんだ)
理解した香澄は、自分もまっすぐに立って微笑む。
「お気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、誰よりも大切な人がいるのでごめんなさい」
「はい」
井内はにっこり微笑み頷いた。
「三十分、経ちましたね。貴重な時間をありがとうございます。ゴミ、捨てておきますよ」
井内は香澄の手からヒョイと紙コップを取り、自分が持っている物に重ねる。
「明日からも社内で顔を合わせた時は宜しくお願いします。できれば避けないで頂けたら嬉しいです」
「分かりました。ご配慮、感謝致します」
香澄はペコリと頭を下げ、一歩踏みだした。
「じゃあ、帰り道お気を付けて」
「赤松さんも、今日の疲れをゆっくり癒やしてください」
「はい」
最後に手を振り、香澄はオフィスのほうに歩いていく。
なぜだか少しだけ泣けてくる。
(申し訳ない)
パチパチと目を瞬かせて涙をごまかし、唇を引き結ぶ。
そのあと、気を紛らわせるために瀬尾に電話を掛け、「用事が終わったので今地下に向かいます」と連絡をした。
**
帰宅すると、まだ外にいる佑に『家に着きました』と私用スマホで連絡を入れた。
そして何も考えずに風呂に入った。
できるだけ無心で頭と体を洗い、湯船に浸かっている時もずっと数字を数えていた。
「何かありましたか?」
斎藤に尋ねられたが、何と言っていいか分からず、ダイニングテーブルでマカロニグラタンを食べる。
「……斎藤さんのお子さんって幾つですか?」
「上は高一で下は中学二年ですね」
「告白されたり……しますか?」
香澄の質問を聞いて、斎藤は何かピンときたようだ。
「うちの子たちは日本で言う〝ハーフ〟ですからちょっとモテるみたいですね。小さい時はいじめられていたんですが。まぁ、海外に行けば、誰を見ても〝ミックス〟で通りますけれどね」
「その……。モテて、断る時もあります……よね?」
「そうですね。それぞれ彼女、彼氏はいるみたいなので、お断りしなければいけない時もあります」
グラタンの中に入っていた鶏肉を咀嚼して呑み込み、香澄はまた口を開く。
「告白を断って『つらい』って言っていませんか?」
「うーん、言っていますね。息子はあまりそういう話をしてくれないんですが、娘は色々相談してくれます」
「どうやって気持ちを清算していますか?」
「時間に任せるしかないんじゃないですか? うちの娘は誠意のないフリ方はしていません。相手にも納得してもらった上で、『ありがとう』を必ず言ってお互い気持ち良く……というのも変ですけど、和解というか、していると言っています。私も娘に、『相手の気持ちを無為にしては駄目』と言い聞かせていますし」
「……時間、なんですね。結局」
香澄は溜め息をつく。
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