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第十五部・針山夫婦 編
松井と河野のこと
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「楽にしていていいよ。ずっと気を張って疲れたろう」
「ありがとうございます」
テーブルの上にはケータリングのお菓子やドリンクがあり、香澄はその中からウーロン茶のペットボトルを手にし、未開封か確認する。
それから自分の手でキャップを開け、佑に「どうぞ」と手渡した。
これも松井から習った事だ。
こういう不特定多数の者が出入りする場所では、佑の口に入る物には過敏なまでに気をつけるのは、鉄則中の鉄則だ。
最初の頃は、オフィス以外での仕事も松井に一つ一つ教えてもらっていた。
当時は社長秘書が二人しかいなかったので、本社での仕事は秘書課の人に任せていた。
松井は仕事に対してストイックな人で、佑を完全サポートする傍ら、自分の健康管理もしっかりして、一度も体調を崩した事がないそうだ。
その上、無遅刻で早退した事もない。
本人はが言うには「妻にかなり文句を言われていますが、理解してくれているのでありがたいです」らしい。
だからこそ佑も仕事をバリバリこなし、松井を決まった時間に家に帰してあげたいと思っているようだ。
彼が松井を心から尊敬し、信頼しているのは見ただけで分かる。
そんな松井も還暦を過ぎ、定年まであと数年だ。
何だかんだいいながらも、六十五歳までは佑の側にいてくれるらしい。
働く事が好きと公言しているのもあるし、まだ年若い佑を見守りたい気持ちもあるのだという。
なのに「定年後には行きたい場所が沢山あるので、楽しみですねぇ」とニコニコして言うので、やはり喰えない人だと思う。
休憩しながら松井を思い出していたが、河野の事も思いだす。
「そうだ、河野さん、腰を痛めたんですってね?」
「ああ、趣味で張り切りすぎたようだ」
「趣味……?」
そう言えば以前にもこのような話をし、河野の趣味についてはプライベートな事だからとうやむやになった記憶がある。
なのでそれ以上は聞かずに「大丈夫でしょうかね」とぼんやり呟く。
「河野って割と楽しい奴だよな」
「え?」
そんなイメージはまったくなかったので、香澄は目を瞬かせる。
「クールなエリートというイメージだけど、変わり者で面白いよ。以前の職場には、毎日自転車通勤だったらしい。ヘルメットを被ってロードバイクに乗って、かなり本格的だったようだ。本人は自転車好きみたいだが、以前の上司に『私の秘書が自転車通勤しているとなると、外聞が悪いからやめてほしい』と言われて以降、車出勤になったそうだ」
「別にいいですよね? 自転車乗ったぐらい」
多少汗を掻くかもしれないが、自転車通勤をしている社員など他にも大勢いる。
汗を拭いて周囲に不快感を与えないなら、まったく問題ないと思った。
「だよな? 俺も不思議で堪らない」
とはいえ、社長秘書は取引先の上層部によく顔を合わせる。
『社長秘書の恥は、社長の恥』と思う人がいてもおかしくない。
首を傾げて考えていると、続いて佑が話す。
「あと、河野は映画の影響を受けて聖地巡礼に行くタイプらしい」
「へえ、私もいつかやってみたいと思っているんです。実写でもアニメでも、好きになった作品の舞台なら、訪れて、登場人物と同じ物を食べてみたいです」
「食べる、なんだ」
クスッと笑われ、香澄は赤面する。
また食いしん坊が炸裂してしまった。
恥ずかしいので、話題を変えた。
「でも、いいんですか? プライベート……なんでしょう?」
「この程度は構わないよ。彼に聞けば普通に答えてくれる内容だと思うけど」
「そうなんですね。私、まだ河野さんをとっつきにくいと思ってしまっていて、それほどお喋りできていないんです」
「変わってるけど悪い奴じゃないから、ゆっくり仲良くなっていけばいいよ」
「はい」
「ああ、あと彼はすごい眼鏡オタクだね。自宅にあるコレクションを写真で見せてもらったけど、相当だった」
「へぇー……」
「一回、仕事用にブルーライト対策の眼鏡を買おうと思うけど、オススメはあるか聞いた時、すごい熱量で話された。人間って、好きなものについて話す時、あれだけ早口になるんだなって思ったよ」
「あはは」
