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第十五部・針山夫婦 編
言って?
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一頻り笑って佑を見ると、彼は微笑んでこちらを見ていた。
「え……?」
「やっと笑ってくれた」
「え、と?」
「そんなに笑っていなかったかな?」と香澄は思わず頬に触れる。
佑は台本を閉じてテーブルに置き、まっすぐに見つめてきた。
「仕事は楽しくやろう。『ねばならぬ』で必要以上に緊張しないように」
「はい……」
「インタビュー、妬いたか?」
カフェでの事を言われ、香澄は目をそらす。
「いえ……。お仕事ですし」
「俺も『仕事だから』としか言えないけど。……まぁ、女性誌だし世の女性が考えていそうな事は聞かれるよな。そこそこ突っ込まれたけど、女性の下ネタはえぐいって言うし、あんなもんだろ」
「確かに社長のような方なら、『ワンナイトラブでいいから相手をしてほしい』と望む女性はいるんでしょうね。雲の上の人と思うから、普通の事……恋愛やセックスについて、どう考えているか気になるのでしょうね」
いわば、世の女性が〝御劔佑〟に持っている疑問を、女性誌の編集者が代表として聞いたのだ。
「答えたのは一般論だけどな」
「上手に煙に巻いていらっしゃいましたね」
香澄は小さく笑う。
「そりゃあ、何回もこういう質問を受けてるから。女性誌は『女性読者のために』という建前があるけど、週刊誌はドスッと脇腹を突いてくる感じ……かな」
「本物の女性関係とかですか?」
思わず突っ込むと、佑が手で顔を覆って黙り込む。
自分の失言を思い知ったのだろう。
「嘘ですよ。そういう意味じゃなくて」
香澄はクスクス笑ってミネラルウォーターを飲む。
「赤松さんは? さっき強張った顔をしてメイクルームに来たけど、何か嫌な事でも言われたか?」
いきなり尋ねられ、ディレクターの事については触れていなかったので、ドキッとした。
目を丸くしただけで〝何かがあった〟と察した佑は、「言って?」と脚を組み直して促す。
「いえ、些末な事ですから」
「言って。上司として把握しておく必要がある」
けれどそう言われると、白状せざるを得なくなる。
(ずるいな……)
しょんぼりとした香澄は、諦めて口を開いた。
「……ディレクターさんに、『タレントデビューするつもりはないか』……とか、『テレビに出たいと思うのが当たり前』って言われて、個人の電話番号が書かれた名刺を渡されました」
そう言った時に香澄の手がムズッとし、無意識にスカートに掌をこすりつける。
「手を握られた?」
見透かされ、黙って頷く。
「……あの、でも。社長からは何も仰らないでください。こういう事があるのがテレビ業界だと分かっています。Chief Everyはハラスメントに厳しいですが、世間的にはこういう事って珍しくないでしょうし。というか、ハラスメントにもなっていないかもですし……」
言っているうちに自分でもよく分からなくなり、最後には黙ってしまう。
そんな彼女に、佑は社長として諭す。
「よく聞いて。まず初対面の女性の手を握るのは普通ではない。加えて自分がディレクターである事を笠に着て、赤松さんに何かさせようとするのは、パワハラに当たる。赤松さんは十分ハラスメントを受けたと思う」
幸いなのは、佑が分かりやすく怒っていない事だ。
だから香澄も正直な気持ちを打ち明ける。
「別に私は『嫌な事をされた』って言いつけたい訳じゃないんです。今後、社長がこのテレビ局で仕事がしにくくなったら嫌です。社会人なら我慢しなきゃいけない事があるのは当たり前で、私はただ名刺を渡されて、冗談を言われただけで……」
最初はあのディレクターを庇うつもりなどなかったのに、気が付けば香澄は必死に弁解していた。
「赤松さん」
佑が立ち上がり、テーブルを回り込んで香澄の側にしゃがむ。
そして両手を握り、ジッと見つめてきた。
「え……?」
「やっと笑ってくれた」
「え、と?」
「そんなに笑っていなかったかな?」と香澄は思わず頬に触れる。
佑は台本を閉じてテーブルに置き、まっすぐに見つめてきた。
「仕事は楽しくやろう。『ねばならぬ』で必要以上に緊張しないように」
「はい……」
「インタビュー、妬いたか?」
カフェでの事を言われ、香澄は目をそらす。
「いえ……。お仕事ですし」
「俺も『仕事だから』としか言えないけど。……まぁ、女性誌だし世の女性が考えていそうな事は聞かれるよな。そこそこ突っ込まれたけど、女性の下ネタはえぐいって言うし、あんなもんだろ」
「確かに社長のような方なら、『ワンナイトラブでいいから相手をしてほしい』と望む女性はいるんでしょうね。雲の上の人と思うから、普通の事……恋愛やセックスについて、どう考えているか気になるのでしょうね」
いわば、世の女性が〝御劔佑〟に持っている疑問を、女性誌の編集者が代表として聞いたのだ。
「答えたのは一般論だけどな」
「上手に煙に巻いていらっしゃいましたね」
香澄は小さく笑う。
「そりゃあ、何回もこういう質問を受けてるから。女性誌は『女性読者のために』という建前があるけど、週刊誌はドスッと脇腹を突いてくる感じ……かな」
「本物の女性関係とかですか?」
思わず突っ込むと、佑が手で顔を覆って黙り込む。
自分の失言を思い知ったのだろう。
「嘘ですよ。そういう意味じゃなくて」
香澄はクスクス笑ってミネラルウォーターを飲む。
「赤松さんは? さっき強張った顔をしてメイクルームに来たけど、何か嫌な事でも言われたか?」
いきなり尋ねられ、ディレクターの事については触れていなかったので、ドキッとした。
目を丸くしただけで〝何かがあった〟と察した佑は、「言って?」と脚を組み直して促す。
「いえ、些末な事ですから」
「言って。上司として把握しておく必要がある」
けれどそう言われると、白状せざるを得なくなる。
(ずるいな……)
しょんぼりとした香澄は、諦めて口を開いた。
「……ディレクターさんに、『タレントデビューするつもりはないか』……とか、『テレビに出たいと思うのが当たり前』って言われて、個人の電話番号が書かれた名刺を渡されました」
そう言った時に香澄の手がムズッとし、無意識にスカートに掌をこすりつける。
「手を握られた?」
見透かされ、黙って頷く。
「……あの、でも。社長からは何も仰らないでください。こういう事があるのがテレビ業界だと分かっています。Chief Everyはハラスメントに厳しいですが、世間的にはこういう事って珍しくないでしょうし。というか、ハラスメントにもなっていないかもですし……」
言っているうちに自分でもよく分からなくなり、最後には黙ってしまう。
そんな彼女に、佑は社長として諭す。
「よく聞いて。まず初対面の女性の手を握るのは普通ではない。加えて自分がディレクターである事を笠に着て、赤松さんに何かさせようとするのは、パワハラに当たる。赤松さんは十分ハラスメントを受けたと思う」
幸いなのは、佑が分かりやすく怒っていない事だ。
だから香澄も正直な気持ちを打ち明ける。
「別に私は『嫌な事をされた』って言いつけたい訳じゃないんです。今後、社長がこのテレビ局で仕事がしにくくなったら嫌です。社会人なら我慢しなきゃいけない事があるのは当たり前で、私はただ名刺を渡されて、冗談を言われただけで……」
最初はあのディレクターを庇うつもりなどなかったのに、気が付けば香澄は必死に弁解していた。
「赤松さん」
佑が立ち上がり、テーブルを回り込んで香澄の側にしゃがむ。
そして両手を握り、ジッと見つめてきた。
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