931 / 1,544
第十五部・針山夫婦 編
収録後
しおりを挟む
「〝香澄〟に手を出されたから、じゃない。他の秘書にされても俺は同じように注意する。俺はテレビ局にゲストとして招かれた。それに芸能人ではなく実業家だ。俺の秘書だってテレビ局の客だと捉えている」
そう言われ、香澄はゆっくり理解してく。
「俺は部下を軽んじる相手とは仕事をしたくない。俺にテレビ出演を願う局は、他に幾らでもある。それにメディアの仕事がなくなっても、本業にはほぼ影響はないだろう。テレビに出ているのは『少しでも購買者の興味を引いけたら』と思っての事だ。それがなかったら、いつ身を引いてもいいと思っている。だから赤松さんは何も気にしなくていい」
恐らく、あのディレクターは佑に注意を受けるだろう。
そう思うと、気まずくて堪らない。
唇を引き結び黙り込んだ香澄を見て、佑はフ……と笑った。
「赤松さん? 君はもう少し、こういう場面で『ざまみろ』と思うぐらいのタフさを身につけた方がいい。君の優しさは長所だ。けれどビジネスの場で、舐められたままだと損をするし、自分の人生も悪いものになっていく。無礼が度を超した時は、相手のためにもハッキリ伝えたほうがいい場合もある。それでなければ、ハナテレビはあのディレクターを野放しにしたままになってしまう。そうすれば他の出演者にも失礼な事をするかもしれないし、社としてもそのうち多方に謝る事になるだろう」
確かに、と思い、香澄は小さく頷く。
「責任はすべて俺が取る。だから君は安心して俺の隣に立っていて」
「……はい」
こういう時、佑はいつも正しい判断を下す。
香澄が迷ってどうにもならなくなった時、彼は落ち着いた大人の物の見方で、理路整然とした説明をしてくれる。
導いてくれる光を信じれば、きっと求める場所に行き着ける。
(信じよう)
香澄はもう一度頷き、佑に微笑んでみせた。
**
『アナタ・イズム』の収録は無事に終わり、佑はスタッフに「お疲れ様です」を言われてスタジオを去ろうとする。
その時、先ほどのディレクターが佑に挨拶をしてきた。
「御劔社長、お疲れ様でした」
「木島さん、でしたっけ。今回はありがとうございました」
佑は軽く会釈をし、いつもと変わらない微笑を浮かべ木島の言葉を待つ。
「いやですねぇ。それほど時間を挟まずお会いしたじゃないですか。名前覚えられていないなんて、ショックです」
木島はおもねりながら、ニコニコ笑う。
香澄は側に立ちながら、何とも言えない気持ちで彼を見た。
(誰かに似てる)
思いだしたのは、学生時代、クラスの目立つグループに属していた、お笑い担当の子のセリフだった。
お笑い担当と言っても、その子が面白い事を言う訳ではない。
他の女子からいじられ、「やだやめてよ」と言いながら、おどけて笑いを誘うのだ。
そうしなければ、彼女はそのグループにいられない。
処世術として、その子は自ら笑いをとっていたのだ。
本当は嫌だったかもしれないのに、嫌だと言えない空気があったのは、香澄でも分かる。
(テレビ業界って自分をネタにしないと生きていけないのかな。いじられても、『ひどーい』って言って笑うタフさがないと、有名になれないんだ。そういう〝テレビ気質〟はスタッフも同じなのかもしれない)
香澄はテレビ業界に詳しくないが、何となくそう感じる。
木島は佑に話しかけ、以前一緒にした仕事を話題にして一人で笑っていた。
近い距離で大きな声で喋り、笑っているので、彼の唾が佑のスーツに飛んでいる。
(やめて……)
佑を汚されている気がした香澄は、会話を終わらせ、早く帰りたいと思っていた。
「あの……」
香澄が口を開いた時、佑がスッと手を挙げて木島を制した。
「それでですね……。ん? 何か?」
上機嫌に話していた木島は、ようやく口を止める。
「余計な話はいいとして、うちの秘書への謝罪を求めます」
「えっ?」
木島は一瞬何を言われたか分からない顔をし、香澄を見てサッと表情を強張らせる。
そして苦々しい表情で睨んできた。
だが二人の視線の間に、佑が手を入れて遮ってくる。
「申し上げておきますが、私はChief Everyの売り上げに繋がればと思ってメディアの仕事を受けています。ですがテレビ出演がなくても私の仕事は成立します。第一に私はタレントではありません。自社の仕事を優先し、テレビ局で無礼があれば『共に仕事をする相手ではない』と判断し、撤退してもいいと思っています」
淡々と言う佑の言葉を聞いて、木島の顔色が悪くなる。
佑は特に大きな声を出していない。