河野が顔色を変えず、まるでウェキペディアのように、細やかな情報をスラスラと話すのが目に浮かぶ。
「ありがとうございます」
テーブルの上にはケータリングのお菓子やドリンクがあり、香澄はその中からウーロン茶のペットボトルを手にし、未開封か確認する。
それから自分の手でキャップを開け、佑に「どうぞ」と手渡した。
これも松井から習った事だ。
こういう不特定多数の者が出入りする場所では、佑の口に入る物には過敏なまでに気をつけるのは、鉄則中の鉄則だ。
最初の頃は、オフィス以外での仕事も松井に一つ一つ教えてもらっていた。
当時は社長秘書が二人しかいなかったので、本社での仕事は秘書課の人に任せていた。
松井は仕事に対してストイックな人で、佑を完全サポートする傍ら、自分の健康管理もしっかりして、一度も体調を崩した事がないそうだ。
その上、無遅刻で早退した事もない。
本人はが言うには「妻にかなり文句を言われていますが、理解してくれているのでありがたいです」らしい。
だからこそ佑も仕事をバリバリこなし、松井を決まった時間に家に帰してあげたいと思っているようだ。
彼が松井を心から尊敬し、信頼しているのは見ただけで分かる。
そんな松井も還暦を過ぎ、定年まであと数年だ。
何だかんだいいながらも、六十五歳までは佑の側にいてくれるらしい。
働く事が好きと公言しているのもあるし、まだ年若い佑を見守りたい気持ちもあるのだという。
なのに「定年後には行きたい場所が沢山あるので、楽しみですねぇ」とニコニコして言うので、やはり喰えない人だと思う。
休憩しながら松井を思い出していたが、河野の事も思いだす。
「そうだ、河野さん、腰を痛めたんですってね?」
「ああ、趣味で張り切りすぎたようだ」
「趣味……?」
そう言えば以前にもこのような話をし、河野の趣味についてはプライベートな事だからとうやむやになった記憶がある。
なのでそれ以上は聞かずに「大丈夫でしょうかね」とぼんやり呟く。
「河野って割と楽しい奴だよな」
「え?」
そんなイメージはまったくなかったので、香澄は目を瞬かせる。
「クールなエリートというイメージだけど、変わり者で面白いよ。以前の職場には、毎日自転車通勤だったらしい。ヘルメットを被ってロードバイクに乗って、かなり本格的だったようだ。本人は自転車好きみたいだが、以前の上司に『私の秘書が自転車通勤しているとなると、外聞が悪いからやめてほしい』と言われて以降、車出勤になったそうだ」
「別にいいですよね? 自転車乗ったぐらい」
多少汗を掻くかもしれないが、自転車通勤をしている社員など他にも大勢いる。
汗を拭いて周囲に不快感を与えないなら、まったく問題ないと思った。
「だよな? 俺も不思議で堪らない」
とはいえ、社長秘書は取引先の上層部によく顔を合わせる。
『社長秘書の恥は、社長の恥』と思う人がいてもおかしくない。
首を傾げて考えていると、続いて佑が話す。
「あと、河野は映画の影響を受けて聖地巡礼に行くタイプらしい」
「へえ、私もいつかやってみたいと思っているんです。実写でもアニメでも、好きになった作品の舞台なら、訪れて、登場人物と同じ物を食べてみたいです」
「食べる、なんだ」
クスッと笑われ、香澄は赤面する。
また食いしん坊が炸裂してしまった。
恥ずかしいので、話題を変えた。
「でも、いいんですか? プライベート……なんでしょう?」
「この程度は構わないよ。彼に聞けば普通に答えてくれる内容だと思うけど」
「そうなんですね。私、まだ河野さんをとっつきにくいと思ってしまっていて、それほどお喋りできていないんです」
「変わってるけど悪い奴じゃないから、ゆっくり仲良くなっていけばいいよ」
「はい」
「ああ、あと彼はすごい眼鏡オタクだね。自宅にあるコレクションを写真で見せてもらったけど、相当だった」
「へぇー……」
「一回、仕事用にブルーライト対策の眼鏡を買おうと思うけど、オススメはあるか聞いた時、すごい熱量で話された。人間って、好きなものについて話す時、あれだけ早口になるんだなって思ったよ」
「あはは」
河野が顔色を変えず、まるでウェキペディアのように、細やかな情報をスラスラと話すのが目に浮かぶ。
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