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第十五部・針山夫婦 編
クリスマスツリーの前で立ち話
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「お願いします。一回だけ付き合ってもらえたら、それ以上しつこくしません。ずっと密かに想っていた僕に、一度だけいい思いをさせてください。赤松さんを少しだけ独占したいんです」
「……困ります」
小さな声で答えるも、井内は思い詰めた顔をして引かない。
「僕だってこうやって同じエレベーターに乗れる偶然がなければ、言い出せませんでした。赤松さんとは勤務フロアが違いますし、あなたの周りにはいつも誰かがいる。僕みたいにあなたを遠くから眺めているだけの男も、社内には結構多いんですよ」
チラッとエレベーターの数字を見ると、マンションフロアを抜け商業フロアに突入した頃だ。
あと少しすれば、一階に着いて井内が下りる。
「あの、お願いします。私は社長以外の男性を特別視するつもりはありません。たとえ下心がないとしても、男性と二人で出かけられません。ほんの少しの事でも、婚約している身ですので信頼問題に関わります。それにこういう言い方は気が引けますが、井内さんにとってあまり良くない事が起こる可能性もあります」
井内は傷ついた表情をして、見つめてくる。
そう言われて初めて、自分が〝誰〟に手をだそうとしているか気づいたようだ。
「じゃあ、最大限譲歩します。コンビニで飲み物を買って、少しだけ立ち話しできませんか? 同僚と世間話をする体で構わないので、三十分だけお願いします」
そこまで言われ、会社の前でなら……と香澄も譲歩した。
「分かりました。三十分だけなら」
井内はパァッと表情を明るくし、ぐっと拳を握る。
「駐車場で人が待っているので、連絡だけさせてください」
「はい」
香澄は久住と佐野に向かって『会社の人とコーヒーを一杯だけ飲みます。三十分ほどで向かいますので、待っていてください。すみません』とメッセージを送った。
やがてゴンドラが一階に着き、井内は「行きましょう」と嬉しそうに微笑む。
「赤松さん、コーヒーは好きですか? ブラックいけます?」
「あ、もしあればホットカフェオレで。なかったら砂糖なしミルクありで」
「分かりました! 買ってきますから待っていてください」
井内は嬉しそうに頷き、コンビニに向かって走っていった。
その後ろ姿を見て、香澄は何とも言えない気持ちになる。
(面白い話ってあったかな。私、持ちネタがないんだよなぁ)
オフィス側にいると社員が出てくるので、香澄は商業施設のほうにゆっくり向かう。
ビルはクリスマスムード一色で、大きなクリスマスツリーが吹き抜けのホールにある。
佑が特注しただけあって巨大なツリーは美しく、写真撮影をしている人が大勢いた。
ツリーの点灯式は十一月一日だったが、ちょうどその頃二人はヨーロッパにいた。
佑が出る事を期待していたファンはガッカリしたそうだが、ぬかりなく今話題の男性アイドルをイベントに呼んだそうだ。
商業ビル内の装飾にも手を抜かず、映えるのでかなり集客できているようだ。
「立派なツリーですよね」
井内の声がして、香澄はハッと横を向く。
「どうぞ。砂糖なしカフェオレです。少しでも一緒にいたくて、大きいサイズにしてしまいました」
「ふふ、ありがとうございます。ご馳走……に、なりますね?」
「はい!」
香澄はコーヒーであっても、驕られるとどこかムズムズするタイプだ。
けれど佑と過ごして〝男の見栄〟を知った。
そして井内の〝これ〟は、好意に甘えてご馳走になるべきと判断した。
自分のコーヒーを一口飲み、井内が口を開く。
「社長は本当に凄いですよね。格好いいだけでなく、富も名声も兼ね揃えています。男の僕から見ても憧れの人ですよ」
壁にもたれかかり、クリスマスツリーを見ながら香澄は頷く。
「類い希な才能を持つ人ですよね。環境や人に恵まれていますが、努力もした人だと思っています」
「やっぱり社長でも、努力しているんですか?」
彼の質問に、香澄は佑の事を知ってほしくて熱弁を振るう。
「してますよ? バリバリ働けるようにまず体力作りです。毎朝走って筋トレも欠かしません。学生時代は沢山の言葉を身につけるトレーニングをしたそうです。今だって朝から晩まで仕事をしていますし、本当に大変です」
香澄の説明に、井内は苦笑いをする。
「参ったな、敵わない。僕ももっと努力しないと」
「応援しています。私も秘書として頑張ります」
二人で笑い合ったあと、香澄はカフェオレを一口飲む。
「……困ります」
小さな声で答えるも、井内は思い詰めた顔をして引かない。
「僕だってこうやって同じエレベーターに乗れる偶然がなければ、言い出せませんでした。赤松さんとは勤務フロアが違いますし、あなたの周りにはいつも誰かがいる。僕みたいにあなたを遠くから眺めているだけの男も、社内には結構多いんですよ」
チラッとエレベーターの数字を見ると、マンションフロアを抜け商業フロアに突入した頃だ。
あと少しすれば、一階に着いて井内が下りる。
「あの、お願いします。私は社長以外の男性を特別視するつもりはありません。たとえ下心がないとしても、男性と二人で出かけられません。ほんの少しの事でも、婚約している身ですので信頼問題に関わります。それにこういう言い方は気が引けますが、井内さんにとってあまり良くない事が起こる可能性もあります」
井内は傷ついた表情をして、見つめてくる。
そう言われて初めて、自分が〝誰〟に手をだそうとしているか気づいたようだ。
「じゃあ、最大限譲歩します。コンビニで飲み物を買って、少しだけ立ち話しできませんか? 同僚と世間話をする体で構わないので、三十分だけお願いします」
そこまで言われ、会社の前でなら……と香澄も譲歩した。
「分かりました。三十分だけなら」
井内はパァッと表情を明るくし、ぐっと拳を握る。
「駐車場で人が待っているので、連絡だけさせてください」
「はい」
香澄は久住と佐野に向かって『会社の人とコーヒーを一杯だけ飲みます。三十分ほどで向かいますので、待っていてください。すみません』とメッセージを送った。
やがてゴンドラが一階に着き、井内は「行きましょう」と嬉しそうに微笑む。
「赤松さん、コーヒーは好きですか? ブラックいけます?」
「あ、もしあればホットカフェオレで。なかったら砂糖なしミルクありで」
「分かりました! 買ってきますから待っていてください」
井内は嬉しそうに頷き、コンビニに向かって走っていった。
その後ろ姿を見て、香澄は何とも言えない気持ちになる。
(面白い話ってあったかな。私、持ちネタがないんだよなぁ)
オフィス側にいると社員が出てくるので、香澄は商業施設のほうにゆっくり向かう。
ビルはクリスマスムード一色で、大きなクリスマスツリーが吹き抜けのホールにある。
佑が特注しただけあって巨大なツリーは美しく、写真撮影をしている人が大勢いた。
ツリーの点灯式は十一月一日だったが、ちょうどその頃二人はヨーロッパにいた。
佑が出る事を期待していたファンはガッカリしたそうだが、ぬかりなく今話題の男性アイドルをイベントに呼んだそうだ。
商業ビル内の装飾にも手を抜かず、映えるのでかなり集客できているようだ。
「立派なツリーですよね」
井内の声がして、香澄はハッと横を向く。
「どうぞ。砂糖なしカフェオレです。少しでも一緒にいたくて、大きいサイズにしてしまいました」
「ふふ、ありがとうございます。ご馳走……に、なりますね?」
「はい!」
香澄はコーヒーであっても、驕られるとどこかムズムズするタイプだ。
けれど佑と過ごして〝男の見栄〟を知った。
そして井内の〝これ〟は、好意に甘えてご馳走になるべきと判断した。
自分のコーヒーを一口飲み、井内が口を開く。
「社長は本当に凄いですよね。格好いいだけでなく、富も名声も兼ね揃えています。男の僕から見ても憧れの人ですよ」
壁にもたれかかり、クリスマスツリーを見ながら香澄は頷く。
「類い希な才能を持つ人ですよね。環境や人に恵まれていますが、努力もした人だと思っています」
「やっぱり社長でも、努力しているんですか?」
彼の質問に、香澄は佑の事を知ってほしくて熱弁を振るう。
「してますよ? バリバリ働けるようにまず体力作りです。毎朝走って筋トレも欠かしません。学生時代は沢山の言葉を身につけるトレーニングをしたそうです。今だって朝から晩まで仕事をしていますし、本当に大変です」
香澄の説明に、井内は苦笑いをする。
「参ったな、敵わない。僕ももっと努力しないと」
「応援しています。私も秘書として頑張ります」
二人で笑い合ったあと、香澄はカフェオレを一口飲む。
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