932 / 1,559
第十五部・針山夫婦 編
帰社
しおりを挟む
「率直に申し上げます。私の秘書への無礼は、私への無礼と取ります。私の秘書へのスカウトや、連絡先を書いた名刺を渡すなどの行為は、二度としないで頂きたい。態度を改めない場合、ハナテレビさんとの仕事はすべて断らせて頂きます」
佑はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、最後通告をする。
真っ青になって冷や汗を浮かべた木島は、「申し訳ございませんでしたっ」と勢いよく頭を下げた。
「ですから、謝罪して頂きたいのは私の秘書にです」
容赦のない言葉を聞き、木島は頭を上げず体の角度を変え、香澄に向かって再度頭を下げる。
「赤松様、先ほどは大変申し訳ございませんでした!」
周囲の視線が自分に集まるのを感じ、香澄は居たたまれなくなる。
「いえ、ご理解頂けたならそれで十分です。どうか頭を上げてください」
同意を求めて佑をチラリと見た瞬間、香澄はギクリと体を強張らせた。
佑はビジネススマイルを浮かべたまま、頭を下げた木島を、虫けらでも見るような目で見下ろしている。
温度のないその目は、木島が謝罪している姿を見ても、何も感じていないように思えた。
なのに、香澄の視線に気づくと、その眼差しがフ……と、柔らかくなる。
「お気持ちは理解しました。以後気を付けてください。引き続きオファーを頂ければ、スケジュールを調整してお受けします。今日は今後の予定もありますので、これで失礼致します」
そして佑は「赤松さん、行こう」と促して歩き始めた。
「は、はい」
香澄は周りに向かってペコリと会釈をし、小走りに佑を追いかけた。
スタジオから廊下に出るところで、騒ぎを見に来たのか、先ほどのヘアメイクとすれ違った。
彼女は佑を未練がましい目で見送ったあと、香澄の事も視線で追い、悔しげに顔を歪めた。
「赤松さん、車は呼んである?」
「地下駐車場で待機してもらっていますので、これから連絡して暖気してもらいます」
楽屋に戻って佑はメイク落としシートで顔を拭い、ファンデーションなどを簡単に落としてからコートを着る。
香澄はコートに袖を通しながら、帰社できるのだと思って安堵する。
廊下を歩きながらエレベーターホールに向かい、小金井に電話をかける。
「では宜しくお願いします」
小金井との電話を切って頭を下げた香澄に、「はい」と佑が自動販売機で買ったホットコーンポタージュ缶を渡してきた。
「わ! と、ありがとうございます。好きなんです、これ」
手の中で「あちち」と温まった缶を弄ぶと、佑は「知ってるよ」と微笑んで自分のブラックコーヒーを軽く振る。
やがてエレベーターがフロアに着き、香澄は手でドアを押さえると「どうぞ」と佑を先に乗せた。
他に乗る者がいないかチェックしてから、自分もゴンドラに乗り地下のボタンを押す。
知らずと息をついた香澄は、コートのポケットに入っているコーンスープの温もりに微笑んだ。
**
「戻りました」
本社の社長秘書室に入ると、松井と河野が「おかえりなさい」と言ってくれた。
「どうでしたか?」
松井に尋ねられ、香澄は苦笑いをする。
「正直、疲れました。社長にも気を張りすぎだと言われました」
あはは、と気が抜けたように笑うと、松井も微笑み返してくれる。
「明日からはしばらく本社でのデスクワーク中心で構いませんよ。最初に荒療治で外の仕事をして頂いて、仕事を思いだして頂くつもりだったんです」
「松井さん発案でしたか。てっきり河野さんの腰痛が原因かと思っていたんですが」
「私の腰痛は本当ですよ。これから帰りに整骨院に寄ります」
「あ、そ、そうですか……。それはお大事に」
ペコリと頭を下げてから、佑に言われた事を思いだす。
「社長はこれから会食でしたっけ」
「そうですね。会食と言いましても真澄様とですので、ご友人との食事のようなものです」
確かに、真澄は子会社の社長ではあるが、高校生時代からの親友でもある。
仕事の話という名目で、友人同士の話もしているのだろう。
佑からは帰社したら先に帰宅するようにと言われていたが、「先に帰ります」と言いにくい。
けれどそれを見透かしたように、松井に言われた。
「社長から伺っていますので、赤松さんはこのまま車で退社してください」
「えっ? え……と」
いつのまに佑から松井に連絡がいっていたのか分からず、香澄は面食らう。
佑はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、最後通告をする。
真っ青になって冷や汗を浮かべた木島は、「申し訳ございませんでしたっ」と勢いよく頭を下げた。
「ですから、謝罪して頂きたいのは私の秘書にです」
容赦のない言葉を聞き、木島は頭を上げず体の角度を変え、香澄に向かって再度頭を下げる。
「赤松様、先ほどは大変申し訳ございませんでした!」
周囲の視線が自分に集まるのを感じ、香澄は居たたまれなくなる。
「いえ、ご理解頂けたならそれで十分です。どうか頭を上げてください」
同意を求めて佑をチラリと見た瞬間、香澄はギクリと体を強張らせた。
佑はビジネススマイルを浮かべたまま、頭を下げた木島を、虫けらでも見るような目で見下ろしている。
温度のないその目は、木島が謝罪している姿を見ても、何も感じていないように思えた。
なのに、香澄の視線に気づくと、その眼差しがフ……と、柔らかくなる。
「お気持ちは理解しました。以後気を付けてください。引き続きオファーを頂ければ、スケジュールを調整してお受けします。今日は今後の予定もありますので、これで失礼致します」
そして佑は「赤松さん、行こう」と促して歩き始めた。
「は、はい」
香澄は周りに向かってペコリと会釈をし、小走りに佑を追いかけた。
スタジオから廊下に出るところで、騒ぎを見に来たのか、先ほどのヘアメイクとすれ違った。
彼女は佑を未練がましい目で見送ったあと、香澄の事も視線で追い、悔しげに顔を歪めた。
「赤松さん、車は呼んである?」
「地下駐車場で待機してもらっていますので、これから連絡して暖気してもらいます」
楽屋に戻って佑はメイク落としシートで顔を拭い、ファンデーションなどを簡単に落としてからコートを着る。
香澄はコートに袖を通しながら、帰社できるのだと思って安堵する。
廊下を歩きながらエレベーターホールに向かい、小金井に電話をかける。
「では宜しくお願いします」
小金井との電話を切って頭を下げた香澄に、「はい」と佑が自動販売機で買ったホットコーンポタージュ缶を渡してきた。
「わ! と、ありがとうございます。好きなんです、これ」
手の中で「あちち」と温まった缶を弄ぶと、佑は「知ってるよ」と微笑んで自分のブラックコーヒーを軽く振る。
やがてエレベーターがフロアに着き、香澄は手でドアを押さえると「どうぞ」と佑を先に乗せた。
他に乗る者がいないかチェックしてから、自分もゴンドラに乗り地下のボタンを押す。
知らずと息をついた香澄は、コートのポケットに入っているコーンスープの温もりに微笑んだ。
**
「戻りました」
本社の社長秘書室に入ると、松井と河野が「おかえりなさい」と言ってくれた。
「どうでしたか?」
松井に尋ねられ、香澄は苦笑いをする。
「正直、疲れました。社長にも気を張りすぎだと言われました」
あはは、と気が抜けたように笑うと、松井も微笑み返してくれる。
「明日からはしばらく本社でのデスクワーク中心で構いませんよ。最初に荒療治で外の仕事をして頂いて、仕事を思いだして頂くつもりだったんです」
「松井さん発案でしたか。てっきり河野さんの腰痛が原因かと思っていたんですが」
「私の腰痛は本当ですよ。これから帰りに整骨院に寄ります」
「あ、そ、そうですか……。それはお大事に」
ペコリと頭を下げてから、佑に言われた事を思いだす。
「社長はこれから会食でしたっけ」
「そうですね。会食と言いましても真澄様とですので、ご友人との食事のようなものです」
確かに、真澄は子会社の社長ではあるが、高校生時代からの親友でもある。
仕事の話という名目で、友人同士の話もしているのだろう。
佑からは帰社したら先に帰宅するようにと言われていたが、「先に帰ります」と言いにくい。
けれどそれを見透かしたように、松井に言われた。
「社長から伺っていますので、赤松さんはこのまま車で退社してください」
「えっ? え……と」
いつのまに佑から松井に連絡がいっていたのか分からず、香澄は面食らう。
33
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる