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第十五部・針山夫婦 編

井内からの告白

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「気を張る仕事を任せてしまいましたので、早めに退社してゆっくり休んでください。休んで明日に備えるのも、仕事の一つです」

 佑と似たような事を言われ、香澄は思わず笑った。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます。明日からも引き続き宜しくお願い致します」

「お疲れ様です」

 河野はいつも通りに挨拶し、モニターのほうを向く。
 香澄は一度自分のパソコンをチェックしてから、シャットダウンして瀬尾に連絡を入れた。

「お先に失礼します」

 松井と河野に頭を下げ、香澄は社長秘書室を出た。

 まっすぐ廊下を歩いてエレベーターホールに向かい、エレベーターの呼び出しボタンを押す。

 受け付けに会釈をしてからフロアの数字を見ると、ゴンドラはまだ上階にある。
 待っている間、なんとはなしに夜景を見下ろして「空にいるようだな」と感じた。

 オフィスの下にある二フロアは、佑のセカンドハウスになっているらしい。
「いつか見せてあげる」と言われていて、そのままだった気がする。

(鍵は……持たせてもらってるんだけどな)

 キーケースには色んな鍵がついていて、その中に佑のマンションの鍵もある。
 鍵を渡してもらっているイコール、何もやましい事はなく、自由に出入りしていいという事だと思っている。

 それでも、勝手に入るのはどこか気が引ける。

(美智瑠さんは入った事のある部屋なんだろうか)

 彼女は過去の人と割り切っているはずなのに、どこかモヤモヤする。

 溜め息をついた時、エレベーターがフロアについた。

「あ、お疲れ様です」

 すでにゴンドラに乗っていたのは、秘書課の井内だ。

 香澄はエレベーターに乗って地下のボタンを押し、朝の礼を言う。

「朝はフォローしてくださり、ありがとうございました」

「いえ、どう致しまして」

 相変わらず井内は爽やかアナウンサーのようで、見ているだけで好感度が高い。

「他の方々は、何か仰っていましたか?」

「わざわざ聞くほどの事ではありません」

(という事は、やっぱり何か言われてたか。まぁ、仕方ないけど)

 聞かせまいとする井内の優しさをありがたく思った。

「これから心を入れ替えて頑張ります。口で何を言っても伝わらないと思いますので、働く姿を見て頂けたら……と思っています」

「きっと伝わると思いますよ」

「頑張ります」

 井内と微笑み合い、会話は一旦そこで終わりだと思い、香澄はコートのポケットからスマホを取りだした。
 コネクターナウを開こうとした時、井内が一歩こちらに距離を詰めた。

(え?)

 顔を上げると、井内は何か言いたげな目で香澄を見ている。

「何か?」

「困っている事があったら、何でも相談してくださいね? 社長と比べて僕は力不足かもしれませんが、同じ秘書として話を聞ける事はあると思いますし」

「はい」

 言っている事はありがたいのだが、距離が少し近いのは気のせいだろうか。

「本当はずっと赤松さんを意識していたんです。でも様子を見ているうちに社長の婚約者だと噂が広まって、どうする事もできなくなりました」

 井内が自嘲気味に笑い、香澄は困りながらも愛想笑いをする。

(困ったな……)

 佑がいなければ、オフィスラブの始まりになった〝かも〟しれない。

 だがあくまで可能性の話だ。

 香澄はすでに東京に来る前から佑のもので、魅力的な男性に大勢出会っても、心を動かされなかった。
 だから異性に告白されても、「嬉しい」と思えない。

「迷惑だ」とまでは思わないが、彼がいい人そうだからこそ「応えられなくて申し訳ない」という気持ちになる。

「一回だけでいいので、一緒に食事に行きませんか? クリスマスデートなんて図々しい事は言いません。仕事帰りに飲みに行くぐらいでいいので」

「……ごめんなさい。そういうのはちょっと……」

 思えば、まともな男性に誘われたのは初めてな気がする。

 健二は対象外だし、双子たちはカウントできない。
〝普通の男性〟に正攻法でアプローチされたのは、生まれて初めてだ。

 ほんの少し嬉しいけれど、絶対に応えてはいけない。
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