だが周囲のスタッフやMC、タレントたちまでもが、振り向いて彼の言葉を聞いていた。
そう言われ、香澄はゆっくり理解してく。
「俺は部下を軽んじる相手とは仕事をしたくない。俺にテレビ出演を願う局は、他に幾らでもある。それにメディアの仕事がなくなっても、本業にはほぼ影響はないだろう。テレビに出ているのは『少しでも購買者の興味を引いけたら』と思っての事だ。それがなかったら、いつ身を引いてもいいと思っている。だから赤松さんは何も気にしなくていい」
恐らく、あのディレクターは佑に注意を受けるだろう。
そう思うと、気まずくて堪らない。
唇を引き結び黙り込んだ香澄を見て、佑はフ……と笑った。
「赤松さん? 君はもう少し、こういう場面で『ざまみろ』と思うぐらいのタフさを身につけた方がいい。君の優しさは長所だ。けれどビジネスの場で、舐められたままだと損をするし、自分の人生も悪いものになっていく。無礼が度を超した時は、相手のためにもハッキリ伝えたほうがいい場合もある。それでなければ、ハナテレビはあのディレクターを野放しにしたままになってしまう。そうすれば他の出演者にも失礼な事をするかもしれないし、社としてもそのうち多方に謝る事になるだろう」
確かに、と思い、香澄は小さく頷く。
「責任はすべて俺が取る。だから君は安心して俺の隣に立っていて」
「……はい」
こういう時、佑はいつも正しい判断を下す。
香澄が迷ってどうにもならなくなった時、彼は落ち着いた大人の物の見方で、理路整然とした説明をしてくれる。
導いてくれる光を信じれば、きっと求める場所に行き着ける。
(信じよう)
香澄はもう一度頷き、佑に微笑んでみせた。
**
『アナタ・イズム』の収録は無事に終わり、佑はスタッフに「お疲れ様です」を言われてスタジオを去ろうとする。
その時、先ほどのディレクターが佑に挨拶をしてきた。
「御劔社長、お疲れ様でした」
「木島さん、でしたっけ。今回はありがとうございました」
佑は軽く会釈をし、いつもと変わらない微笑を浮かべ木島の言葉を待つ。
「いやですねぇ。それほど時間を挟まずお会いしたじゃないですか。名前覚えられていないなんて、ショックです」
木島はおもねりながら、ニコニコ笑う。
香澄は側に立ちながら、何とも言えない気持ちで彼を見た。
(誰かに似てる)
思いだしたのは、学生時代、クラスの目立つグループに属していた、お笑い担当の子のセリフだった。
お笑い担当と言っても、その子が面白い事を言う訳ではない。
他の女子からいじられ、「やだやめてよ」と言いながら、おどけて笑いを誘うのだ。
そうしなければ、彼女はそのグループにいられない。
処世術として、その子は自ら笑いをとっていたのだ。
本当は嫌だったかもしれないのに、嫌だと言えない空気があったのは、香澄でも分かる。
(テレビ業界って自分をネタにしないと生きていけないのかな。いじられても、『ひどーい』って言って笑うタフさがないと、有名になれないんだ。そういう〝テレビ気質〟はスタッフも同じなのかもしれない)
香澄はテレビ業界に詳しくないが、何となくそう感じる。
木島は佑に話しかけ、以前一緒にした仕事を話題にして一人で笑っていた。
近い距離で大きな声で喋り、笑っているので、彼の唾が佑のスーツに飛んでいる。
(やめて……)
佑を汚されている気がした香澄は、会話を終わらせ、早く帰りたいと思っていた。
「あの……」
香澄が口を開いた時、佑がスッと手を挙げて木島を制した。
「それでですね……。ん? 何か?」
上機嫌に話していた木島は、ようやく口を止める。
「余計な話はいいとして、うちの秘書への謝罪を求めます」
「えっ?」
木島は一瞬何を言われたか分からない顔をし、香澄を見てサッと表情を強張らせる。
そして苦々しい表情で睨んできた。
だが二人の視線の間に、佑が手を入れて遮ってくる。
「申し上げておきますが、私はChief Everyの売り上げに繋がればと思ってメディアの仕事を受けています。ですがテレビ出演がなくても私の仕事は成立します。第一に私はタレントではありません。自社の仕事を優先し、テレビ局で無礼があれば『共に仕事をする相手ではない』と判断し、撤退してもいいと思っています」
淡々と言う佑の言葉を聞いて、木島の顔色が悪くなる。
佑は特に大きな声を出していない。
だが周囲のスタッフやMC、タレントたちまでもが、振り向いて彼の言葉を聞いていた。
32
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる