927 / 1,544
第十五部・針山夫婦 編
狙われる佑
しおりを挟む
「こんなにお美しいなら、もう芸能界デビューしたほうがいいんじゃないですか? 秘書って目立たないでしょう? 赤松さんぐらいお綺麗なら、人気がでると思いますが」
「考えた事もございません。私は秘書として御劔を支えると決めておりますので、お気持ちだけ受け取らせて頂きます」
「またまたぁ。赤松さんもテレビに映れるなら嬉しいでしょう。もしその気になったら連絡くださいね」
そう言ってディレクターはもう一枚名刺を取りだし、その裏にペンで何か書いた。
「これ、僕の私用スマホの連絡先です。もし良ければ」
手を握られたかと思うと、そのついでに名刺を持たされる。
間近で中年男性の加齢臭がし、にんにくか葱でも食べたのか、口から強烈な匂いがした。
「ご丁寧にありがとうございます。御劔に相談させて頂きますね」
香澄は努めてビジネススマイルを浮かべ、「御劔の様子を見て参ります」とその場を去った。
**
テレビ局には何度か来た事はあるものの、慣れている訳ではない。
香澄は少しフロアをウロウロしたあと、ようやくメイクルームを見つけた。
中を覗くと、見た事のある芸能人が椅子に座ってスマホを弄り、メイクスタッフが忙しく手を動かしている。
全員がしてもらう訳ではなく、中には自分の楽屋でセルフメイクをする芸能人もいるそうだ。
佑はスーツが汚れないようにケープを被せられ、丁寧に肌を作られていた。
「御劔社長、本当にお肌が綺麗ですね。特別なケアをされているんですか?」
「特にしていませんよ。メンズ用の基礎化粧品は使っていますが、それだけです」
香澄は佑の側まできて、待機しながら様子を見守る。
佑を担当しているヘアメイクは二十代後半の女性で、胸元の開いたトップスを着ていた。
屈めば谷間がモロに見えてしまうほど、Vネックが深い服だ。
だが佑はまったくヘアメイクを見ていない。
彼はタブレット端末に視線を落とし、時々「顔を上げてください」と言われて顎を上げる程度だ。
(……なんか、手が遅いな……)
ヘアメイクを観察していて、香澄はそう思った。
明らかに彼女だけ、他のヘアメイクと比べて作業する手が遅い。
ファンデーションを塗るにしても、プロなのにちょんちょんとつけては確認し、ジッと佑の顔を見てから、またちょんちょんと手を動かす。
見ているだけで嫉妬してしまい、香澄はメイクルームの隅でイライラする。
(……いや、駄目だ。こんな事で不機嫌になってたら、秘書なんてできない)
香澄は気合いを入れ直し、バッグから台本を出して確認し始めた。
だが台本をチェックしなければならないのに、視線はチラチラと佑たちを窺ってしまう。
そのあと、ようやく彼女は「鏡の前へどうぞ」と佑を誘導し、髪のセットを始めたのだが――。
(ちょっと、なんか胸押しつけてない?)
彼女は佑の頭頂部を確認するふりをして、首の後ろ辺りに胸を押しつけている。
あからさまな様子に、香澄は気が気でない。
その時、佑と鏡越しに目が合った。
ジッと見つめられ、香澄は彼の意図を汲む。
(困ってる? ……だとしたら)
意を決し、香澄は佑の方に歩み寄る。
「社長、お手すきでしたら、台本を確認して頂いて宜しいでしょうか?」
香澄がスッと近付いたからか、女性がギクッとして体を離した。
そんな彼女に、香澄は秘書として尋ねた。
「すみません。あとどれぐらいで終わりますか? 御劔は多忙ですので、楽屋で休憩する時間があればありがたいのですが」
にこやかに尋ねると、ヘアメイクの女性は不自然なまでに明るい笑みを浮かべた。
「そんなに掛かりませんよ? 御劔社長って髪質がいいので、ヘアセットのしがいがあります。どうしようかワクワクしてしまって」
そして香澄に見せつけるように、両手で佑の髪を弄る。
「それでは〝なるはや〟でお願い致します。私は隣で待たせて頂きますね」
秘書としてなら、どれだけでも図々しくなれる。
秘書という肩書きを言い訳にして、香澄は佑にアプローチしたがる彼女の邪魔をする。
一瞬だけヘアメイクに睨まれた気がしたが、香澄はニコニコと微笑んで立っている。
「赤松さん、スタジオのチェックは済んだか?」
「はい。ライトや飲み物など、確認済みです。ディレクターさんともご挨拶させて頂きました」
「ありがとう。気が利くな」
「仕事ですから」
社長と秘書という体で会話をしながらも、香澄はこれが佑なりのヘルプだと分かっている。
「考えた事もございません。私は秘書として御劔を支えると決めておりますので、お気持ちだけ受け取らせて頂きます」
「またまたぁ。赤松さんもテレビに映れるなら嬉しいでしょう。もしその気になったら連絡くださいね」
そう言ってディレクターはもう一枚名刺を取りだし、その裏にペンで何か書いた。
「これ、僕の私用スマホの連絡先です。もし良ければ」
手を握られたかと思うと、そのついでに名刺を持たされる。
間近で中年男性の加齢臭がし、にんにくか葱でも食べたのか、口から強烈な匂いがした。
「ご丁寧にありがとうございます。御劔に相談させて頂きますね」
香澄は努めてビジネススマイルを浮かべ、「御劔の様子を見て参ります」とその場を去った。
**
テレビ局には何度か来た事はあるものの、慣れている訳ではない。
香澄は少しフロアをウロウロしたあと、ようやくメイクルームを見つけた。
中を覗くと、見た事のある芸能人が椅子に座ってスマホを弄り、メイクスタッフが忙しく手を動かしている。
全員がしてもらう訳ではなく、中には自分の楽屋でセルフメイクをする芸能人もいるそうだ。
佑はスーツが汚れないようにケープを被せられ、丁寧に肌を作られていた。
「御劔社長、本当にお肌が綺麗ですね。特別なケアをされているんですか?」
「特にしていませんよ。メンズ用の基礎化粧品は使っていますが、それだけです」
香澄は佑の側まできて、待機しながら様子を見守る。
佑を担当しているヘアメイクは二十代後半の女性で、胸元の開いたトップスを着ていた。
屈めば谷間がモロに見えてしまうほど、Vネックが深い服だ。
だが佑はまったくヘアメイクを見ていない。
彼はタブレット端末に視線を落とし、時々「顔を上げてください」と言われて顎を上げる程度だ。
(……なんか、手が遅いな……)
ヘアメイクを観察していて、香澄はそう思った。
明らかに彼女だけ、他のヘアメイクと比べて作業する手が遅い。
ファンデーションを塗るにしても、プロなのにちょんちょんとつけては確認し、ジッと佑の顔を見てから、またちょんちょんと手を動かす。
見ているだけで嫉妬してしまい、香澄はメイクルームの隅でイライラする。
(……いや、駄目だ。こんな事で不機嫌になってたら、秘書なんてできない)
香澄は気合いを入れ直し、バッグから台本を出して確認し始めた。
だが台本をチェックしなければならないのに、視線はチラチラと佑たちを窺ってしまう。
そのあと、ようやく彼女は「鏡の前へどうぞ」と佑を誘導し、髪のセットを始めたのだが――。
(ちょっと、なんか胸押しつけてない?)
彼女は佑の頭頂部を確認するふりをして、首の後ろ辺りに胸を押しつけている。
あからさまな様子に、香澄は気が気でない。
その時、佑と鏡越しに目が合った。
ジッと見つめられ、香澄は彼の意図を汲む。
(困ってる? ……だとしたら)
意を決し、香澄は佑の方に歩み寄る。
「社長、お手すきでしたら、台本を確認して頂いて宜しいでしょうか?」
香澄がスッと近付いたからか、女性がギクッとして体を離した。
そんな彼女に、香澄は秘書として尋ねた。
「すみません。あとどれぐらいで終わりますか? 御劔は多忙ですので、楽屋で休憩する時間があればありがたいのですが」
にこやかに尋ねると、ヘアメイクの女性は不自然なまでに明るい笑みを浮かべた。
「そんなに掛かりませんよ? 御劔社長って髪質がいいので、ヘアセットのしがいがあります。どうしようかワクワクしてしまって」
そして香澄に見せつけるように、両手で佑の髪を弄る。
「それでは〝なるはや〟でお願い致します。私は隣で待たせて頂きますね」
秘書としてなら、どれだけでも図々しくなれる。
秘書という肩書きを言い訳にして、香澄は佑にアプローチしたがる彼女の邪魔をする。
一瞬だけヘアメイクに睨まれた気がしたが、香澄はニコニコと微笑んで立っている。
「赤松さん、スタジオのチェックは済んだか?」
「はい。ライトや飲み物など、確認済みです。ディレクターさんともご挨拶させて頂きました」
「ありがとう。気が利くな」
「仕事ですから」
社長と秘書という体で会話をしながらも、香澄はこれが佑なりのヘルプだと分かっている。
32
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる