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第十五部・針山夫婦 編
帰社
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「率直に申し上げます。私の秘書への無礼は、私への無礼と取ります。私の秘書へのスカウトや、連絡先を書いた名刺を渡すなどの行為は、二度としないで頂きたい。態度を改めない場合、ハナテレビさんとの仕事はすべて断らせて頂きます」
佑はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、最後通告をする。
真っ青になって冷や汗を浮かべた木島は、「申し訳ございませんでしたっ」と勢いよく頭を下げた。
「ですから、謝罪して頂きたいのは私の秘書にです」
容赦のない言葉を聞き、木島は頭を上げず体の角度を変え、香澄に向かって再度頭を下げる。
「赤松様、先ほどは大変申し訳ございませんでした!」
周囲の視線が自分に集まるのを感じ、香澄は居たたまれなくなる。
「いえ、ご理解頂けたならそれで十分です。どうか頭を上げてください」
同意を求めて佑をチラリと見た瞬間、香澄はギクリと体を強張らせた。
佑はビジネススマイルを浮かべたまま、頭を下げた木島を、虫けらでも見るような目で見下ろしている。
温度のないその目は、木島が謝罪している姿を見ても、何も感じていないように思えた。
なのに、香澄の視線に気づくと、その眼差しがフ……と、柔らかくなる。
「お気持ちは理解しました。以後気を付けてください。引き続きオファーを頂ければ、スケジュールを調整してお受けします。今日は今後の予定もありますので、これで失礼致します」
そして佑は「赤松さん、行こう」と促して歩き始めた。
「は、はい」
香澄は周りに向かってペコリと会釈をし、小走りに佑を追いかけた。
スタジオから廊下に出るところで、騒ぎを見に来たのか、先ほどのヘアメイクとすれ違った。
彼女は佑を未練がましい目で見送ったあと、香澄の事も視線で追い、悔しげに顔を歪めた。
「赤松さん、車は呼んである?」
「地下駐車場で待機してもらっていますので、これから連絡して暖気してもらいます」
楽屋に戻って佑はメイク落としシートで顔を拭い、ファンデーションなどを簡単に落としてからコートを着る。
香澄はコートに袖を通しながら、帰社できるのだと思って安堵する。
廊下を歩きながらエレベーターホールに向かい、小金井に電話をかける。
「では宜しくお願いします」
小金井との電話を切って頭を下げた香澄に、「はい」と佑が自動販売機で買ったホットコーンポタージュ缶を渡してきた。
「わ! と、ありがとうございます。好きなんです、これ」
手の中で「あちち」と温まった缶を弄ぶと、佑は「知ってるよ」と微笑んで自分のブラックコーヒーを軽く振る。
やがてエレベーターがフロアに着き、香澄は手でドアを押さえると「どうぞ」と佑を先に乗せた。
他に乗る者がいないかチェックしてから、自分もゴンドラに乗り地下のボタンを押す。
知らずと息をついた香澄は、コートのポケットに入っているコーンスープの温もりに微笑んだ。
**
「戻りました」
本社の社長秘書室に入ると、松井と河野が「おかえりなさい」と言ってくれた。
「どうでしたか?」
松井に尋ねられ、香澄は苦笑いをする。
「正直、疲れました。社長にも気を張りすぎだと言われました」
あはは、と気が抜けたように笑うと、松井も微笑み返してくれる。
「明日からはしばらく本社でのデスクワーク中心で構いませんよ。最初に荒療治で外の仕事をして頂いて、仕事を思いだして頂くつもりだったんです」
「松井さん発案でしたか。てっきり河野さんの腰痛が原因かと思っていたんですが」
「私の腰痛は本当ですよ。これから帰りに整骨院に寄ります」
「あ、そ、そうですか……。それはお大事に」
ペコリと頭を下げてから、佑に言われた事を思いだす。
「社長はこれから会食でしたっけ」
「そうですね。会食と言いましても真澄様とですので、ご友人との食事のようなものです」
確かに、真澄は子会社の社長ではあるが、高校生時代からの親友でもある。
仕事の話という名目で、友人同士の話もしているのだろう。
佑からは帰社したら先に帰宅するようにと言われていたが、「先に帰ります」と言いにくい。
けれどそれを見透かしたように、松井に言われた。
「社長から伺っていますので、赤松さんはこのまま車で退社してください」
「えっ? え……と」
いつのまに佑から松井に連絡がいっていたのか分からず、香澄は面食らう。
佑はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、最後通告をする。
真っ青になって冷や汗を浮かべた木島は、「申し訳ございませんでしたっ」と勢いよく頭を下げた。
「ですから、謝罪して頂きたいのは私の秘書にです」
容赦のない言葉を聞き、木島は頭を上げず体の角度を変え、香澄に向かって再度頭を下げる。
「赤松様、先ほどは大変申し訳ございませんでした!」
周囲の視線が自分に集まるのを感じ、香澄は居たたまれなくなる。
「いえ、ご理解頂けたならそれで十分です。どうか頭を上げてください」
同意を求めて佑をチラリと見た瞬間、香澄はギクリと体を強張らせた。
佑はビジネススマイルを浮かべたまま、頭を下げた木島を、虫けらでも見るような目で見下ろしている。
温度のないその目は、木島が謝罪している姿を見ても、何も感じていないように思えた。
なのに、香澄の視線に気づくと、その眼差しがフ……と、柔らかくなる。
「お気持ちは理解しました。以後気を付けてください。引き続きオファーを頂ければ、スケジュールを調整してお受けします。今日は今後の予定もありますので、これで失礼致します」
そして佑は「赤松さん、行こう」と促して歩き始めた。
「は、はい」
香澄は周りに向かってペコリと会釈をし、小走りに佑を追いかけた。
スタジオから廊下に出るところで、騒ぎを見に来たのか、先ほどのヘアメイクとすれ違った。
彼女は佑を未練がましい目で見送ったあと、香澄の事も視線で追い、悔しげに顔を歪めた。
「赤松さん、車は呼んである?」
「地下駐車場で待機してもらっていますので、これから連絡して暖気してもらいます」
楽屋に戻って佑はメイク落としシートで顔を拭い、ファンデーションなどを簡単に落としてからコートを着る。
香澄はコートに袖を通しながら、帰社できるのだと思って安堵する。
廊下を歩きながらエレベーターホールに向かい、小金井に電話をかける。
「では宜しくお願いします」
小金井との電話を切って頭を下げた香澄に、「はい」と佑が自動販売機で買ったホットコーンポタージュ缶を渡してきた。
「わ! と、ありがとうございます。好きなんです、これ」
手の中で「あちち」と温まった缶を弄ぶと、佑は「知ってるよ」と微笑んで自分のブラックコーヒーを軽く振る。
やがてエレベーターがフロアに着き、香澄は手でドアを押さえると「どうぞ」と佑を先に乗せた。
他に乗る者がいないかチェックしてから、自分もゴンドラに乗り地下のボタンを押す。
知らずと息をついた香澄は、コートのポケットに入っているコーンスープの温もりに微笑んだ。
**
「戻りました」
本社の社長秘書室に入ると、松井と河野が「おかえりなさい」と言ってくれた。
「どうでしたか?」
松井に尋ねられ、香澄は苦笑いをする。
「正直、疲れました。社長にも気を張りすぎだと言われました」
あはは、と気が抜けたように笑うと、松井も微笑み返してくれる。
「明日からはしばらく本社でのデスクワーク中心で構いませんよ。最初に荒療治で外の仕事をして頂いて、仕事を思いだして頂くつもりだったんです」
「松井さん発案でしたか。てっきり河野さんの腰痛が原因かと思っていたんですが」
「私の腰痛は本当ですよ。これから帰りに整骨院に寄ります」
「あ、そ、そうですか……。それはお大事に」
ペコリと頭を下げてから、佑に言われた事を思いだす。
「社長はこれから会食でしたっけ」
「そうですね。会食と言いましても真澄様とですので、ご友人との食事のようなものです」
確かに、真澄は子会社の社長ではあるが、高校生時代からの親友でもある。
仕事の話という名目で、友人同士の話もしているのだろう。
佑からは帰社したら先に帰宅するようにと言われていたが、「先に帰ります」と言いにくい。
けれどそれを見透かしたように、松井に言われた。
「社長から伺っていますので、赤松さんはこのまま車で退社してください」
「えっ? え……と」
いつのまに佑から松井に連絡がいっていたのか分からず、香澄は面食らう。
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